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クマラスワミ報告に文句をつけたいならせめて報告書本文を読んでからにすべき

日本政府の恥ずかしい修正要求

日本政府は本当にクマラスワミ氏に報告内容の修正を求めてしまった。

東京新聞(10/16):

 旧日本軍の従軍慰安婦を「性奴隷」と表現した一九九六年の国連報告書に関し、日本政府が「事実に反する点がある」として、報告書をまとめたクマラスワミ元報告者に内容の一部撤回を求めたことが分かった。複数の政府筋が十六日、明らかにした。

 報告書は、旧日本軍が韓国・済州島で慰安婦を強制連行したとする故吉田清治氏の証言を引用している。日本政府は「吉田氏証言は虚偽だと判明している。問題点を指摘するのは当然」(外務省幹部)と判断し、一部撤回要求に踏み切った。

 政府筋によると、撤回要請は、佐藤地(くに)・人権人道担当大使がニューヨークで十四日、クマラスワミ氏に直接会って申し入れた。クマラスワミ氏は応じなかったという。

まさに恥の上塗り、愚の骨頂である。

前田朗Blog

日本政府がクマラスワミ特別報告者に吉田証言引用部分の撤回を申し入れたと言う。ニューヨークで大使が面会して、申し入れをしたそうだ。「恥の上塗り」とはこのことである。日本政府自身が認めた内容を、18年後の今になって「撤回申し入れ」する神経が理解できない。

日本政府はこの「撤回要請」がどれほど無理筋か分かった上で国内向けのパフォーマンスとしてやっているのだろうが、この国のマスコミやネットには、本気で吉田証言(とそれに関する朝日新聞の報道)がクマラスワミ報告の主要な根拠だと信じているとしか思えない言説があふれている。こういう人たちは多分、ネット上に全文公開されている報告書自体読んだことがなく、そもそも読むつもりもないのだろう。

クマラスワミ報告における「性奴隷」の判断基準

さてそれでは、クマラスワミ報告がどの程度吉田証言に依拠しているのか、報告書本文[1]に基づいて具体的に見ていこう。

クマラスワミ報告は、まず冒頭の第一章「定義」において、なぜいわゆる「従軍慰安婦」を軍事的性奴隷と考えるのか、その判断の枠組を示している。

6.特別報告者は、戦時、軍によって、また軍のために、性的サービスを与えることを強制された女性の事件を軍事的性奴隷制の慣行ととらえていることをこの報告書の冒頭で明らかにしておきたい。

7.この点で、特別報告者は、東京訪問中に表明された日本政府の立場を知悉しているが、日本政府は、1926年の奴隷条約第1条(1)に従って、「所有権に帰属する権限の一部又は全部を行使されている人の地位又は状態」と定義される「奴隷制」という用語を、現行国際法の条項の下で「慰安婦」事件に適用するのは、誤りであるとしている。

8.しかし、特別報告者は、「慰安婦」の慣行は、関連国際人権機関・制度によって採用されているところによれば、性奴隷制及び奴隷様慣行の明白な事例ととらえられるべきであるとの意見を持っている。この関係で、特別報告者は、差別防止少数者保護小委員会が、1993年8月15日の決議1993/24で、現代奴隷制部会から送付された戦時の女性の性的搾取及びその他の強制労働の形態に関する情報に留意し、戦時の組織的強姦、性奴隷制及び奴隷様慣行に関する高度の研究を行うよう、同小委員会の委員の一人に依頼したことを強調したい。さらに同小委員会は同委員に、重大人権侵害被害者の原状回復、補償及びリハビリテーションへの権利に関する特別報告者に提出された情報――「慰安婦」に関するものを含むが、それをこの研究の準備に際して考慮に入れるよう要請した。

9.さらに、特別報告者は、現代奴隷制部会が、その第20会期で、「第二次大戦中の女性の性奴隷」問題に関して日本政府から受け取った情報を歓迎し、かつ日本政府が行政的審査会を設置することによって「奴隷のような処遇」の如き慣行を解決するよう勧告したことに留意する。

10.最後に用語上の問題で、現代奴隷制部会の委員並びにNGO代表及び学者によって表明されたものだが、女性被害者は、戦時の強制売春及び性的隷従と虐待の期間中、連日の度重なる強姦と激しい身体的虐待に耐えなければならなかったのであって、「慰安婦」という言葉がこのような被害を少しも反映していないという見解に、特別報告者は完全に同意する。したがって、特別報告者は、「軍事的性奴隷」という言葉の方が、はるかに正確かつ適切な用語であると確信する。

