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関空お土産没収事件が象徴する陰湿いじめ大国ニッポン

■ 事件(これはまぎれもなく「事件」である)の概要

6月28日、北朝鮮への修学旅行から帰国した神戸朝鮮高校の生徒たちが、関西空港の税関で、親戚や友人からもらったお土産を大量に没収されるという事件が発生した[1]。

 62人の生徒たちは2台の飛行機に分乗して帰ってきた。許校長は1便目の生徒らを引率。税関では全員のスーツケースや鞄が開けられ、生徒6人のお土産・民芸品などが押収された。
 2便目は20時半に関空へ到着する予定だったが運航が遅れ、23時過ぎに到着した。しかし、ここでも税関は全員のスーツケースを検査し、お土産や民芸品を大量に押収。生徒たちは声を上げたり涙を流して説明や抗議をしたが、頑なに放棄書へのサインを要求したという。税関から最後の生徒が出てきたのが0時半。飛行機が遅れただけでも心配なのに、お土産まで没収され泣きじゃくる我が子を見て、迎えに来ていた保護者は怒りを禁じえなかったという。

こういう事件があると、お約束のように「制裁してるから没収は当然」とか「朝鮮学校側の対応が悪いからだ」とかいう人たちが湧いてくるのだが、神戸以外の朝鮮高校の修学旅行では問題なくお土産を持ち帰れていたし、そもそも日本人は普通に北朝鮮から土産を持ち帰っているので、今回は明らかに異常事態である。

■ 土産物の没収に法的根拠はない

以下のツイートで資料屋(@sir43k)さんが説明されているように、今回の没収には法的根拠がない。税関が個人の土産物も含め北朝鮮からの貨物は一切持ち込み禁止だと言うのなら、それは法の範囲を超えた拡大解釈ということになる。

だいたい、土産物の持ち込みが本当に違法なら、淡々と没収すればいいだけだ。それをせず、泣いて懇願する生徒たちに無理矢理同意書への署名をさせたのは、法的根拠がないからこそだろう。同意書を取っておけば、後で問題になっても生徒たちが任意に放棄したのだと言えるからだ。

■ 在日への理不尽ないじめは日本政府の伝統的行動パターン

このような恣意的で理不尽な取り扱いは、戦後日本政府が首尾一貫して在日コリアンに対して取ってきた態度だと言っていい。(恣意的な態度が首尾一貫しているというのも変な話だが。)

日本政府はなぜこんなやり方をするのか。社会学者の福岡安則氏(埼玉大学名誉教授)が、次のような思考実験を試みたことがある[2]。

 よく、“在日韓国・朝鮮人にたいして、戦後の日本政府は、一貫して「同化」政策を取ってきた”と言われる。私自身も、ついつい、深く考えもせずに、“植民地支配下のみならず、戦後の在日韓国・朝鮮人にたいする政策も、「同化かさもなくば排除」と言われてきたように、一貫して「同化」を強いるものであった”と書いたりしてきた。
 だが、はたして、そのように言えるのだろうか。
(略)
 在日韓国・朝鮮人にたいして取りうる政策モデルとして、次の四つのものを考えてみる。
 第一は、〈人権の論理〉にもとづく政策。(略)
 第二は、〈同化の論理〉にもとづく政策。(略)
 第三は、〈排除の論理〉にもとづく政策。(略)
 第四が、〈抑圧の論理〉にもとづく政策。(略)
(略)
 さて、かりに「私」が、在日韓国・朝鮮人にたいする政策決定の権限をもっていたとする。「私」は、目的合理的な思考に長けた有能なテクノクラートであるとする。そして、それぞれの論理に立脚した場合、「私」ならどんな政策を展開したかを、考えてみる。ただし、以下の思考実験では、国際的。国内的政治情勢によるさまざまな制約は度外視しておく。

