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マスコミやネットにあふれる偏向情報に流されないためのオルタナティブな情報を届けます。

長谷川幸洋には「論説副主幹」はもちろん「ジャーナリスト」を名乗る資格もない

基地問題 差別 マスコミ

1月2日の放送で事実無根の沖縄ヘイト&在日ヘイトを垂れ流した東京MXテレビ「ニュース女子」。この差別扇動番組で司会を務めている長谷川幸洋東京新聞中日新聞論説副主幹)について、放送一ヶ月後にようやく東京新聞が態度を表明した。

東京新聞(2/2)

「ニュース女子」問題 深く反省 沖縄報道 本紙の姿勢は変わらず

 本紙の長谷川幸洋論説副主幹が司会の東京MXテレビ「ニュース女子」1月2日放送分で、その内容が本紙のこれまでの報道姿勢および社説の主張と異なることはまず明言しておかなくてはなりません。

 加えて、事実に基づかない論評が含まれており到底同意できるものでもありません。

 残念なのは、そのことが偏見を助長して沖縄の人々の心情、立場をより深く傷つけ、また基地問題が歪(ゆが)めて伝えられ皆で真摯(しんし)に議論する機会が失われかねないということでもあります。

 他メディアで起きたことではあっても責任と反省を深く感じています。とりわけ副主幹が出演していたことについては重く受け止め、対処します。

(略)

 読者の方々には心配をおかけし、おわびします。

 本紙の沖縄問題に対する姿勢に変わりはありません。 (論説主幹・深田実)

(略)

◆「ニュース女子」問題とは

 東京MXテレビは1月2日放送の番組「ニュース女子」で冒頭約20分間、沖縄県東村(ひがしそん)高江の米軍ヘリコプター離着陸帯建設への反対運動を取り上げた。本紙の長谷川幸洋論説副主幹が司会を務めた。

 「現地報告」とするVTRを流し、反対派を「テロリストみたい」「雇われている」などと表現。反ヘイトスピーチ団体「のりこえねっと」と辛淑玉(シンスゴ)共同代表(58)を名指しし「反対派は日当をもらってる!?」「反対運動を扇動する黒幕の正体は?」などのテロップを流した。辛さんは取材を受けておらず、報告した軍事ジャーナリストは高江の建設現場に行っていなかった。

(略)

 のりこえねっとは沖縄の現場から発信してもらう「市民特派員」を募集、カンパで捻出した資金を元手に、本土から沖縄までの交通費として5万円を支給。昨年9月から12月までに16人を派遣した。

これに対して、長谷川本人が次のように「反論」しているのだが、看過できない内容なのでコメントを加えておく。

現代ビジネス(2/10)

東京新聞の論説主幹と私が話し合ったこと
「事なかれ主義」を強く憂慮する

いったい、なにが「不始末」だったのか

私が司会を務めるテレビ番組『ニュース女子』に関連して、東京新聞が私を「処分」すると通告してきた。私は「処分は言論の自由の侵害になる」と考え、受け入れられない旨を返答した。いったい何が起きているのか、とり急ぎあきらかにしよう。

問題の番組はご承知の読者も多いかもしれないが、1月2日放送分の沖縄・東村高江で起きていた米軍ヘリコプター離発着場建設に対する反対運動の現地報告だ。

問題の番組は高江で行われている「反対運動の現地報告」などではない。そもそも現地に行っていない上、40Km以上も離れた二見杉田トンネル前で車を停め、反対派の暴力行為が危険で現場に入れないなどと虚偽の内容を流している。その上、「反対派が救急車を止めた」など、ネトウヨが拡散させた多数のデマまで、何の裏とりもなく流している。

(略)

最後の「重く受け止め、対処します」というのは、素直に読めば「不始末を犯した長谷川を処分する」と世間に公表したようなものだ。私もそのように受け止めている。いったい、何が不始末だったのだろうか。

