もちろん、あの映画のことである。
はじめに断っておくが、私はこの映画を観ていない。
観てもいない映画を批評するのは、一般的には禁じ手だろう。
だが例外もある。
おおまかなストーリーを聞いただけで既にそのダメさが明白な場合だ。
そしてこの映画は、明らかにこの例外に相当する。
ではこの映画の何がダメかと言えば、次のポイント[1]に尽きるだろう。
今日、映画『永遠のゼロ』を観ました。
http://www.eienno-zero.jp/index.html
感想は「フザケた映画だ!腹が立った!」でした。
…
一番腹が立ったのは物語の設定です。
主人公の宮部久蔵は「トップクラスの飛行技術」を持ちながら、「妻や娘のために生き残ります。死にたくありません」と言って、空中戦を一切しない「海軍一の臆病者」と設定されています。フィクションであっても、この設定はありえません。
主人公の行為は敵前逃亡です。
逮捕され処刑される重罪です。
それなのに、部下や同僚は「臆病者め」と陰でブツブツ文句を言うだけです。
本当のこのようなことをすれば、告発され逮捕されます。または殺されるでしょう。…
戦闘機乗りなのに空中戦を一切しない?
本当にそんなことをしたらどうなるか、海軍刑法[2]を見てみよう。
第四章 抗命ノ罪
第五十五条 上官ノ命令ニ反抗シ又ハ之ニ服従セサル者ハ左ノ区別ニ従テ処断ス
一 敵前ナルトキハ死刑又ハ無期若ハ十年以上ノ禁錮ニ処ス
二 戦時又ハ艦船救護ノ為緊要ノ方略ヲ為ス際ナルトキハ一年以上十年以下ノ禁錮ニ処ス
三 其ノ他ノ場合ナルトキハ五年以下ノ禁錮ニ処ス
第七章 逃亡ノ罪
第七十三条 故ナク職役ヲ離レ又ハ職役ニ就カサル者ハ左ノ区別ニ従テ処断ス
一 敵前ナルトキハ死刑、無期若ハ五年以上ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス
二 戦時ニ在リテ三日ヲ過キタルトキハ六月以上七年以下ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス
三 其ノ他ノ場合ニ於テ六日ヲ過キタルトキハ五年以下ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス
命令を受けて出撃し、敵と遭遇したにもかかわらず、意図的に戦闘を忌避する。
どう考えても上の抗命または逃亡の罪に当たるだろう。
最悪死刑、最も軽くても5年以上の禁錮という重罪である。そんな勝手を許していたら軍隊という組織そのものが成り立たないからだ。
別に、架空戦記が悪いと言っているのではない。架空の話であっても、名作と言える戦争映画はいくらでもある。
しかし、そこには最低限、戦場におけるリアリティを追求する姿勢がなければならない。
この映画は、いわばリアリティとは対極のところにいる。
一見、第二次世界大戦時における日本の話のように見えるが、実は地球によく似た別の星で、日本人によく似た顔の異星人が戦争ごっこをするファンタジーだとでも思ったほうがよい。
製作者の仕掛けにころりと騙され、感動させられ、泣かされる観客こそいい面の皮だ。
というわけで、この映画は『永遠の0点』。
映画の作りの問題ではなく、物語の基本設定それ自体の欠陥だから、もちろん原作も0点である。
[1] 薔薇、または陽だまりの猫/その程度の映画『永遠のゼロ』を観ました。・・・・/坂井貴司さんから
[2] 中野文庫 海軍刑法