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【慰霊の日】自衛官が行くべき場所はそこではない

慰霊の日の23日早朝、沖縄に駐留する陸上自衛隊の自衛官有志が、平和祈念公園を訪れた。

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 一行は午前5時前、ほぼ真っ暗の摩文仁(まぶに)の高台に現れ、まず「黎明(れいめい)之塔」に隊員たちが一人一人花を手向けて礼をした。続けて、一般戦没者を追悼する「しづたまの碑」や、殉職した県職員らを悼む「島守之塔」などを次々と参拝。日が昇る前の園内を一言も発さずに歩き回り、午前5時20分ごろに解散して立ち去った。

(略)

 黎明之塔は、沖縄戦を戦った日本陸軍第32軍の司令官・牛島満中将らをまつった慰霊碑。戦いに殉じた指揮官である一方、降伏せずに司令部を首里(那覇市)から南部に撤退させて住民を巻き込んだ持久戦を続けたため、住民の犠牲が増えたとの批判もある。(角詠之、上遠野郷)

いくつかの慰霊碑に参拝したというが、高々30分程度の滞在の中で「黎明之塔」にだけは30人ほどの自衛官一人一人が花を手向けたというのだから、ここがメインで他は付け足しだろう。

牛島司令官らを祀った碑に花を手向けて彼らが何を祈ったのかは知らないが、少なくとも、この日に自衛官という立場の人間が行くべき場所は、そこではない。

摩文仁の丘とその周辺であれば、まずは戦後、付近に散乱していた3万5千柱余りの遺骨を生き残った住民が拾い集めて建立した「魂魄こんぱくの塔」、また後に各地の納骨堂や慰霊碑から遺骨を移し、18万柱余りを納めている「沖縄戦没者墓苑」だろう。

慰霊の日、魂魄の塔に手を合わせる人々
(撮影者:Lequios-star CC 表示-継承 4.0

そして、沖縄を捨て石とした愚かな戦争指導者たちのせいで悲惨な死を遂げた人々の霊前に跪き、二度と住民を戦火に巻き込まないことを誓うべきだ。

それができないなら、沖縄に自衛隊の居場所はない。

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