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沖縄独立はもはや絵空事ではない

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東京新聞(12月3日朝刊)の「私説 論説室から」に、「沖縄独立論をあざけるな」と題した、白鳥龍也編集委員の署名記事が載っていた。

沖縄独立論をあざけるな

 九月の沖縄県知事選で辺野古新基地反対の民意を重ねて示すも、建設を強行する国。沖縄の苦難解消の糸口は一向に見えない。

 そんな「構造的差別」の打破には「沖縄のことは沖縄で決める」との自己決定権の確立と行使しかない。そう考える県民が増えている。近年は「独立」も真剣に議論される。

 二〇一三年に設立された県民有志の「琉球民族独立総合研究学会」によると、県民投票で支持を得て県議会の議決後に知事が独立を宣言、国連が認めれば独立は可能という。

 その暁には非武装中立を「国是」に米軍、自衛隊の全基地を撤去。国際機関誘致や中継貿易を軸にアジアの懸け橋として発展を遂げることを構想する。一定の説得力はあろう。本土側からは「中国に乗っ取られるだけ」とあざける声が聞こえそうだが、考えてみる。

 中近世の五百年近く、琉球王国は中国と朝貢関係にあったとはいえ侵略されたことは一度もない。逆に中国は職能集団を移住させたり琉球からの留学生を厚遇したりと関係を重視した。「利害対立要因がなく友好が保たれた」と比屋根照夫・琉球大名誉教授。政治状況は全く異なるにせよ、歴史的な琉中関係は今後も簡単には崩れないと思う。独立学会などは現在の尖閣問題は棚上げで良いとする。

 しかし、「ならばどうぞ独立を」とは決して言うまい。沖縄をそこまで追い込んだのは本土の側。その責任は重い。 (白鳥龍也)

現在の私の考えも、この白鳥氏の主張にかなり近い。以下、一部異なる部分も含めて、私の考えを整理してみたい。

■ 日本という国の一部である限り、希望ある沖縄の未来は展望できない

玉城デニー知事を誕生させた今回の県知事選だけでなく、沖縄は何度も基地は要らないという民意を示してきた。例えば1996年に行われた県民投票[1]では、日米地位協定の見直しと米軍基地の整理縮小への賛成票が48万票以上となり、投票数の89%を占めた。翌1997年の、普天間基地の代替とされる辺野古「海上ヘリポート」建設の是非を問う名護市民投票[2]でも、「賛成/反対」の2択ではなく「環境対策や経済効果が期待できる(できない)ので賛成(反対)」を加えた4択という誘導的な選択肢が設定されていたにもかかわらず、反対票が賛成を上回った。

しかしそれでも、辺野古の貴重な自然を大規模に破壊する新米軍基地の建設が今も強行されつつある。また、米軍が駐留する他の国のそれと比べても最低レベルと言わざるを得ない地位協定すら改善しようとする動きは見られない。

これはつまり、日本政府には沖縄の民意に耳を傾けるつもりなど全くないということだ。

これを改めさせるには政権交代を実現するしかないわけだが、2010年、まさにそれが実現して鳩山首相(当時)が普天間基地を県外に移転させようとしたときは、外務省が公文書を偽造して首相を騙すという犯罪行為を行ってまでその判断を撤回させた。

これは、単に安倍政権だけの問題ではなく、その背後の官僚機構まで含めて、日本国家は沖縄に日米安保に伴うあらゆる負担を押し付けるという確固たる意思を固めていることを意味している。

これでは、日本という国の一部である限り、沖縄の民意は一切実現され得ず、沖縄の人々にとって希望ある未来は展望できないことになる。

この重大犯罪が今に至るまで真相究明も処罰もされていないことは、日本が法治国家ではないことの(たくさんある)証拠の一つである。

 

 