そもそも東京新聞とニュース女子は関係ない。それでも私を処分するというのは、私が論説副主幹を名乗っているからだろう。だが、論説副主幹を名乗ってテレビで発言したり意見を発表したのは、昨日今日に始まった話ではない。論説委員時代も含めれば、10年以上前からそうだ。

反省文を読む限り、番組内容が東京新聞の論調と異なっているうえ「事実に基づかない論評」があり、またそれが「沖縄の人々の心情、立場を深く傷つけた」という話になる。どの部分が「事実に基づかない」とみているのかについて、反省文は明示していない。

事実関係は番組スタッフが取材を続けているので、私としてはその成果を待つ。反対運動の参加者に一部であれ、金銭を支出していた点は反対派も認めている。私は司会者であり、論評したのは別のコメンテーターたちとビデオ出演した地元関係者である点も言っておきたい。

日当を渡して抗議行動に参加者を動員することと、現地を取材してくれる市民記者に交通費の補助をすることとはまったく違う。「ニュース女子」は、のりこえねっとが「東京から、そういう反対派の人たちに、さあ一緒にみんなおいで、5万円あげるから」と言って動員したと、明白な嘘を流したのだ。だいたい、あれが「日当もらって反対運動」だと言うなら、「ニュース女子」がやっていることは何なのか。極右のスポンサーから日当もらっての反対運動潰しではないか。

さらに、自分は司会者に過ぎず、論評したのは他の出演者や地元関係者だというのも、責任のがれの言い訳でしかない。この点についてはリテラが「長谷川氏はMCが番組の“顔”であり、その内容や方針を決定し、番組中もVTRの内容や発言をチェックする責任ある立場だという自覚がない」「井上和彦氏のデタラメな沖縄取材やその解説に、うなずいたり、嬉しそうに同意、また沖縄への差別を助長するような誘導質問さえ行っていた」「それを棚に上げて、番組コメンテーターや沖縄の地元関係者に責任転嫁するとは、卑劣としか言いようもない」と評している[1]が、まったくそのとおりだろう。

(略)

結局、反対運動に対する見方の違い、東京新聞の報道姿勢と社説の主張にそぐわない番組だったことが私の処分につながっている。私が所属する新聞と異なる意見を社の内外で発表しても、いっこうに問題はない。それは言論の自由そのものだ。私はかねてから東京新聞と異なる主張をしてきた。

意見が新聞と異なるのを理由に私を処分するのは、言論の自由に反する。こんなことを許すわけにはいかない。

(以下、問題の本質とは関係ない、「処分」をめぐる東京新聞の内情の話なので略)

「ニュース女子」が垂れ流したデマ、沖縄ヘイトについては、関西MBSテレビのドキュメンタリー『映像’17 沖縄 さまよう木霊(こだま) 基地反対運動の素顔』がきっちりと検証を行っている。「取材」とは、こういう仕事のことを言うのだ。長谷川も、他の出演者も、彼らが垂れ流したデマを喜々として拡散したネトウヨも、このドキュメンタリーを百回くらい見て反省すべきだ。

そもそも、長谷川が批判されているのは、東京新聞の報道姿勢と異なる意見を述べているからなどではない。東京新聞論説副主幹という肩書を使ってヘイトデマの拡散に手を貸しているからだ。デマを流すのは言論の自由などではない。

それすら理解できていないのなら、長谷川には「論説副主幹」はもちろん、ジャーナリストを名乗る資格もない。

[1] 「『ニュース女子』長谷川幸洋のネトウヨ的反論がヒドい! 自分でヘイトデマ流しながら東京新聞謝罪に「言論の自由に反する」」 リテラ 2017.02.10

 

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辛淑玉氏を「親北派」呼ばわりする『ニュース女子』の無知と不見識

在日 基地問題 マスコミ

■ 「のりこえねっと」を貶める『ニュース女子』の日当デマ

TOKYO MX『ニュース女子』の沖縄ヘイトは、まさに誹謗中傷とデマの塊だった。虚偽情報で米軍基地反対運動に対する憎悪扇動を繰り返したあげく、反対運動は反ヘイトの市民団体「のりこえねっと」が金で操っており、その背後には中国や北朝鮮がいるかのように匂わせる陰謀論をぶち上げたのだ。

長谷川幸洋:ちょっと聞きたいのはお金ですよ。5万円日当出すなんて、これは誰が出してるの?