性奴隷かどうかの判断基準は、まず第一に国際法としての奴隷条約(1926年)であり、また慰安所において性的サービスの提供を強制された女性たちの状態である。募集・徴募の段階で首に縄をつけて拉致するような「強制連行」が行われたかどうか、などではない。

そして、クマラスワミ氏が被害女性の置かれた状態を「性奴隷」と判断した主な根拠は、慰安所の運営規則をはじめとする残された文書類と、氏を含む調査団が日本、韓国、北朝鮮の三国を訪問して直接収集した被害女性たち自身の証言である。

19.日本帝国のさまざまな場所にあった多様な慰安所規則類の記録といっしょに、いろいろな状況下での慰安所や「慰安婦」自身の写真さえ保存されている。徴集方法の証拠として役立つ文書記録は僅かであるが、この制度の運営の実態は時を経て残った記録類により広範に立証できる。日本の軍部は売春システムの詳細を細かく記録したが、それをたんなる一つの遊興施設とみなしていたようにみえる。上海、日本の沖縄その他の地方、中国およびフィリピンにあった慰安所の規則はまだ残っており、なかでも衛生規則、利用時間、避妊、女性にたいする料金およびアルコールと武器の禁止を細かく規定している。

20.これらの規則類は、戦後に残された文書のうちでももっとも罪深いものである。それらは日本軍がどの程度まで慰安所にたいし直接の責任があり、その組織のあらゆる側面と深く関わっていたかを疑いの余地なく明らかにしている。そればかりでなく、慰安所がいかにして合法化され制度化されたかをも明白に示している。「慰安婦」が適正に扱われるようにすることにおおくの注意がはらわれたように見える。アルコールと刀剣類の禁止、利用時間の規定、合理的な料金、その他礼儀作法または公正な取り扱いらしいものを課そうとする試みは、実際に行われたことの野蛮さ、残酷さと鋭い対照をなしている。このことは軍事的性奴隷制のシステムの異常な非人間的性格を照らし出すのに役立つだけである。このシステムのなかで、筆舌に尽くしがたいほど心を傷つけられることもおおい状況の下におかれながら、大勢の女性たちが「売春」に身をゆだねつづけることを強制されたのである。

52.その人生のうちでもっとも屈辱的で苦痛に満ちた日々を再び蘇らせる意味をもつに違いないにもかかわらず、勇気をもって話し、証言を与えてくれた全ての女性被害者にたいして、特別報告者ははじめに心からの感謝をささげたい。特別報告者は、非常な感情的緊張のもとにありながら自分の経験を話してくれた女性たちに会ったことで、深く心を動かされた。

53.特別報告者は、この報告の紙数が限られているため、三国すべてで聞いた16の証言の僅かしか要約できなかった。しかし特別報告者は、全ての陳述についてそれらを聞くことができたことの重要性を強調しておく。そのことによって当時一般的であった状況のイメージを作り上げる事が可能となったからである。以下の証言は軍事的性奴隷の現象のさまざまな側面を例示するために選ばれたもので、そうした軍事的性奴隷制が日本帝国陸軍の指導者たちにより、またその認知のうえで、組織的かつ強制的に実施されたことを特別報告者に信じるに至らしめたものである。

被害女性の証言が根拠と聞いた瞬間に、被害者を嘘つき呼ばわりする者たちが湧いてくるのがこの国の残念な現状だが、被害者証言とはそのような軽いものではない。とりわけ、被害を受けた時期や場所の異なる多数の被害者の証言が一致している場合、その指し示す事実の信憑性は極めて高いのだ。

23. 第二次世界大戦の直前及び戦争中における軍事的性奴隷の徴集について説明を書こうとする際、もっとも問題を感じる側面は、実際に徴集がおこなわれたプロセスに関して、残存しあるいは公開されている公文書が欠けていることである。「慰安婦」の徴集に関する証拠のほとんど全てが、被害者自身の証言から得られている。このことは、おおくの人が被害者の証言を秘話の類とし、あるいは本来私的で、したがって民間が運営する売春制度である事柄に政府をまきこむための創作とまでいって退けることを容易にしてきた。それでも徴集方法や、各レベルで軍と政府が明白に関与していたことについての、東南アジアのきわめて多様な地域の女性たちの説明が一貫していることに争いの余地はない。あれほど多くの女性たちが、それぞれの目的のために公的関与の範囲についてそのように似通った話を創作できるとはまったく考えられない。