■ 沖縄は合法的に独立できる

そうは言っても、憲法に地方の独立に関する条項などないし、沖縄の独立など法的に不可能ではないかと思えるかもしれない。しかし、そうではない。沖縄出身の松島泰勝龍谷大教授が次のように説明している。[3]

 独立は次のようなプロセスで進むだろう。沖縄県議会が、国連脱植民地化特別委員会の「非自治地域」リストに「沖縄県」を加えることを求める決議案を採択。同リストに登録された後、国連の支援を得ながら独立を準備する。国連監視下で住民投票を実施し、独立支持の有権者が過半数を占めれば、世界に独立を宣言する。世界の国々が国家承認し、国連の加盟国になる。その際、世界に住むウチナーンチューが自国の政府に働きかけて琉球国の国家承認を促す。

 琉球独立は「分離独立」ではなく「復国」となる。琉球国は1879年まで存在していたが、日本政府がそれを解体した。私が『琉球独立宣言』(講談社文庫)で明らかにしたように日本政府は現在まで琉球国の存在を認めていない。しかし近年琉球では「琉球併合は国際法違反」であり、米国、仏国、蘭国と琉球国が締結した修好条約原本の返還を求める声が高まっている。「復国」はかつての王制ではなく、立憲主義に基づく非武装中立を掲げた連邦共和制の国になるだろう。今、安倍政権が捨て去ろうとしている「憲法9条」を琉球国は自らの憲法の柱にして、独立後、「琉球の平和」が回復される。

国内法に根拠がなくても、日本による承認がなくても、沖縄の独立は可能なのだ。そして、沖縄が独立して「琉球共和国」となれば、日米安保条約があくまで日本国とアメリカ合州国との間の条約である以上、沖縄のすべての米軍基地は存在の法的根拠を失い、撤廃するか日本国内に移転するしかなくなる。沖縄の基地問題はこれで最終的に解決する。(ついでに、事実上の日本国軍である自衛隊にも沖縄からは出て行って頂くことになる。)

■ 独立しても沖縄経済はやっていける

基地の整理縮小を求める沖縄の声に対しては常に、沖縄経済は基地関連の雇用や補助金に依存しているんだから基地がなくなったらやっていけないだろう、という侮蔑的言説が投げつけられてきた。

だが、これは事実ではない。

補助金で潤っているのは沖縄の人々ではなく本土の大手ゼネコンであり、地元に落ちる金はほんのおこぼれ程度でしかない。到底、基地が生み出す経済的損失に見合うものではない。

また、広大な土地を占有する基地が沖縄の経済発展を阻む阻害要因であることは、これまでに返還された米軍用地が有効利用されることにより莫大な経済効果を生んできたことからも明らかだ。この点については、大田昌秀元沖縄県知事が、具体的なデータをもとに次のように語っている。[4]

門奈 米軍基地が沖縄経済を支えているという点はいかがですか。

大田 この件に関しては、多くの人たちが実態を知らなさ過ぎます。基地が返された後、民間が利用するようになったらどういうメリット、デメリットがあるかについて、私たちは3年くらいかけて調べたことがあります。その結果、ほとんどの場合、メリットの方がデメリットより多いことが分かりました。たとえば、雇用は確実に10倍位増えます。また所得の方も、場所によっては20倍から100倍位にも増加しているからです。
 例えば、うるま市の天願通信所という広大な基地には、黒人部隊が駐留していましたが、地元からの雇用はわずか4人。ところが返還されて民間の企業などが利用するようになると、現在はうるま市という大きな町に変わり、多くの企業や市役所などができています。そこで3,470人(H18年)が働くようになっています。ですから返還前の4人の所得と3,000人余りの所得とでは比較になりません。また、うるま市に入る固定資産税も、話にならないほど増えています。
 もう1つ、北谷町にあったハンビー飛行場は、普天間飛行場の支部飛行場のようなもので、ヘリコプターの基地でした。そこの基地従業員は約100人ほどでしたが、そこが返還されて若者たちが好む「ハンビー・タウン」に変わると、2,000人以上の人々が働くようになっています。軍事基地当時の北谷町に入る固定資産税は357万円(S56年)でしたが、土地が返還されて利用されるようになると、それが一挙に1億9,507万4,000円にはね上がっています。(北谷町『返還駐留軍用地跡地利用(北前・桑江地区)における経済効果の検証』H17・3参照)
 もっと分かりやすい例で申しますと、那覇市に新都心と称される新しい町が出来ています。ここには米民政府職員の住宅が約1,181戸(S49)建っていましたが、雇用はせいぜい196人程度(S56)。今ではそこで1万3,819人の人々が働いているとのことです。その結果、那覇市に入る固定資産税は、基地の時は3,083万2,000円だったのが、現在は14億3,775万円になっています。(沖縄県『沖縄の米軍基地』H20・3、那覇市資料参照)

