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一枚の恐ろしいグラフ

堀江邦夫さんの名著『原発ジプシー』が、『原発労働記』(講談社文庫)として復刊された。堀江氏が、1978年から79年にかけて、美浜、福島第一、そして敦賀と、三か所の原発を渡り歩き、最底辺の原発労働者として過酷な労働に従事した貴重な記録だ。

被曝の危険性を少しも伝えない「放射線管理教育」、現場でのずさんな線量計測、点検作業を行う労働者の被曝低減をまったく考慮することなく設計されている各種機器など、現在にまで続く安全軽視の実態がリアルに暴露されている。

ところで、この『原発労働記』の後書きに、一枚のグラフが掲載されている。1970年度から2008年度までの商業用原子炉数と、原発労働者の被曝総量の推移を示したものだ。



グラフは、原子炉数の増加に伴って被曝量が急激に増加し、ピークの1978年度には130Sv人以上に達したことを示している。

過小評価だという厳しい批判にさらされているICRP(国際放射線防護委員会)2007年勧告でさえ、被曝による集団的ガン死リスクは「1シーベルト当たり約5%」としている。これを当てはめれば、この年、たった一年間の被曝による影響だけで、原発労働者の6人以上がその後ガンで死亡したことになる。そしてこれは、「それ以下ではあり得ない」という程度の最小限の見積りであって、ICRPの評価基準の甘さや、130Sv人という数値が公式に記録された線量の合計に過ぎないことを考えれば、実態はそんなものでは済まない(死者数の桁が違う)だろう。

 

被曝量は1990年頃までは徐々に低下し、いったんピークの半分程度にまで落ちたが、その後はまたじりじりと増加傾向をたどっている。

このグラフには2008年度までの範囲しか含まれていない。福島第一原発事故が発生した今年、このグラフがどこまで伸びるのか、想像するだに恐ろしい。

 

だが、このグラフで一番恐ろしいのは、実はそこではない。

被曝線量を示す縦棒は、白と黒とに塗り分けられている。下側にある白い短い部分が電力会社正社員の被曝量、その上の黒い部分はすべて正社員以外、つまり下請け、孫請け、ひ孫請けの労働者たちの被曝量だ。

この白と黒との圧倒的な差は、被曝による危険が誰に押し付けられているのかを如実に示している。

 

命を削りながら働かねばならない危険な作業が、弱い立場の底辺労働者にだけ、何も知らせずに押し付けられる。

原発というものは、たとえ一切事故を起こさなくても、そもそも底辺労働者たちの命を食い荒らしながらでなければ、維持することができないのだ。

その一点だけでも、原発という存在を許してはならない理由として十分だろう。

 

※ オリジナルの『原発ジプシー』と比べると、「仲間の労働者たちの詳細であるとか、彼らがいだくさまざまな心情」はかなり削除されているとのことなので、文字通りの復刊というわけではない。これとは別に、オリジナルのままの『原発ジプシー』も現代書館から復刊されている。


原発労働記 (講談社文庫)

原発労働記 (講談社文庫)

原発ジプシー 増補改訂版 ―被曝下請け労働者の記録

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