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マスコミやネットにあふれる偏向情報に流されないためのオルタナティブな情報を届けます。

天皇制

あらためて、教育勅語はどこがダメか

■ 柴山文科相、就任会見でいきなりのトンデモ発言 安倍「全員壁際ライトの野球チーム」内閣で文科相に起用された柴山昌彦が、就任会見でいきなり教育勅語を持ち上げるトンデモ発言を行った。 朝日新聞デジタル(10/4): 教育勅語「使える分野は十分にある」…

戦争責任は他人から「言われるから」辛いという天皇裕仁の無責任

先日も昭和天皇裕仁のクソな「思し召し」特集記事を書いたばかりだが、またこの人物の無自覚・無責任ぶりを示す新たな史料が出てきてしまった。 これは1974年から晩年まで侍従を勤めた故小林忍氏の日記で、共同通信が氏の遺族から日記を預かり、各紙でその内…

天皇裕仁のワースト・オブ・クソ「思し召し」大会

こちらの記事へのコメントで要望を頂いた件、面白そうなのでやってみた。昭和天皇裕仁のクソな「思し召し」と言えば、すぐ思い当たるのはつぎのようなものだろう。 1.特攻隊は「よくやった」(1944年10月)→特攻作戦続行・拡大 海軍特攻隊の生みの親と言わ…

内田樹氏が「天皇主義者」となった理由を聞いて、天皇制を許してはならないという確信がさらに強くなった。

自ら「天皇主義者」であると宣言した思想家・内田樹氏が、キリスト教系の月刊誌『福音と世界』で、そのように宣言した意図についてインタビューを受けている。(以下、内田氏のブログに転載されたもの[1]から引用する。) 「天皇主義者」と自称してはいても…

「君が代」なんか捨てて「われらの日本」を国歌にしよう

71年前の今日、1947年5月3日は、アジアに史上最悪の大災厄をもたらし、加害国日本をも破滅に陥れた明治憲法が正式に廃棄され、代って新憲法が施行された記念すべき日である。 画像出典:国立公文書館 この日、皇居前広場で開催された新憲法施行式典では、…

力士はなぜ裸同然の格好で相撲をとるのか

■ 力士はなぜ裸体なのか、という疑問 子どもの頃から、テレビで大相撲を見ていて疑問だったことがある。なぜ力士は、廻まわしを締めただけの裸体のうえに髷(まげ)という珍妙な恰好で相撲を取るのか、という疑問だ。髷は江戸時代までは身分を問わず男子の普…

天皇制の顕教と密教

こちらの記事でも触れたが、維新の「志士」たちは天皇を「玉ギョク」などと呼び、自分たちの権威付けのための単なる道具と見なしていた。そこには天皇という存在に対する真摯な崇敬も、天皇その人への人格的敬愛もなかった[1]。 (略)なお、木戸孝允があの…

「橋本琴絵」アカウントの「ネアンデルタール」ヘイトに潜む大不敬w

前回記事で取り上げた「橋本琴絵」アカウントは、ネアンデルタール人を極悪非道とする理由として、「弔意がない」ことを挙げている。 死者を悼む心の有無を靖国参拝に直結させる強引さも噴飯モノだが、死者を丁寧に埋葬していたネアンデルタール人にこのよう…

明治維新直後の人民告諭は歴史修正主義と「日本スゴイ」教の元祖

■ カルト教団の勧誘ビラレベルの「人民告諭」 1868(明治元)年10月に京都府民向けに新政府が発した「人民告諭」は、前回記事でも取り上げたが、改めて読んでみるとこれが非常に面白い内容なので、以下に全文を掲載する[1]。(クリックで拡大) 夫それ人は、…

岸田吟香「御巡幸の記」に見る明治初期民衆の天皇認識

■ 暗愚な国難首相の明治礼賛 今年は明治維新から150年だとかで、この愚かな首相を筆頭に、明治礼賛のプロパガンダが巷にあふれることだろう。 首相官邸HP 総理大臣年頭所感: 新年あけましておめでとうございます。 本年は、明治維新から、150年の節目の年で…

