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日本は統計が不正確だったから敗けたのではなく、現実を直視できなかったから敗けた

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安倍政権の統計不正問題にからんで、敗戦後に吉田茂がマッカーサーに語ったという、あるエピソードが話題になっている。

日本経済新聞「春秋」(1/19)

終戦直後、吉田茂は「餓死者が大勢出る」と連合国軍総司令部(GHQ)のマッカーサーに訴え、米国から大量の食料を送らせた。だがそんな状況にはならない。日本の統計はでたらめだと詰め寄られるや、「日本の統計が正確だったら、米国と戦争などしていない」。

▼ユーモアを武器に、和製チャーチルと評された元首相の面目躍如たるエピソードだ。(略)

仮に吉田茂がこう語ったのが事実だとしても、戦前の日本の統計がデタラメだったというのは事実ではない。実際、対米開戦前には「内閣総力戦研究所」が統計その他のデータをもとに対米戦争のシミュレーションを行い、日本は必ず負けるという正確な結論を出していた。

また、総力戦研究所のような超エリート組織が取り組むまでもなく、基本的な統計データにアクセスできる人間の目から見れば、対米戦争などできるわけがないことは明白だった。開戦当時、旧満州の昭和製鋼所の若手社員だった五味川純平氏が次のように書いている。[1]

 私自身に関していえば、調査関係の職務上、私の机にはほぼ一年遅れで列国の戦略重要物資の生産高に関する数字が集っていた。それによると、本文にも記したように、石油、銑鉄、鋼塊、銅、アルミニウム、その他十数品目の日米生産高の比較は、算術平均値をとると、米国の74に対して日本の1であった。比較にならない数字である。戦争など出来る数字ではなかった。だから、私は、一青年社員に過ぎない私にさえ基礎的判断材料があるくらいだから、企画院、陸海両省、商工省などには精密な資料があって、それらは戦争など出来ないことを示しているはずである、したがって、日米交渉で日本がどのように強硬な態度を見せるにしても、最後的には妥協して戦争は回避されるはずである、と考えていた。
 事実は一青年の予想を完全に覆した。私がファシズムの論理に晦くらかったのだといえば、それまでのことである。私は、如何に軍国主義と雖も、少くとも危機に際して下す政治的判断は、もっと客観的であり、冷静であると思っていたから、十二月八日朝の開戦のラジオ放送は、私にとって全く驚天動地の衝撃であった。

しかし、総力戦研究所の研究成果は東條英機によって握りつぶされ、日本は勝利の見込みがまったくないアジア太平洋戦争に突入していった。

日本は統計が不正確だったから敗けたのではなく、データの示す事実を直視できず、願望を現実化できると根拠もなく妄信したために敗けたのだ。

願望を現実より優先させ、両者が合わないと現実(統計)の方をいじって辻褄を合わせようとしている現在の安倍政権も、その愚かさでは開戦当時と少しも違わない。

[1] 五味川純平 『御前会議』あとがき 文春文庫 1984年 P.421-422

 

御前会議 (文春文庫 (115‐11))

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昭和16年夏の敗戦 (中公文庫)

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