井上和彦:これ本当にわからないんですよ。「のりこえねっと」っていうところに書いてあって、で、連合会館で、御茶ノ水でやってるわけですよ。御茶ノ水でやってる。だから東京から、そういう反対派の人たちに、さあ一緒にみんなおいで、5万円あげるからと。まあ格安の格安のチケットで行きゃそりゃ行けますよ。

井上和彦

須田慎一郎:この辛さんていうのは在日韓国朝鮮人の差別ということに関して闘ってきた中ではカリスマなんですよ。もうピカイチなんですよ。お金がガンガンガンガン集まってくるという状況がある。

須田慎一郎

(ちょっとわかんないんですけど、中国が反対する理由は沖縄にアメリカ軍いなくなってほしいというのはわかるんですけど、韓国がそうやって沖縄に加わるのはなぜなんですか?)

上念司:親北派ですから。韓国の中にも北朝鮮が大好きな人たちがいますから。いま朴槿恵反対デモなんかやってる。

上念司

藤井厳喜朴槿恵反対デモだって、チャイナの影響を受けた人たち、北朝鮮の影響を受けた人たちが主力で煽ってるのは確かなことです。

「のりこえねっと」の5万円は、高江の現場から生の情報を届けてくれる市民特派員を派遣するための交通費補助であり、反対運動参加者への日当などというものではない。その資金源も、良心的市民からのカンパである。『ニュース女子』は「のりこえねっと」への取材もせずにデタラメを垂れ流している。

■ よりによって辛淑玉氏を「親北派」呼ばわり

それにしても呆れるのは、「のりこえねっと」共同代表の辛淑玉氏を「親北派」呼ばわりする彼らの無知と不見識だ。

辛淑玉氏には『鬼哭啾啾』という著作がある。その冒頭、「はじめに」から一部引用する[1]。

鬼哭啾啾

 人が死んで嬉しかったことがある。

 知らせを受けたときの、なんとも言えぬほどの解放感、安堵感、そして、いくばくかの表現できぬ哀しみ……。

 「これで、何でも語れる」

 そう思った。 

 そのときの感情を言葉にして表現することは今もできない。

 確かなのは、ただ、嬉しかったことだけだ。

(略)

 一九六一年、父方の親戚と母の弟(四郎)が、一九六五年には父の叔父と、母の父(私の祖父)と、母のもう一人の弟(辰男)とその子どもが、「地上の楽園」と謳われた北朝鮮へ、片道切符で渡っていった。

(略)

 一九六五年に渡った辰叔父は、連絡が途絶えたまま十四年が過ぎた後、生存しているとの知らせが平壌から朝鮮総連経由で届いた。最後の力を振り絞って、助けを求めてきたのだ。

 しかし、最後までその血の叫びに応えることができなかった。

 助けを求められれば求められるほど、私は逃げた。

 もうやめてくれ!

 私に何ができるというのだ?

 叔父の話題になるたびに怒鳴り、叫んだ。

 私は、私の人生をこれ以上苦しいものにしたくなかった。だのに、振り払っても振り払っても絡みついてくる。それは、悪い夢のようだった。

 そして最後は、手紙を開くことさえなくなった。

 ごわごわした質の悪い朝鮮の紙。その灰色の封筒の中に、語り尽くせないほどの涙が込められていることを、私は知っていた。それでも見殺しにしたのだ。

辛淑玉氏が生まれた年である1959年、在日コリアン北朝鮮に送る「帰国事業」が始まった。独裁政権下にある韓国に対して経済的・人道主義的優位性をアピールしたい北朝鮮と、国内にいる数十万の朝鮮人を厄介払いしたい日本政府の思惑が一致した結果始められた一大事業である。政府に日本赤十字社が協力し、野党も、マスコミも、右から左まで人道的事業だとしてこれに賛同した。