朕はたらふく食っていた ― 食糧メーデー当時の宮中の献立

■ 敗戦前まではいなかった内地日本人の餓死者 意外に思われるかも知れないが、アジア太平洋戦争の後半、補給を無視した無謀な作戦により各地で日本軍兵士が続々と餓死(戦病死=栄養失調死)していった一方で、確かに食糧不足に悩まされていたとはいえ、敗戦…

教育勅語「国民道徳協会訳」という悪質な嘘訳

■ なぜか「定訳」扱いのデタラメ「国民道徳協会訳」 作られてから既に120年以上も経つ教育勅語は、原文のままでは現代人には理解するのが難しい。そのため、つい現代語訳に頼りたくなるわけだが、教育勅語の現代語訳というと、なぜか「国民道徳協会訳」と称…

教育勅語を現代語訳してみたよ

■ 高橋源一郎氏による現代語訳 作家・高橋源一郎氏による教育勅語の現代語訳が話題となっている。Twitterで公開されている高橋氏の訳を原文との対訳の形で示すと、次のようになる。 原文 高橋源一郎氏訳 朕惟おもフニ 我カ皇祖皇宗 國ヲ肇はじムルコト宏遠ニ…

画像で見る「神武天皇陵」でっち上げの経緯

式年祭についての記事でも書いたように、現在の「神武天皇陵」は、幕末の文久2(1862)年、恐らく神武の埋葬地ではない「ミサンザイ」に決定された。その後、明治から昭和にかけて、このミサンザイは巨大で荘厳な「天皇陵」に作り変えられていくことになる。 …

大和には天皇家より古い「万世一系」の家があった

「神武天皇陵」問題の記事でも引用した住井すゑ氏と古田武彦氏の対談本の中に、非常に面白いエピソードが書かれている[1]。 古田 そうですか。いやァあのね、私吉野でね、古事記に案内した人出て来ますね、あの子孫だっていう材木問屋の社長さんいましてね、…

神武天皇没後2600年式年祭という差別の祭典

4月3日、奈良県橿原市の「神武天皇陵」で、神武の没後2600年を祭るという宮中祭祀「式年祭」が行われ、当代天皇・皇后もこれに参列した。 朝日新聞(4/3): 奈良県を訪問中の天皇、皇后両陛下は3日、初代天皇とされる神武天皇の没後2600年にあたり、橿原市…

「建国記念の日はなに天皇が即位した日?」 正解は「そんな天皇はいない」

「しらべぇ」というサイトが、今年の「建国記念の日」に、「【悲報】7割の国民が『建国記念日に即位した天皇』を知らない」という記事を掲載した。 しらべぇ編集部が全国の男女1331人に「建国記念の日はなに天皇が即位した日?」と調査を行ったところ、もっ…

神武は結局ナガスネビコには勝てなかった

先日、TLにこういうツイートが流れてきた。兄の五瀬とともに九州からやってきたイワレビコ(神武)が近畿に侵入したとき、最大の敵として立ちふさがった(トミノ)ナガスネビコ(記:登美能那賀須泥毘古 紀:長髄彦)についての話である。 天孫饒速日命を奉…

初期の近畿天皇家では兄弟殺しの簒奪事件が続発した(その4)

■安康(20代)―> 雄略(21代) セックススキャンダルで兄の木梨之軽王を葬って大王となった穴穂(安康)だが、この男はその後、あっさり殺されてしまう。古事記の説話の中でも特に印象深いものの一つ、「目弱まよわ王の変」である。 前回も書いたが、男浅津…

初期の近畿天皇家では兄弟殺しの簒奪事件が続発した(その3)

■允恭(19代)―> 安康(20代) 男浅津間若子宿禰(允恭)は、后忍坂大中津比売(オシサカノオホナカツヒメ 紀:忍坂大中姫)との間に、次の9人の子をもうけた。 木梨之軽王(キナシノカルノミコ) 長田大郎女(ナガタノオホイラツメ 紀:名形大娘) 境黒日…

