昨日TLに流れてきたツイート。
新聞に「中国では100年前に元号を廃止したので日本を羨んでいる」という記事があったけど、何で日本は他国が大昔に廃止したようなもんをありがたがってるんだって話。
— Tad (@CybershotTad) 2019年3月30日
どこかのバカウヨの妄想かと思ったら、なんと新聞記事だという。
調べてみると、共同通信が地方紙に配信した、それも署名記事だった。
四国新聞(3/28):
発祥の地から熱視線 中国も新元号に注目 百年前消滅、うらやむ声も
「次の元号も中国の文献から?」。元号発祥の地、中国でも4月1日の日本の新元号発表に熱い視線が注がれている。国内メディアは、日本の元号が中国から伝わり、中国古典に基づき決められてきたことに注目。中国で100年以上前に消滅した元号が、日本で大切に受け継がれていることをうらやむ声も上がる。(1面参照)
(略)
「新元号の発表は日本が新たな時代に入ることを意味する。日本が対中関係や国際社会において前向きな役割を果たすよう望む」。中国共産党中央対外連絡部の劉洪才・元副部長は今月、中国紙の取材に、新元号の下で日中関係の改善が進むことに期待を寄せた。
(略)
中国では1911年に辛亥革命が起きて、清朝が倒され、翌12年1月1日に中華民国が成立。清朝最後の皇帝、愛新覚羅溥儀(宣統帝)が退位し、2千年以上続いた元号は「宣統」を最後に廃止された。
(略)
日本政府観光局によると、昨年訪日した中国人は838万人で、国・地域別でトップ。唐の都・長安の面影を残す京都などを訪れ、中国の伝統や文化を“再発見”する中国人も少なくない。
日本史に詳しい中国人作家、蕭西之水氏は「中国で失われた伝統を日本が受け継いでいると考える中国人も増えており、元号は憧れの対象だ」と話した。
中国がかつて採用した元号には「元」「永」「建」「和」「平」といった漢字が好んで使われるなど、日本と共通点が多い。元号を巡る議論が両国の近さを見つめ直すきっかけになりそうだ。(北京共同=大熊雄一郎)
「熱い視線」には裏付けがないし、共産党元副部長の発言は単なる外交辞令だし、長安の面影は当然ながら京都などより現地西安のほうに色濃く残っている。というようにツッコミどころ満載の記事だが、中国人が日本の元号に憧れているというのも、一中国人作家がそんなことを言っていた、という以上の根拠はなさそうだ。
まあ、本当にうらやましいならさっさと復活させればいいわけで、そんな動きがないことからもお察しではある。
ところで、記事中にもあるように、中国は清朝を打倒した辛亥革命の際に元号を廃止した。それはなぜか。
元号とはそもそも、中国皇帝がその支配領域内を空間的に支配するだけでなく、その領域内に暮らすすべての人間の人生の時間をも自在に支配することを示すものであり、そのような、皇帝一人に他の人間すべてが隷属する世界を終わらせることが辛亥革命の根本精神だったからだ。
その辛亥革命を成し遂げ、今も中国人が「国父」として敬愛している孫文(孫中山)の陵墓、南京の中山陵には「天下為公」の四文字が刻まれている。
これは、そんな「皇帝の時代」を終わらせ、天下を等しく万民のものとする新たな時代を築こうとした孫文の意志を象徴する言葉なのだ。
大陸中国でも台湾でも、いまさら「皇帝の時代」への復帰を意味する元号の復活などあり得ない。日本の「新元号」が中国でニュースになるのは、本国ではとっくに廃絶された旧習が周辺国には残存していたことへの興味からでしかないだろう。
「憧れ」だなど、夜郎自大の勘違いもいいところだ。
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