その結果、差別故に日本での生活が成り立たない貧しい人々を中心に、約10万人の在日とその家族(日本人配偶者やその子どもたちも含む)が、「楽園天国」と宣伝された、故郷でもない北の地(ほとんどの在日コリアンの出身地は韓国の領域内にある)に「帰国」した。

辛淑玉氏の親族の多くも北朝鮮に渡り、約20年のうちに全員死亡している。また、彼らが生きている間は、北朝鮮でも資本主義思想を持つ者として差別された彼らの命をつなぐために、求めに応じて苦しい家計の中からひたすら物資を送り続けなければならなかった。

辛淑玉氏自身、子どもの頃家族とともに帰国船に乗る直前までいっている。日本に留まれたのは、母方の祖母が「行くな」と生活資金を援助してくれたおかげだ。

2000年3月、辛淑玉氏はジャーナリスト石丸次郎氏とともに中国東北部の中朝国境地帯に入り、飢餓状態の北朝鮮から逃れてきた難民たち(その中には「帰国事業」で北朝鮮に渡った元在日もいた)の声を聞いている[2]。

『一日一食でも食べられればガマンします。それもできないから(中国に)出てきたのです』

『真っ黒な顔になるんですよ。腹が減って』

『豆腐なんかとても食べられない。おからを買って、それも高いから少しだけ。そして、草を入れて、木の根も入れて、ぶくぶくにして食べる』

『白米・豚肉・お酒を一度でいいから食べて死にたい』
 淡々とした表情でその人は言った。

コッチェビ(物乞いで放浪生活をする人びと)はドロボウをしながら暮らします。生きるためにドロボウをするのですよ』
 そう答えてくれた人の目には、表情がなかった。 

『高層では暮らせないですよ。どうやって上がっていくのですか』
 一時、高層住宅に暮らせることは、素敵なことだったという。しかし、電気も水道もこない、エレベーターも動いていない高層の建物で暮らすことはできない。そんな階段を上がっていく体力は無いという。

『一時間でできることを一日かけてやるのです』
 賃金は支払われないが、労働現場には行かなくてはならない。しかし、まともに働いたらすぐ衰弱してしまう。ちょっとしたケガでも死に直結する。体力を温存するため、なるべく長くダラダラと仕事をするのだという。

(略)

日帝時代よりひどい』(ある老人)

『人間以下の社会とは、このことだ』
 技術者だったというある人が私の目を見ながら答えた。

このような体験をし、このような活動をしている辛淑玉氏が「親北派」?

「寝言は寝てから言え」とは、このような者たちに対してこそ言うべき言葉だろう。

■ 自分並の存在としてしか他者を見られない人々

辛淑玉氏は、『ニュース女子』への抗議文の中でこう語っている。

沖縄タイムス(1/28)

 私はなぜ、在日への差別だけでなく、さまざまな差別に声を上げるのだろうか…。

 時に、自分でも不思議に感じる時がある。お金も、時間も、体力も、あらゆるものを犠牲にして、どうしてここまでやるのかと。もっと楽な生き方ができたはずなのにと言われたことも、一度や二度ではない。

 確かなのは、被差別の歴史に共感する胸の痛みがあるということだ。

 歴史や文化は異なっているが、ウチナンチュも在日朝鮮人も、日本の国家体制によって植民地支配を受け、人間としての権利を保障されず、排除・差別されてきた。

 ウチナンチュは日本国籍を付与された一方で島ごと奪われ、沖縄戦では「国体」や本土の日本人を守るための捨て石にされた。敗戦後は膨大な米軍基地を押し付けられ、いまも命・生活・人間の尊厳など多くを奪われ、抑圧されている。