「吉田証言」がなくても報告書の結論は変わらない

では次に、クマラスワミ報告書の中で吉田証言がどのように取り上げられているかを見てみよう。

29.一層おおくの女性が必要になった場合には、日本軍は暴力やむきだしの武力、狩り出しに訴えた。そのうちには娘の誘拐を阻止しようとした家族の殺害が含まれていた。国家総動員法が強化されたことで、これらの手段をとることは容易になった。この法律は1938年に公布されたが、1942年までは朝鮮人の強制徴集に適用されなかった。おおくの軍「慰安婦」たちの証言は、徴集に際して広範に暴力と強制が用いられたことを証明している。さらに戦時中におこなわれた狩り出しの実行者であった吉田清治は、著書のなかで、国家総動員法の一部として労務報国会のもとで自ら奴隷狩に加わり、その他の朝鮮人とともに1000人もの女性たちを「慰安婦」任務のために獲得したと告白している

たったこれだけである。その上、吉田証言を虚偽だとする秦郁彦の主張のほうが、吉田証言そのものよりはるかに長々と取り上げられている。

40.特別報告者は東京の歴史家、千葉大学の秦郁彦博士が「慰安婦」問題にかんする幾つかの研究、とくに済州島での「慰安婦」の状況について書いた吉田清治の著書に反論したことを指摘しておく。博士の説明では、彼は1991~92年に大韓民国の済州島を史料収集のため訪れたが、「慰安婦犯罪」の主犯は実際には朝鮮人区長、売春宿の持ち主及び少女自身の親たちでさえあった。教授の主張では親たちは娘の徴集の目的を知っていたというのである。議論の裏付けとして秦博士は、1937年から1945年にかけての慰安宿のための朝鮮人女性徴集システムの二つのひな型を示した。どちらのモデルも朝鮮人の親たち、朝鮮人村長および朝鮮人ブローカーたち、すなわち民間人たちが日本軍のために性奴隷として働く女性たちの徴集に協力し、役割を果たしたことを知っていたことを明らかにしている。秦博士はまた大部分の「慰安婦」は日本陸軍と契約を結んでおり、月あたり兵隊の平均(15~20円)の110倍(1000~2000円)もの収入を得ていたと信じている。

仮にクマラスワミ報告書を「修正」するとしたら、吉田証言も、秦郁彦の言説も、どちらも削除すべきというのが私の意見だが、そうしてみたところで、報告書全体の趣旨も、結論としての日本政府への勧告も、何一つ変わることはないのである。

日本の名誉回復のために必要なのはクマラスワミ勧告の誠実な実行

日本政府は、国際社会に無反省ぶりをアピールするだけの愚かな策謀に費やす時間があったら、以下のクマラスワミ勧告の実現に向けて努力の一つもしてみてはどうか。そのほうがはるかに、あなたたちが毀損し続けてきた日本の名誉を回復する助けになるというものだ。

137. 日本政府は、以下を行うべきである。

(a)第二次大戦中に日本帝国軍によって設置された慰安所制度が国際法の下でその義務に違反したことを承認し、かつその違反の法的責任を受諾すること。

(b)日本軍性奴隷制の被害者個々人に対し、人権及び基本的自由の重大侵害被害者の原状回復、賠償及び更正への権利に関する差別防止少数者保護小委員会の特別報告者によって示された原則に従って、賠償を支払うこと。多くの被害者が極めて高齢なので、この目的のために特別の行政的審査会を短期間内に設置すること。

(c)第二次大戦中の日本帝国軍の慰安所及び他の関連する活動に関し、日本政府が所持するすべての文書及び資料の完全な開示を確実なものにすること。

(d)名乗り出た女性で、日本軍性奴隷制の女性被害者であることが立証される女性個々人に対し、書面による公的謝罪をなすこと。

(e)歴史的現実を反映するように教育内容を改めることによって、これらの問題についての意識を高めること。

(f)第二次大戦中に、慰安所への募集及び収容に関与した犯行者をできる限り特定し、かつ処罰すること。

 

[1] ラディカ・クマラスワミ国連報告書 日本の戦争責任資料センター 1996年

 

従軍慰安婦 (岩波新書)

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日本軍「慰安婦」制度とは何か (岩波ブックレット 784)

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日本が知らない戦争責任ー日本軍「慰安婦」問題の真の解決へ向けて

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