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小佐古敏荘氏の辞任会見への疑問

「狂気の沙汰」とでも言うしかない学校線量基準に抗議して、内閣官房参与の小佐古敏荘・東大大学院教授(放射線安全学)が辞意を表明した。

 

毎日新聞(4/29)

福島第1原発内閣官房参与、抗議の辞任

 

 内閣官房参与の小佐古敏荘(こさこ・としそう)・東京大教授(61)=放射線安全学=は29日、菅直人首相あての辞表を首相官邸に出した。小佐古氏は国会内で記者会見し、東京電力福島第1原発事故の政府対応を「場当たり的」と批判。特に小中学校の屋外活動を制限する限界放射線量を年間20ミリシーベルトを基準に決めたことに「容認すれば私の学者生命は終わり。自分の子どもをそういう目に遭わせたくない」と異論を唱えた。同氏は東日本大震災発生後の3月16日に任命された。

 

 小佐古氏は、学校の放射線基準を年間1ミリシーベルトとするよう主張したのに採用されなかったことを明かし、「年間20ミリシーベルト近い被ばくをする人は原子力発電所放射線業務従事者でも極めて少ない。この数値を乳児、幼児、小学生に求めることは学問上の見地からのみならず、私のヒューマニズムからしても受け入れがたい」と主張した。

 

 小佐古氏はまた、政府の原子力防災指針で「緊急事態の発生直後から速やかに開始されるべきもの」とされた「緊急時迅速放射能影響予測システム(SPEEDI)」による影響予測がすぐに運用・公表されなかったことなどを指摘。「法律を軽視してその場限りの対応を行い、事態収束を遅らせている」と述べた。

 

こうした報道で伝えられている小佐古氏の抗議はまったく正しい。

 

しかし、NHK科学文化部ブログに掲載されている辞任会見資料の全文を読むと、小佐古氏の辞任の理由は学校線量やSPEEDIの問題だけではない。氏はこんなことも書いているのだ。

 また、文部科学省においても、放射線規制室および放射線審議会における判断と指示には法手順を軽視しているのではと思わせるものがあります。例えば、放射線業務従事者の緊急時被ばくの「限度」ですが、この件は既に放射線審議会で国際放射線防護委員会(ICRP)2007年勧告の国内法令取り入れの議論が、数年間にわたり行われ、審議終了事項として本年1月末に「放射線審議会基本部会中間報告書」として取りまとめられ、500mSvあるいは1Svとすることが勧告されています。法の手順としては、この件につき見解を求められれば、そう答えるべきであるが、立地指針等にしか現れない40−50年前の考え方に基づく、250mSvの数値使用が妥当かとの経済産業大臣文部科学大臣等の諮問に対する放射線審議会の答申として、「それで妥当」としている。ところが、福島現地での厳しい状況を反映して、今になり500mSvを限度へとの、再引き上げの議論も始まっている状況である。まさに「モグラたたき」的、場当たり的な政策決定のプロセスで官邸と行政機関がとっているように見える。放射線審議会での決定事項をふまえないこの行政上の手続き無視は、根本からただす必要があります。500mSvより低いからいい等の理由から極めて短時間にメールで審議、強引にものを決めるやり方には大きな疑問を感じます。重ねて、この種の何年も議論になった重要事項をその決定事項とは違う趣旨で、「妥当」と判断するのもおかしいと思います。放射線審議会での決定事項をまったく無視したこの決定方法は、誰がそのような方法をとりそのように決定したのかを含めて、明らかにされるべきでありましょう。この点、強く進言いたします。

 

要するに、緊急時の被曝限度は500mSvまたは1Sv(!!)とすることが既に決定済みなのだからそれに従え、それが「法と正義」に則った政策決定だ、というわけだ。

しかし、いくら緊急時とはいえ、500mSvとか1Svというのは目を疑うような数値である。被曝線量が250mSvを越えれば白血球の一時的減少など急性障害(確定的影響)が出始め、3〜4Svに至れば約半数が死亡する。それほどの高線量なのだ。

もちろん、晩発性障害(確率的影響)のリスクも線量に比例して高くなる。実際、原発労働者の労災認定でも、40mSv(11ヶ月間)、50mSv(8年10ヶ月間)、74.9mSv(11年間)といった死亡認定事例(いずれも白血病)があるくらいだ。

「年間20ミリシーベルト近い被ばくをする人は原子力発電所放射線業務従事者でも極めて少ない」と言う小佐古氏は、その危険性を十分に理解しているはずだ。小佐古氏の「ヒューマニズム」は、子どもたちには適用されても事故現場で働く作業者たちには適用されないのだろうか?