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「君が代」とイギリス国歌はこんなに違う

上記記事へのTwitterでの反応。


私は「君が代」が果たしてきた「役割」がおぞましいと言っているのであって、君主を讃えるのがアプリオリにおぞましいなどとは言っていないのだが、それはともかく、君が代を批判されるとイギリス国歌を引き合いに出して反論したつもりになるのが大方のパターンのようだ。
では、「君が代」とイギリス国歌「God Save the Queen」(男王の場合はQueenがKingに変わる)は、どのくらい似ているのだろうか。

1. God save our gracious Queen
  Long live our noble Queen
  God save the Queen
  Send her victorious
  Happy and glorious
  Long to reign over us
  God save the Queen

確かに、イギリス国歌の1番は、女王の幸福と長命を願い、「神よ女王を護りたまえ」と歌っているので、君が代と大差ないと言っていいだろう。
だが、イギリス国歌にはまだ続きがあり、特にその3番が重要なのだ。

3. Thy choicest gifts in store
  On her be pleased to pour
  Long may she reign
  May she defend our laws
  And ever give us cause
  To sing with heart and voice
  God save the Queen

憲法学者星野安三郎氏の解説[1]を聞いてみよう。

A 「メイ・シー・デフェンド・アワー・ローズ」は「女王をして我らの法を護らせよ」というのであり、「民と共に法を守り」と訳すのは正しくない。三番を訳すと次のようになると思うよ。「女王をして、われらの法を護らせよ。われらが心から声高らかに、神よ女王を護りたまえといつでもうたえるように」

 

B (略)「女王をして我らの法を護らせよ」というのは、われらの代表である議会が制定した諸法を女王に守らせよということになる。いいかえれば、三番の背後には、国民の代表である議会が定めた法律を王が守らず、国民が心から声たからかに「ゴッド・セイブ・ザ・クイーン」と歌えなくなったときは、王冠を奪い、王位から追放するというイギリスにおける清教徒革命(ピューリタン革命)以来の民主的思想がある。

(略)

B イギリスの憲法学者バジョットによると、イギリスにおける国王と議会の抗争による議会制君主制確立の歴史は、ウィリアム一世の、「奴隷議会」、エリザベス女王の「不平議会」、ジェームス一世の「反抗議会」からチャールズ一世の「反乱議会」に発展し、クロムエルの清教徒革命によるチャールズ一世の処刑を見る(一六四九年)。その後六〇年には王制が復活するが反動政治をすすめたジェームスニ世を追放してオレンジ公ウィリアム三世を迎えた名誉革命となる。ここに議会制君主制の確立を見るが、追放された国王は失地回復を図って画策する。それに対してウィリアム三世を擁した革命側により、「神よ、王を守り給え」と歌わせたというよ。(略)

 

A 憲法の制定過程を改めて考える必要とともに、イギリスの国歌と日本の「君が代」の相違を見ることが重要だね。

 

B そのとおり。「君が代」には、イギリスの国歌三番に見るような、君主を民主的に統制する思想は全くないからね。「君が代」の歌詞は、天皇が国民のために何をしたか、しなかったかにかかわらず、「君が代は千代に八千代に…」というように無条件に天皇統治を願うということで「奴隷」といってよいからね。

イギリスは、専制君主的な王を処刑し、あるいは追放して、議会が定めた法を王/女王に守らせるという歴史を経てきた国なのである。立憲君主制という形式上は同じように見えても、天皇を極度に神聖化することで、何も考えずに権力・権威に従属する国民(臣民)を作ろうとした明治以来の日本などとはわけが違う。国歌もまたその違いを反映しているのだ。

[1] 星野安三郎 『「君が代」とイギリスの国歌 ―共通性と相違性―』 月刊マスコミ市民 2000年5月号
※所功『国旗・国歌の常識』(東京堂出版)における訳のこと。