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【慰霊の日】崇高と下劣のコントラストがきつすぎて目が痛い

■ 衝撃的だった平和の詩の朗読

6月23日の慰霊の日、沖縄全戦没者追悼式で、浦添市の中学生相良倫子さん(14)が自作の平和の詩「生きる」を朗読した。

今年の追悼式の中でも、この場面はまさに衝撃的だったと言える。

内容の素晴らしさもさることながら、これだけの長編詩を、一度も原稿を見ることもなく、前を見据えて決然と、そして時には左右に優しく目を配りながら、力強く一気に語りきったその姿は、見ていて震えがくるほどだった。

とにかく、まずは下の動画を見て欲しい。(動画提供:琉球新報

以下、平和の詩「生きる」全文[1]。

「生きる」

     沖縄県浦添市立港川中学校 3年 相良倫子


私は、生きている。
マントルの熱を伝える大地を踏みしめ、
心地よい湿気を孕んだ風を全身に受け、
草の匂いを鼻孔に感じ、
遠くから聞こえてくる潮騒に耳を傾けて。

私は今、生きている。

私の生きるこの島は、
何と美しい島だろう。
青く輝く海、
岩に打ち寄せしぶきを上げて光る波、
山羊の嘶いななき、
小川のせせらぎ、
畑に続く小道、
萌え出づる山の緑、
優しい三線の響き、
照りつける太陽の光。

私はなんと美しい島に、
生まれ育ったのだろう。

ありったけの私の感覚器で、感受性で、
島を感じる。心がじわりと熱くなる。

私はこの瞬間を、生きている。

この瞬間の素晴らしさが
この瞬間の愛おしさが
今と言う安らぎとなり
私の中に広がりゆく。

たまらなく込み上げるこの気持ちを
どう表現しよう。
大切な今よ
かけがえのない今よ
私の生きる、この今よ。

七十三年前、
私の愛する島が、死の島と化したあの日。
小鳥のさえずりは、恐怖の悲鳴と変わった。
優しく響く三線は、爆撃の轟に消えた。
青く広がる大空は、鉄の雨に見えなくなった。
草の匂いは死臭で濁り、
光り輝いていた海の水面は、
戦艦で埋め尽くされた。
火炎放射器から吹き出す炎、幼子の泣き声、
燃えつくされた民家、火薬の匂い。
着弾に揺れる大地。血に染まった海。
魑魅魍魎の如く、姿を変えた人々。
阿鼻叫喚の壮絶な戦の記憶。

みんな、生きていたのだ。
私と何も変わらない、
懸命に生きる命だったのだ。
彼らの人生を、それぞれの未来を。
疑うことなく、思い描いていたんだ。
家族がいて、仲間がいて、恋人がいた。
仕事があった。生きがいがあった。
日々の小さな幸せを喜んだ。手をとり合って生きてきた、私と同じ、人間だった。
それなのに。
壊されて、奪われた。
生きた時代が違う。ただ、それだけで。
無辜の命を。あたり前に生きていた、あの日々を。

摩文仁の丘。眼下に広がる穏やかな海。
悲しくて、忘れることのできない、この島の全て。
私は手を強く握り、誓う。
奪われた命に想いを馳せて、
心から、誓う。

私が生きている限り、
こんなにもたくさんの命を犠牲にした戦争を、絶対に許さないことを。
もう二度と過去を未来にしないこと。
全ての人間が、国境を越え、人種を越え、宗教を越え、あらゆる利害を越えて、平和である世界を目指すこと。
生きる事、命を大切にできることを、
誰からも侵されない世界を創ること。
平和を創造する努力を、厭わないことを。

あなたも、感じるだろう。
この島の美しさを。
あなたも、知っているだろう。
この島の悲しみを。
そして、あなたも、
私と同じこの瞬間とき
一緒に生きているのだ。

今を一緒に、生きているのだ。

だから、きっとわかるはずなんだ。
戦争の無意味さを。本当の平和を。
頭じゃなくて、その心で。
戦力という愚かな力を持つことで、
得られる平和など、本当は無いことを。
平和とは、あたり前に生きること。
その命を精一杯輝かせて生きることだということを。

