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忘れられた戦争SFアニメの傑作『ガルフォース』

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前回記事で取り上げた『宇宙戦艦ヤマト』はまあ論外として、ガンダムのように作り手側は戦争の理不尽さを描いたつもりの作品でも、結局「かっこよく敵を倒す戦争(・∀・)イイネ!!」みたいな感じに安っぽく消費されてしまうのが日本社会の現実のようだ。

では、SFアニメで「戦争なんてかっこよくも美しくもなく、何ひとついい結果をもたらさない」ことを描き出すのは、そもそも無理なのだろうか。

私も大して多くのアニメを見てきたわけではないが、この点に関しては、一つだけ例外と言える戦争SFアニメを知っている。

アニメブームたけなわの1980年代半ば、OVA作品としてリリースされた『ガルフォース』(原作:柿沼秀樹、監督:秋山勝仁)だ。

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この作品、表面的に見ると

  • 最初から最後まで戦争しっ放し
  • ど派手な宇宙艦隊戦
  • 主人公グループは全員美少女(キャラクターデザイン:園田健一)

と、まるで最近の萌え系ミリオタアニメの走りのように見えるが、中身は全然違う。

このアニメに関しては多少ネタバレしても鑑賞の妨げにはならないと思うので書いてみると…。

まず、舞台ははるかな過去の宇宙空間。

戦っているのは、主人公たちの種族「ソルノイド」と、敵である「パラノイド」。

と言っても、ソルノイドが善でパラノイドが悪というわけではない。この二つの種族は、ちょうど同じ頃に宇宙への進出を始め、ある惑星上で「非常に不幸な出会いかた」をしてしまった結果、戦争状態に突入し、アニメで描かれた時代へと至っている。

ちなみに、ソルノイドはそもそも性別を持たない「単一形態種族」で、たまたまその見た目が地球人類の女性にそっくり、というだけで、正確には女性ではないww パラノイドのほうは決まった形を持たないゲル状の不定形生物で、その都度目的に合わせた外骨格の中に注入されて活動する。

両種族間の戦争は膨大な犠牲を出しながらエスカレートし、アニメで描かれた時代には、ともに「総統」と呼ばれる絶対的指導者を戴く軍事独裁国家となっており、すべての資源を戦争に費やしながら、互いに相手を絶滅させるまでやめられない泥沼の戦いにはまりこんでいる。

『ガルフォース』は単一の主人公を持たない群像劇の形式をとっており、第1作「Eternal Story」と第2・3作「Destruction」「Stardust War」では、一人の例外を除いて主人公グループが入れ替わっている。

第1作では、このまま戦い続ければソルノイドもパラノイドもともに絶滅という結果にしかならないことを察知した両陣営の情報機関が、両種族の特徴を兼ね備え、両者の間の仲介者となれる新たな種族を生み出そうとする「種族融合計画」を極秘のうちに発動し、主人公グループはこれに巻き込まれていく。そして、最後の希望として生み出された新たな命を守るために彼女らは戦う。

それから約10年後が舞台の第2・3作では、その新たな命が息づく惑星(ソルノイドからはティラと呼ばれている地球)のある太陽系が両軍の戦場となってしまい、主人公グループは星系全体の破壊を防ぐため、そして両軍を絶望的な最終決戦に突入させないために戦う。

一貫して激烈な星間戦争を描きながらこのアニメが戦争賛美に陥らないのは、主人公グループが軍の作戦行動の一部として戦っているのではなく、自らの頭で考え、未来に残すべき最後の希望を守るという信念に従って行動しているからではないだろうか。実際、彼女らは敵と戦うより味方の(ロクでもない)作戦を妨害している場面のほうが多いくらいだ。

ところで、前回記事のツイートに対して、こんなリプライを頂いた。

実は、完結編「Stardust War」の最後、すべてが星屑となって消えてしまうような激戦の中で主人公グループがなしとげようとするのが、この、「過ちを繰り返さないために負の歴史を後継者に伝えること」なのだ。

既にリリースから三十数年が経つ本作だが、そういう意味では極めて現代的なテーマを秘めていると言えるだろう。

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