■ 中国は侵略などしてこない

沖縄から米軍基地がなくなれば、まして独立などしたら、たちまち中国に侵略されて植民地にされてしまうぞ、というのが、右派からの沖縄に対する定番の脅し文句だった。

しかし、これも事実ではない。

下の記事にも書いたとおり、歴史を見れば、中国と琉球は数百年にもわたって平和的友好関係を保ってきたのであり、中国は琉球に利益を与えることはあっても害を与えたことなどない。

今後沖縄が独立した場合を考えても、軍備を持たない平和国家沖縄と中国との間には利害の対立要因はなく、従って攻められる理由もない。琉球民族独立総合学会のサイトで次のように説明されているとおりである。[5]

Q:独立に伴い全ての軍事基地を撤去したら、琉球の安全は大丈夫ですか?

A:はい、大丈夫です。軍事基地があるから戦争・紛争に巻き込まれるのです。これは、琉球・沖縄の歴史を考えれば明らかです。独立後の琉球は、軍隊を持たない非武装中立国家としてアジアそして全世界の平和の要石となり、様々な国際機関を琉球の島々に誘致することで、武力ではなく知恵(ジンブン)を使い、琉球の安全と世界の平和を守ります。琉球の独立なくしては真の平和は実現できません。

■ 沖縄独立論に本土の日本人はどう対応すべきか

沖縄の日本からの独立は法的にも経済的にも可能であること、そして、独立しても沖縄の安全は保てることが確認できた。

では、沖縄は日本から独立すべきなのか?

はっきり言えるのは、独立するか、日本の国内に留まるか、それを決められるのは沖縄の人々だけであって、私も含め、本土の日本人にはああしろこうしろと言える権利はない、ということだ。というより、「沖縄は独立したほうがいい」などというのは、独立させることで過去の加害責任をチャラにしようというようなもので、日本人が決して口にしてはならないことだろう。

それを前提として踏まえた上で、私は、本土の日本人がやるべきことは次の二つだと思う。

まず、沖縄が日本の一部であるという現在の状況下において、日本政府の沖縄に対する暴力をやめさせ、沖縄の民意を国の政策に反映させること。

そして、将来沖縄が独立するという決断をした場合には、全力でこれを支援し、日本政府にいかなる妨害をもさせないこと。このときは、単に妨害をさせないだけでなく、日本政府に沖縄を独立国家として承認させ、相互に平和的な友好関係が築けるよう、最大限の努力をしなければならない。

それが、あまりにも長い間沖縄に犠牲を強い続けてきた本土の日本人としての責務だろう。

[1] 「日米地位協定の見直し及び基地の整理縮小に関する県民投票」 沖縄県公文書館
[2] 「名護市民投票」 Wikipedia
[3]  松島泰勝 「沖縄独立はこのようにして可能だ」 AERA 2016年6月27日号
[4] 大田昌秀・門奈直樹(対談)「沖縄からみる本土ジャーナリズムの問題点」 月刊マスコミ市民 2010年12月号
[5] 「よくある質問(Q&A)」 琉球民族独立総合学会

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