私は、今を生きている。
みんなと一緒に。
そして、これからも生きていく。
一日一日を大切に。
平和を想って。平和を祈って。
なぜなら、未来は、
この瞬間の延長線上にあるからだ。
つまり、未来は、今なんだ。

大好きな、私の島。
誇り高き、みんなの島。
そして、この島に生きる、すべての命。
私と共に今を生きる、私の友。私の家族。

これからも、共に生きてゆこう。
この青に囲まれた美しい故郷から。
真の平和を発進しよう。
一人一人が立ち上がって、
みんなで未来を歩んでいこう。

摩文仁の丘の風に吹かれ、
私の命が鳴っている。
過去と現在、未来の共鳴。
鎮魂歌よ届け。悲しみの過去に。
命よ響け。生きゆく未来に。
私は今を、生きていく。

この詩から感じる内容は人それぞれだろうが、私がとりわけ心惹かれたのは、「生きる」こと、未来に向けて今を生きる命のかけがえなさを見事に歌い上げている点だ。

生まれ育った大好きな島の美しさを「ありったけの私の感覚器で、感受性で」感じ、「この瞬間を、生きて」いく。それこそが「大切な今」であり、「かけがえのない今」「私の生きる、この今」だとこの詩は訴える。

それは「同じこの瞬間ときを一緒に生きている」「あなた」にとっても、誰にとっても、等しくかけがえのない大切なものなのだ。その大切な今を、平和な世界で「あたり前に生きる」権利が奪われることは、決してあってはならない。

しかし、戦争とは常に、一部の者の利益のために他者の「あたり前に生きる」権利を奪うことであり、かけがえのない命とともに、その未来を、すべての可能性をも奪うことだ。だから、そんな理不尽を決して許してはならない。

この詩は、そのことを、理屈ではなくみずみずしい感性でまっすぐに訴えている。

■ ガンと闘いながら新基地建設の不当を訴えた翁長知事

今年の平和宣言で翁長沖縄県知事は、沖縄戦から73年という、人の一生にも等しいほどの時間が過ぎても負担が軽減されない沖縄への米軍基地集中の理不尽さを訴えた。以下は平和宣言の全文[2]。

【平和宣言】

 20数万人余の尊い命を奪い去った地上戦が繰り広げられてから、73年目となる6月23日を迎えました。私たちは、この悲惨な体験から戦争の愚かさ、命の尊さという教訓を学び、平和を希求する「沖縄のこころ」を大事に今日を生きています。

 戦後焼け野が原となった沖縄で、私たちはこの「沖縄のこころ」をよりどころとして、復興と発展の道を力強く歩んできました。しかしながら、戦後実に73年を経た現在においても、日本の国土面積の約0・6%にすぎないこの沖縄に、米軍専用施設面積の約70・3%が存在し続けており、県民は、広大な米軍基地から派生する事件・事故、騒音をはじめとする環境問題等に苦しみ、悩まされ続けています。

 昨今、東アジアをめぐる安全保障環境は、大きく変化しており、先日の米朝首脳会談においても、朝鮮半島の非核化への取り組みや平和体制の構築について共同声明が発表されるなど緊張緩和に向けた動きが始まっています。

 平和を求める大きな流れの中にあっても、20年以上も前に合意した辺野古への移設が普天間飛行場問題の唯一の解決策と言えるのでしょうか。日米両政府は現行計画を見直すべきではないでしょうか。民意を顧みず工事が進められている辺野古新基地建設については、沖縄の基地負担軽減に逆行しているばかりではなく、アジアの緊張緩和の流れにも逆行していると言わざるを得ず、全く容認できるものではありません。「辺野古に新基地を造らせない」という私の決意は県民とともにあり、これからもみじんも揺らぐことはありません。

 これまで、歴代の沖縄県知事が何度も訴えてきた通り、沖縄の米軍基地問題は、日本全体の安全保障の問題であり、国民全体で負担すべきものであります。国民の皆様には、沖縄の基地の現状や日米安全保障体制のあり方について、真摯に考えていただきたいと願っています。