 朝鮮人は、頼んでもいないのに帝国臣民にされ、日本兵の下請け・弾よけとして最も危険できつい労役につかされた揚げ句、敗戦後は日本国籍を一方的に剥奪され、国籍がないことを理由に戦後補償の対象から外され、「外国人」として排除、差別を受けてきた。

 経緯に違いはあっても、植民地支配の対象とされてきた点では同じ位置に立たされている。

 そして、私は「殺せ」と言われ、沖縄の友人たちは「ゴキブリ」「ドブネズミ」「売国奴」「土人」と言われ、まとめて「反日・非国民」とくくられている。沖縄で起きていることは、私にとって他人事ではないのだ。

 彼らの痛みは私の痛みでもある。在日としてこの国に生を受けた以上、見て見ぬふりは許されないと私は思っている。

『ニュース女子』のような時の政権におもねるヘイト番組に出演し、ギャラをもらいながらデマを垂れ流す「簡単なお仕事」をしているような者たちには、自らの金と時間と体力を費やして他の被差別者のために闘う人々の心情など、およそ想像もつかないのだろう。他者を自分並みの存在としてしか見られないから、基地反対運動もどこかの黒幕から指示と資金を与えられてやっているとしか思えないのだ。

世の中は広いから、中にはこんな想像力に欠けた哀れな者たちがいるのも仕方がない。だが、そんな者たちを報道に関わらせてはならない。

[1] 辛淑玉 『鬼哭啾啾 -- 「楽園」に帰還した私の家族』 解放出版社 2003年 P.8-10
[3] 同 P.185-187

 

鬼哭啾啾―「楽園」に帰還した私の家族

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Q&A 在日韓国・朝鮮人問題の基礎知識【第2版】

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『ニュース女子』取材問題についてのDHCシアターの「反論」が言い訳にもなっていない件

マスコミ 基地問題

1月2日放送のTOKYO MXテレビ『ニュース女子』が沖縄ヘイトと批判されている件で、番組の提供元であるDHCシアターが番組批判への「反論」を公開している。

全体として見てもおよそ反論になどなっていないのだが、ここでは前回記事で取り上げた「取材」に関する部分に着目してみることにする。

DHCシアターの「反論」

2)二見杉田トンネルの向こう側の取材を断念した件について

高江ヘリパッド周辺はご存知のように反対派の暴力行為や器物破損、不法侵入などによって逮捕者も出るほど過激化しておりますが、こうした事実だけでなく、地元の方々からは二見杉田トンネル以降にもいくつかの危険があると助言されております。

証言によれば、二見杉田トンネルは高江までは距離がありますが、以前同トンネルから4、5キロほど離れた汀間漁港で反対派の方と高江の作業員の方との交通事故があり、これは高江の作業現場から汀間漁港まで、反対派の方が作業車を追い回した結果起きてしまった悪質な事故であったこと。

またトンネルから高江ヘリパッドの間では基地反対派によって車両のナンバープレートが記録され、基地ゲート前に到着する前に暴力的に阻止された、等々の証言。

これらの情報の中には裏取りができないものもあり、番組では一切使用しておりませんが、番組制作者としては事前調査の段階で、こうしたリスクも踏まえ、現場取材者や協力者、撮影スタッフの安全に配慮するのは当然のことと考えます。

いろいろ書いているが、高江の現場では在京テレビ局も普通に取材ができているのだから、危険だから行けなかったという言い訳は無理だろう。

その上、反対派のせいで危険だとする情報の裏が取れていないことを、自分で書いてしまっている。だいたいこの番組では、反対派が救急車の通行を妨害しているとか、デモ参加者に日当が支払われているとか、警察がデモを取り締まらない(これ自体嘘だが)のは翁長知事がトップだからだとか、まったく裏の取れていないデタラメを平気で垂れ流している。そんな番組でさえ使えなかったというのだから、これら「未確認情報」の信憑性はおよそ想像がつくというものだ。

