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マスコミやネットにあふれる偏向情報に流されないためのオルタナティブな情報を届けます。

天皇制

「記録の国」中国に「前王朝の痕跡を根こそぎ消してきた」と難癖をつけるネトウヨさんの蛮勇

■ 中国では各王朝が前代の正史を編纂してきたのだが… 何度教え諭されても、入れ替わり立ち替わり、ドヤ顔でこういうことを言い出すネトウヨさんが現れる。 民族が替わり、前王朝の痕跡を根こそぎ消してきた近隣諸国に「歴史ガー」とか「反省ガー」とか言われ…

天皇は「男系」でなければならないと頑迷に言い張る人々の本音

■ 「万世一系」断絶の危機w 平成天皇明仁アキヒトから令和天皇徳仁ナルヒト(もちろんここではわざとこう呼んでいる)への代替わりに伴って、天皇位の継承に関する議論がかまびすしい。 ポイントは、皇室典範を変えて「女性天皇」や「女系天皇(女性天皇と…

天皇を何と呼ぶかなど個人の自由。他人に指図される筋合いはない。

■ 自称「神祇官代」の妙なツイート 先日、TLに妙なツイートが流れてきた。「神祇官代」と称する、今年2月に登録されたばかりのアカウントによるものだ。 【確認事項】「平成天皇」や「令和天皇」とお呼びするのはご遠慮下さいこれは諡(おくりな)と言い、…

紀元前の中国農民ですら喝破していた血統の無意味さを理解できない日本人

マスコミが煽る「令和」「令和」の奉祝ムードに流されて、何一つ解決していないこの社会の問題をあっさりスルーする「普通の日本人」たち。実際、世界的に見ても、支配層にとってこれほど「ちょろい」民族は珍しいだろう。 ■ 皇室が最古の王朝だから日本はす…

気色悪い天皇制翼賛報道

予想されたとおりではあるが、改元だ退位だ新天皇即位だと、マスコミの天皇制翼賛報道が続いている。 戦前とまったくメンタリティが変わっていない。気色悪いとしか言いようがない。 そんな醜悪さは沖縄からだとよりクリアに見えるのだろう。辺野古で抗議活…

「元号を廃止した中国は日本をうらやんでいる」? んなわけないだろw

昨日TLに流れてきたツイート。 新聞に「中国では100年前に元号を廃止したので日本を羨んでいる」という記事があったけど、何で日本は他国が大昔に廃止したようなもんをありがたがってるんだって話。 — Tad (@CybershotTad) 2019年3月30日 どこかのバカウヨの…

初期天皇家の引っ越し事情w

今日は紀元前660年のこの日に「神武天皇」が即位したという大嘘を根拠に明治クーデター政権が勝手に決めた「建国記念の日」なので、神武と初期天皇家に関するデタラメを一通り指摘しておくことにしよう。 ■ 「神武天皇」などいなかった まず初代の「神武」。…

「天皇主義者」内田樹氏の元号論がやっぱり変

「天皇主義者」を自称する思想家・内田樹氏が、元号に関する朝日新聞の取材を受けて、その回答をブログに書いているのだが、率直に言って屁理屈のレベルを越えていない。 blog.tatsuru.com 元号を廃して、西暦に統一しようというような極端なことを言う人が…

あらためて、教育勅語はどこがダメか

■ 柴山文科相、就任会見でいきなりのトンデモ発言 安倍「全員壁際ライトの野球チーム」内閣で文科相に起用された柴山昌彦が、就任会見でいきなり教育勅語を持ち上げるトンデモ発言を行った。 朝日新聞デジタル(10/4): 教育勅語「使える分野は十分にある」…

戦争責任は他人から「言われるから」辛いという天皇裕仁の無責任

先日も昭和天皇裕仁のクソな「思し召し」特集記事を書いたばかりだが、またこの人物の無自覚・無責任ぶりを示す新たな史料が出てきてしまった。 これは1974年から晩年まで侍従を勤めた故小林忍氏の日記で、共同通信が氏の遺族から日記を預かり、各紙でその内…