 東アジアでの対話の進展の一方で、依然として世界では、地域紛争やテロなどにより、人権侵害、難民、飢餓、貧困などの多くの問題が山積しています。世界中の人々が、民族や宗教、そして価値観の違いを乗り越えて、強い意志で平和を求め協力して取り組んでいかなければなりません。

 かつて沖縄は「万国津梁」の精神の下、アジアの国々との交易や交流を通し、平和的共存共栄の時代を歩んできた歴史があります。そして、現在の沖縄は、アジアのダイナミズムを取り込むことによって、再び、アジアの国々をつなぐことができる素地ができており、日本とアジアの架け橋としての役割を担うことが期待されております。

 その期待に応えられるよう、私たち沖縄県民は、アジア地域の発展と平和の実現に向け、沖縄が誇るソフトパワーなどの強みを発揮していくとともに、沖縄戦の悲惨な実相や教訓を正しく次世代に伝えていくことで、一層、国際社会に貢献する役割を果たしていかなければなりません。

 本日、慰霊の日に当たり、犠牲になられた全てのみ霊に心から哀悼の誠を捧げるとともに、恒久平和を希求する「沖縄のこころ」を世界に伝え、未来を担う子や孫が心穏やかに笑顔で暮らせる「平和で誇りある豊かな沖縄」を築くため、全力で取り組んでいく決意をここに宣言します。

市街地のただ中にある危険な普天間基地の返還は、もう20年以上も前(1996年)に、日米SACO合意によって約束されていたものだ。(当初は5年から7年での全面返還が目標とされた。)しかし、この合意に沖縄県内での「移設」という条件が付けられていたために、未だに解決できずに問題はこじれ続けている。

「県内」移設という条件は、本来日米両政府の間の問題であるはずの基地問題を、沖縄県内の問題(返還を求める宜野湾と新たな基地を押し付けられる辺野古の間の問題)にすり替える詐術であり、沖縄内部に分断と対立をもたらす毒なのだ。日米両政府はこの毒の効果をよく分かった上でそれを狡猾に利用し続けている。

ガンとの闘病でやつれた翁長知事の姿は、国際環境がどう変わろうとも断固として基地の押しつけをやめない日本政府に翻弄される沖縄そのものの姿と重なって見える。

■ 平気な顔で出席できること自体が信じ難い安倍晋三の厚顔無恥

この追悼式に首相として出席した安倍晋三は、実行するつもりなどかけらもない、薄っぺらい官僚の作文を平然と読み上げた。とりわけ次の一節など、どの口がそれを言うのかと面罵したいほどだ[3]。

 沖縄の方々には、永きにわたり、米軍基地の集中による大きな負担を担っていただいております。この現状は、何としても変えていかなければなりません。政府として、基地負担を減らすため、一つ一つ確実に結果を出していく決意であります。

しかも、こんな挨拶をしておいて、一方ではあくまで辺野古「移設」を進めると平気で言うのだ。

安倍晋三も、その「お付きの者」たちも、平和の詩を朗読する相良さんと目を合わせることすらできなかった。これは、この者たちの卑小さを見事に写し取った一枚と言っていいだろう。

■ 吐き気をもよおさせる、「美しい国」の臣民たちのご立派な振る舞い

さらにネット上には、相良さんの詩を「左翼の動員」だの「大人の仕込み」だのと中傷するツイートや、翁長知事の姿を揶揄する卑劣な投稿などが相次いだ。

 

この下劣な振る舞いが、「保守」を自称する者たちの正体を自ら暴露している。そして、間違いなくこれこそが安倍の言う「美しい国」の真の姿でもあるのだ。

[1] 『沖縄慰霊の日 平和の詩「生きる」全文』 毎日新聞 2018/6/23
[2] 『【平和宣言全文】2018年慰霊の日』 琉球新報 2018/6/23
[3] 『安倍首相「私が先頭に立って沖縄の振興を」あいさつ全文』 朝日新聞 2018/6/23

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