百万歩ゆずって、反対派が高江に行く車両のナンバーチェックをしていると仮定してみよう。だが、現場から40Km以上も離れたこんなところでやるだろうか。下のGoogleマップを見ても分かるように、高江までの間には名護市中心部や大宜味・国頭方面に行く道への分岐が存在する。こんなところで「検問」などしても、高江には行かない車が多すぎて効率が悪すぎる。私なら、もっと現場の近く、少なくとも東村役場より先でやるだろう。

そもそも、事前調査の段階で危険が分かっていたのなら、高江の現場取材など最初からやらなければいい。途中まで行ってみせたのは単なるパフォーマンスと白状したようなものである。

そして、上記「反論」のどこにも、この二見杉田トンネルをくぐった先がヘリパッドの建設現場だと言った理由の説明はない。

確かにこのトンネルをくぐってからさらに40数キロ走れば現場には着くわけだが、こんな言い方が許されるなら、那覇でもどこでも、道路でつながっている場所でさえあれば「この先が高江の現場」だと言っていいことになる。

DHCシアターの「反論」は、言い訳にすらなっていないのである。

 

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ヘイト番組『ニュース女子』でも使われた「取材もどき」は史実否定派の伝統芸

南京大虐殺 基地問題 歴史認識 マスコミ

年明け早々の1月2日に流された、TOKYO MXテレビ『ニュース女子』はひどかった。

番組冒頭から沖縄の基地反対運動を誹謗中傷するデマの連続。そのひどさは、このパートの終りまで1分たりともデマのない部分はなかったと言っていいほどだ。明らかに放送法第4条3項「報道は事実をまげないですること」に違反している。こんなヘイト番組が公共の電波を使ったテレビで流されるなど、到底許されることではない。

番組内で垂れ流されたデタラメを逐一指摘していったらきりがないので、それは以下のようなまとめを見ていただくことにして、ここではこの番組で行われた「取材」を取り上げることにする。

井上和彦による沖縄現地「取材もどき」

この回で沖縄を「取材」してみせたのは自称「ジャーナリスト」の井上和彦だ。しかし、井上の「取材」はまったく信用に値しない。たとえば井上は、シンガポールを取材し、現地で見たという山下泰文大将の銅像や戦跡記念碑を根拠に、シンガポールなどアジア各国は日本が「アジア独立のために戦ってくれた」ことに感謝している、と主張している[1]。しかし、これがデタラメであることは現地を確認した山崎雅弘氏やシンガポール在住のうにうに氏の検証[2][3]を見れば一目瞭然だ。(この件については私も以前関連記事を書いた。)

今回の『ニュース女子』でも、井上は東村高江のヘリパッド建設現場から約40Kmも離れた二見杉田トンネル(名護市)手前で車を停め、反対派の暴力が危険だから現場に入れないという、虚偽のアピールをしている。

井上:えー、二見杉田トンネルの手前までやってきたんですけれども、ここはですね、辺野古よりさらに北のほうにに来たところなんですけれども、実はですね、このトンネルをくぐっていきますと、米軍基地の高江、ヘリパッドの建設現場ということになります。

ニュース女子

井上:実は、ここに来る前に、ほうぼうからですね、今ここは、ちょっと我慢してほしいと…

ナレーション:高江に向かっているロケの途中、地元関係者から、高江ヘリパッド建設現場が緊迫してトラブルに巻き込む可能性があるので、今回の撮影を中止すべきだ、との要請があり、残念だが井上さんにはロケを断念してもらうことに。

井上:このトンネルの手前で、私は、はるばる羽田から飛んできたんですけど、足止めをくっているという状況なんですよ。

ニュース女子

二見杉田トンネルから高江の現場までは、車で普通に走っても1時間かかる。取材と言いつつ実際には現場に近寄りもせず、虚偽の情報を流して印象操作をする。井上の「取材」は、視聴者にリアリティを感じさせて説得力を増すための手段でしかない。ちなみに、ロケ断念の映像を撮る場所としてここを選んだのは、暗く長いトンネルが「異界への入口」的な印象を与えることを計算した上でのことだろう。