初期の近畿天皇家では兄弟殺しの簒奪事件が続発した(その2)

■ 履中(17代)ー> 反正(18代) 応神朝における骨肉の争いは、仁徳の息子(応神の孫)たちの世代になると、さらに激しさを増してくる。もはや、父親が同じとはいえ日常生活では疎遠な異母兄弟間の争いではない。同じ母親のもとで一緒に育った同母兄弟同士…

初期の近畿天皇家では兄弟殺しの簒奪事件が続発した(その1)

九州から近畿に侵入した初代神武から2代目綏靖への代替わりは、兄殺しによる地位簒奪だった。そして、肉親殺しを伴う簒奪行為は、これが近畿天皇家で唯一の例というわけではない。 仲哀(14代)の二人目の后だった息長帯日売(オキナガタラシヒメ 紀:気長…

天皇家の代替わりは、いきなり兄殺しによる地位簒奪から始まった

近畿天皇家の初代神武に続く2代目綏靖から9代目開化までの8代は、古事記・日本書紀に系譜が書かれているだけで事蹟(説話)を欠いているため、「欠史八代」と呼ばれている。 しかし、一つだけ例外がある。綏靖による兄殺しの物語である。 神武は、まだ九…

戦前の教科書は神話をそのまま歴史として教えていた・・・わけではない。

関連記事: 「神功皇后の三韓征伐」という大嘘 戦前(敗戦までの戦中を含む)の教科書では、神話をそのまま歴史として教えていた、とよく言われる。 これは、確かに間違いではないのだが、正確な表現とも言いがたい。 まだ国定化される前の、初期の段階の教…

「神功皇后の三韓征伐」という大嘘

仲哀(14代)から応神(15代)への代替わりが、単なる代替わりではなく王朝交代であったことについては既に説明した。このとき、仲哀の九州遠征に同行せず大和に残っていた息子たちを滅ぼして権力を奪ったのが、神功皇后こと息長帯日売(オキナガタラシヒメ…

GoogleMapで「欠史八代」を歩く

近畿天皇家の初代神武に続く2代目綏靖から9代目開化までの8代を、「欠史八代」と呼ぶ。理由は、古事記・日本書紀でのこれらの天皇に関する記載が系譜だけであり、事績(説話)を欠いているからだ。 もっとも、厳密に言うと説話がまったくないわけではない…

仲哀といえばヤマトタケル

関連記事: 仲哀→応神も王朝交代 息長帯日売と建内宿禰に謀殺されて血脈を絶たれてしまった可哀想な仲哀天皇。この人、実はヤマトタケル(古事記では倭建命、日本書紀では日本武尊と表記)の息子である。 ヤマトタケルは日本神話最大のヒーローと言ってもい…

仲哀→応神も王朝交代

記事《「万世一系」の虚妄》の中で、武烈(25代)から継体(26代)への代替わりが王朝交代に他ならないことを説明した。しかし、明治以来常識化されてきた「万世一系」を否定する反例はこれだけではない。 次は、仲哀(14代)から応神(15代)への代替わりを…

桐生市鹵簿誤導事件を知っていますか?

教育勅語や日の丸・君が代を駆使した国家的洗脳教育がどれほど狂った社会を作り出したか。「桐生市鹵簿誤導事件」は、そのささいな始まりと帰結の重大さによって、それを学ぶための良い教材となっている。鹵簿(ろぼ)とは、天皇や皇族の行列のことを言う。桐…

法と道徳の区別がつかない人々

前回記事で、教育勅語が説教する「徳目」(ただし最後の1個は除く)について、「時代背景を考えればまあ常識的な内容で、当時の感覚では当たり前の道徳」だと書いた。これは、当時の人々はそれらを「当たり前の道徳」と感じたであろう、ということであって…