日本政府の在日政策が仮に〈人権の論理〉に基づくものなら、朝鮮植民地支配の結果として起きた強制連行・強制労働や日本軍性奴隷(従軍慰安婦)問題についての真摯な謝罪と賠償、在日への基本的人権の保障と民族教育への支援、当然の権利としての日本国籍と参政権の付与といったものになったはずだ。もちろん現実の在日政策はまったく異なる。

また、〈同化の論理〉に基づく政策なら、在日に日本社会にスムーズに「同化」してもらえるよう、希望者には日本国籍や参政権を与え、日本国籍を選択しなかった者にも、将来「帰化」しやすくする施策をとったはずである。しかし、これも現実とは異なる。

〈排除の論理〉に基づく政策なら、なにしろできるだけ速やかに出ていって欲しいのだから、韓国や北朝鮮に「帰国」しやすいよう、帰国希望者には資産の持ち出し制限を課さないなど、様々な便宜を図ったはずである。また、日本に在留し続ける者に対しても、将来子ども連れで帰ってもらえるよう、民族学校への財政援助など、朝鮮語に堪能になってもらうための施策を取ったはずだ。しかし、これも現実とは異なる。

結局、日本政府が現実に取ってきた在日政策は、これらのいずれでもない〈抑圧の論理〉に基づくものだったと結論するほかはない[3]。

 残るのは、〈抑圧の論理〉にもとづく政策の展開だ。
 戦後の日本政府が実際に取ってきた諸施策は、〈人権の論理〉にもとづく政策モデルとして記述したことすべての裏返しであった。在日韓国・朝鮮人には基本的人権を認めようとしない〈抑圧〉の政策であった。日本政府は、みずからの植民地支配政策によって生みだした在日韓国・朝鮮人という存在を、日本社会にとって“厄介な”存在として、単なる治安維持の“管理”対象としてのみ、見なしつづけてきたのだ。
 もちろん、先にも述べたように、日本政府は、部分的には〈同化の論理〉にもとづく施策や〈排除の論理〉にもとづく施策もおこなってきた。だが、それらは、あくまで〈抑圧の論理〉を基調としつつ、付随的もしくはご都合主義的に展開されてきたものにすぎない。
 日本政府が、在日韓国・朝鮮人の人権を尊重しようとする自発的な意図によって、積極的な処遇の改善をおこなったことは、一度もない、と言ってよいだろう。(略)
(略)
 在日韓国・朝鮮人にたいする処遇が、やっと、少しはまともになってきた。だが、これにしても、1980年代中葉における「指紋押捺拒否」の運動の高揚や、人権重視の国際世論の高まり、あるいは、韓国との外交問題上のかねあいを考慮してのもので、とうてい、日本政府の自発的な政策決定とはいいがたい。
 しかも、日本政府は、なお、公務員の一般職の採用にあたっては、明文化された法的根拠もないのに、“当然の法理”による“国籍条項”を固持しつづけ、在日外国人の積極的採用の動きをみせる地方自治体に足かせをはめつづけている。公立学校教員の採用でも、「教諭」としての採用を認めず、「常勤講師」というかたちで、日本人教員とのあいだの格差づけを押しつけているのだ。

戦後の日本政府は、そもそも朝鮮植民地支配という自らの過ちに、一度としてまともに向き合おうとしてこなかった。だから、その結果として日本に居住することになった在日コリアンを、過去の罪業の証拠を突きつけてくる都合の悪い存在として憎悪し、その存在を消し去ろうとするかのように抑圧し続けてきた。

関空お土産没収事件は、自らの過去に向き合えない日本のひ弱さが生んだ、卑劣な在日いじめの新たな一事例なのだ。

[1] 『総聯中央が関空税関当局の不当な押収に抗議する記者会見』 日刊イオ 2018/06/30
[2] 福岡安則 『在日韓国・朝鮮人 ― 若い世代のアイデンティティ』 中公新書 1993年 P.38-42
[3] 同 P.48-50

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