南京大虐殺否定本の「取材もどき」

しかし、自称「ジャーナリスト」によるこの手の「取材」は、井上の発明品ではない。たとえば40年以上も前の『「南京大虐殺」のまぼろし』で、鈴木明が同じようなことをしている。

南京攻略戦の途上で百人斬り殺人競争を行った向井・野田両少尉は、戦後、国民党政府により戦犯として裁かれ、処刑された。『「南京大虐殺」のまぼろし』は、この百人斬り競争が新聞記者によるでっち上げだったかのように印象づけることでこれを否定し、そうすることで南京大虐殺自体をも「まぼろし化」しようとした否定本である。

鈴木は、台湾の現地取材を行って両少尉に死刑判決を下した南京軍事法廷の石美瑜裁判長(当時)にインタビューし、次のように書いている[4]。

 目ざす石裁判長を訪問することのできたのは、帰国する日の昼頃であった。わずか四日間の滞在中に、台湾人のインテリであるSさんが、実に物凄い熱心さで石氏と推氏の消息をたずね、そしてツテからツテを求めて紹介状をもらってきてくれたのである。(略)

 石氏は、想像していたような尊大な人物では決してなかったが、「南京事件」ときくと、やはり一瞬顔をこわばらせた。しかし、僕が、「向井少尉ゆかりの者である」という説明をすると、彼は直ちに「おお向井、よく憶えている。大きな軍人、いつも堂々としていた」と日本式の敬礼のジェスチュアをし、それから北京語でペラペラと話しはじめた。

 通訳のRさんは、石氏の北京語について行こうと必死だった。(略)

 残念ながら、わからないのである。しかし、僕は「わかりません」とはいえなかった。それをいえば、全然話が進まないのである。石氏は食事を交えて、二時間余りも、僕の為に時間を割いた。「ミスター向井の息子なら大きいだろう」というところはわかった。だが、こと裁判のことになると、全く細かいことは理解できないのである。(略)

 僕の唯一の武器は、小型のテープレコーダーであった。東京に持ち帰ったテープを解読するのに、実はまた時間がかかった。北京に二十年居たという中国語の先生も、このテープをきいて「この、ひどい上海訛は私にはわかりません」と匙を投げたのである。結局、これを解読してくれたのは、上海生れの日本語のできる在日華僑であった。

        「国のために死んだのです」

 テープの中で、石氏はこういっていた。

 「終戦のとき、中国には百万位の日本軍がいたが、約二千人の戦争犯罪人を残して、すべて帰国させた。しかも、その二千人の中で実際に処罰されたのは数百人で、死刑になったのは、数十人である。(略)この百人斬り事件は南京虐殺事件の代表的なもので、南京事件によって処罰されたのは、谷中将とこの三人しかいない。南京事件は大きな事件であり、彼等を処罰することによって、この事件を皆にわかってもらおうという意図はあった。無論、私たちの間にも、この三人は銃殺にしなくてもいいという意見はあった。しかし、五人の判事のうち三人が賛成すれば刑は決定されたし、何応欽将軍と蒋介石総統の直接の意見も入っていた。私個人の意見は言えないが、私は向井少尉が日本軍人として終始堂々たる態度を少しも変えず、中国側のすべての裁判官に深い感銘を与えたことだけはいっておこう。彼は自分では無実を信じていたかも知れない。彼はサムライであり、天皇の命令によりハラキリ精神で南京まで来たのであろう。先日の横井さんのニュースをきいた時、私はこれら戦犯の表情を思い出した。

(略)

 昔中国は日本と戦ったが、今はわれわれは兄弟だ。われわれは憶えていなければならないこともあるし、忘れなければならないこともある。最後に、もし向井少尉の息子さんに会うことがあったら、これだけいって下さい。向井少尉は、国のために死んだのです、と――」

鈴木が台湾「取材」をした翌年(1973年)、ジャーナリストの和多田進が同じく台湾に渡って石氏にインタビューし、検証取材を行っている[5]。同じ人物へのインタビューなのに、そこから受ける印象はまったく違う。