天皇裕仁のワースト・オブ・クソ「思し召し」大会

こちらの記事へのコメントで要望を頂いた件、面白そうなのでやってみた。昭和天皇裕仁のクソな「思し召し」と言えば、すぐ思い当たるのはつぎのようなものだろう。 1.特攻隊は「よくやった」(1944年10月)→特攻作戦続行・拡大 海軍特攻隊の生みの親と言わ…

内田樹氏が「天皇主義者」となった理由を聞いて、天皇制を許してはならないという確信がさらに強くなった。

自ら「天皇主義者」であると宣言した思想家・内田樹氏が、キリスト教系の月刊誌『福音と世界』で、そのように宣言した意図についてインタビューを受けている。(以下、内田氏のブログに転載されたもの[1]から引用する。) 「天皇主義者」と自称してはいても…

「君が代」なんか捨てて「われらの日本」を国歌にしよう

71年前の今日、1947年5月3日は、アジアに史上最悪の大災厄をもたらし、加害国日本をも破滅に陥れた明治憲法が正式に廃棄され、代って新憲法が施行された記念すべき日である。 画像出典:国立公文書館 この日、皇居前広場で開催された新憲法施行式典では、…

力士はなぜ裸同然の格好で相撲をとるのか

■ 力士はなぜ裸体なのか、という疑問 子どもの頃から、テレビで大相撲を見ていて疑問だったことがある。なぜ力士は、廻まわしを締めただけの裸体のうえに髷(まげ)という珍妙な恰好で相撲を取るのか、という疑問だ。髷は江戸時代までは身分を問わず男子の普…

天皇制の顕教と密教

こちらの記事でも触れたが、維新の「志士」たちは天皇を「玉ギョク」などと呼び、自分たちの権威付けのための単なる道具と見なしていた。そこには天皇という存在に対する真摯な崇敬も、天皇その人への人格的敬愛もなかった[1]。 (略)なお、木戸孝允があの…

「橋本琴絵」アカウントの「ネアンデルタール」ヘイトに潜む大不敬w

前回記事で取り上げた「橋本琴絵」アカウントは、ネアンデルタール人を極悪非道とする理由として、「弔意がない」ことを挙げている。 死者を悼む心の有無を靖国参拝に直結させる強引さも噴飯モノだが、死者を丁寧に埋葬していたネアンデルタール人にこのよう…

明治維新直後の人民告諭は歴史修正主義と「日本スゴイ」教の元祖

■ カルト教団の勧誘ビラレベルの「人民告諭」 1868(明治元)年10月に京都府民向けに新政府が発した「人民告諭」は、前回記事でも取り上げたが、改めて読んでみるとこれが非常に面白い内容なので、以下に全文を掲載する[1]。(クリックで拡大) 夫それ人は、…

岸田吟香「御巡幸の記」に見る明治初期民衆の天皇認識

■ 暗愚な国難首相の明治礼賛 今年は明治維新から150年だとかで、この愚かな首相を筆頭に、明治礼賛のプロパガンダが巷にあふれることだろう。 首相官邸HP 総理大臣年頭所感: 新年あけましておめでとうございます。 本年は、明治維新から、150年の節目の年で…

朕はたらふく食っていた ― 食糧メーデー当時の宮中の献立

■ 敗戦前まではいなかった内地日本人の餓死者 意外に思われるかも知れないが、アジア太平洋戦争の後半、補給を無視した無謀な作戦により各地で日本軍兵士が続々と餓死(戦病死=栄養失調死)していった一方で、確かに食糧不足に悩まされていたとはいえ、敗戦…

教育勅語「国民道徳協会訳」という悪質な嘘訳

■ なぜか「定訳」扱いのデタラメ「国民道徳協会訳」 作られてから既に120年以上も経つ教育勅語は、原文のままでは現代人には理解するのが難しい。そのため、つい現代語訳に頼りたくなるわけだが、教育勅語の現代語訳というと、なぜか「国民道徳協会訳」と称…

教育勅語を現代語訳してみたよ

■ 高橋源一郎氏による現代語訳 作家・高橋源一郎氏による教育勅語の現代語訳が話題となっている。Twitterで公開されている高橋氏の訳を原文との対訳の形で示すと、次のようになる。 原文 高橋源一郎氏訳 朕惟おもフニ 我カ皇祖皇宗 國ヲ肇はじムルコト宏遠ニ…

画像で見る「神武天皇陵」でっち上げの経緯

式年祭についての記事でも書いたように、現在の「神武天皇陵」は、幕末の文久2(1862)年、恐らく神武の埋葬地ではない「ミサンザイ」に決定された。その後、明治から昭和にかけて、このミサンザイは巨大で荘厳な「天皇陵」に作り変えられていくことになる。 …

大和には天皇家より古い「万世一系」の家があった

「神武天皇陵」問題の記事でも引用した住井すゑ氏と古田武彦氏の対談本の中に、非常に面白いエピソードが書かれている[1]。 古田 そうですか。いやァあのね、私吉野でね、古事記に案内した人出て来ますね、あの子孫だっていう材木問屋の社長さんいましてね、…

神武天皇没後2600年式年祭という差別の祭典

4月3日、奈良県橿原市の「神武天皇陵」で、神武の没後2600年を祭るという宮中祭祀「式年祭」が行われ、当代天皇・皇后もこれに参列した。 朝日新聞(4/3): 奈良県を訪問中の天皇、皇后両陛下は3日、初代天皇とされる神武天皇の没後2600年にあたり、橿原市…

「建国記念の日はなに天皇が即位した日?」 正解は「そんな天皇はいない」

「しらべぇ」というサイトが、今年の「建国記念の日」に、「【悲報】7割の国民が『建国記念日に即位した天皇』を知らない」という記事を掲載した。 しらべぇ編集部が全国の男女1331人に「建国記念の日はなに天皇が即位した日?」と調査を行ったところ、もっ…

神武は結局ナガスネビコには勝てなかった

先日、TLにこういうツイートが流れてきた。兄の五瀬とともに九州からやってきたイワレビコ(神武)が近畿に侵入したとき、最大の敵として立ちふさがった(トミノ)ナガスネビコ(記:登美能那賀須泥毘古 紀:長髄彦)についての話である。 天孫饒速日命を奉…

初期の近畿天皇家では兄弟殺しの簒奪事件が続発した(その4)

■安康(20代)―> 雄略(21代) セックススキャンダルで兄の木梨之軽王を葬って大王となった穴穂(安康)だが、この男はその後、あっさり殺されてしまう。古事記の説話の中でも特に印象深いものの一つ、「目弱まよわ王の変」である。 前回も書いたが、男浅津…

初期の近畿天皇家では兄弟殺しの簒奪事件が続発した(その3)

■允恭(19代)―> 安康(20代) 男浅津間若子宿禰(允恭)は、后忍坂大中津比売(オシサカノオホナカツヒメ 紀:忍坂大中姫)との間に、次の9人の子をもうけた。 木梨之軽王(キナシノカルノミコ) 長田大郎女(ナガタノオホイラツメ 紀:名形大娘) 境黒日…

初期の近畿天皇家では兄弟殺しの簒奪事件が続発した(その2)

■ 履中(17代)ー> 反正(18代) 応神朝における骨肉の争いは、仁徳の息子(応神の孫)たちの世代になると、さらに激しさを増してくる。もはや、父親が同じとはいえ日常生活では疎遠な異母兄弟間の争いではない。同じ母親のもとで一緒に育った同母兄弟同士…

初期の近畿天皇家では兄弟殺しの簒奪事件が続発した(その1)

九州から近畿に侵入した初代神武から2代目綏靖への代替わりは、兄殺しによる地位簒奪だった。そして、肉親殺しを伴う簒奪行為は、これが近畿天皇家で唯一の例というわけではない。 仲哀(14代)の二人目の后だった息長帯日売(オキナガタラシヒメ 紀:気長…