 私は『「南京大虐殺」のまぼろし』が単行本になって発売された1973年、台湾に行って鈴木氏の本にも出てくる石美瑜氏(南京裁判の判事のひとり)にインタビューしました。石氏のほか、『還俗記』という著書をもつ元軍人、鈕先銘氏にも会って、南京陥落当時の話を聞きました。

(略)

 私の通訳には、台湾政府の新聞司の人が当たってくれました。台湾生まれの人でしたが、上海なまりがひどいと鈴木氏がいう石氏との会話に、なんの不自由もありませんでした。石氏の話によって、鈴木氏が身元をごまかし、取材目的も告げずに会っていることがわかりました。これではインタビューは成立しないはずです。石氏の事務所での小一時間ほどのインタビューにおける石氏の発言を要約して書けば以下のようになります。

 (略)

 (3)――南京裁判は、裁かれる人間の地位・階級に関係なく、事実によって処理されました。確証に重点をおき、証拠があって逃れようのない者だけを有罪にしました

 (略)

 (5)――鈴木明という日本人を私は知りません。『「南京大虐殺」のまぼろし』という本も私は読んでいません。

 (6)――昨年(1972)、向井か野田の息子の友人だという人物か、息子本人か、詳しいことは忘れたが、そういう日本人が私を訪ねてきたことは記憶しています。

 (略)

 (10)――殺人については彼ら(注:向井・野田両少尉)は否定しました。戦争だから人を殺すのは仕方ないのだと二人は主張しました。

 (11)――二人は夫子廟までの間に「百人斬り」競争をしたと記憶するが、これは明らかに戦争の範囲を逸脱していました

 (12)――裁判で明らかになったことのひとつは、「百人斬り」競争に際して、二人はブランデーを賭けていたということです。

 (13)――二人の家族にも言ってもらいたいことだが、中国人はこの戦争でおそらく1000万人も死んでいるだろうということだ。もし証拠がなくても処刑できるのだということになれば、日本の軍人はすべて処刑しなければならないということになるだろう。しかし、われわれは報復主義はとらなかったということです。

 (略)

 もうこのくらいでよいだろうと思います。通訳もきちんと用意せずに台湾まで出かけ、南京事件を「まぼろし」にしようというのですから、大変な度胸というほかはないと思います。(略)

 実は、台湾には南京事件当時を語ることができる元軍人がまだ何人も生存しているのです。鈴木氏は、台湾に四日間も滞在して石裁判官にしか会っていないのでしょうか。もし本当に南京事件の真相、「百人斬り」の真相を究明したかったのなら、そうした元軍人たちに対する取材こそ不可欠だったのではないかと思うのです。「過去現在のマスコミのあり方に対」して怒る(あとがき)のは結構ですが、ごく普通のマスコミやジャーナリストならばこの程度の取材は常識なのです。

 とにかく、鈴木氏の台湾取材はズサンのそしりをまぬかれぬものだと思います。私程度のジャーナリストでも、この程度のことはやっています。

主張にリアリティを与えるためだけに行う恣意的な「取材もどき」は、昔からの史実否定派の伝統芸なのだ。もっとも、鈴木明と井上和彦を比べてみれば明らかなように、この分野でも彼らの質の劣化は激しい。
 
[1] 『「アジアの日本評価を知るべし」シンガポールに山下大将像 比では特攻隊式典も ジャーナリスト井上和彦氏』 産経West 2016.2.17
[2] togetter シンガポールと「大東亜戦争」と「昭南島」について 《山崎雅弘》
[3] 今日もシンガポールまみれ 井上和彦氏「日本が戦ってくれて感謝しています」をシンガポールで検証する
[4] 鈴木明 『「南京大虐殺」のまぼろし』 文藝春秋 1973年 P.103-106
[5] 和多田進 『鈴木明氏の「取材」を取材する』/藤原彰本多勝一・洞富雄編 『南京事件を考える』 大月書店 1987年 P.194-197

 

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