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感染症予防法の規定により検査陽性者は全員入院というのは本当か?

検査を増やすと陽性者は全員入院させなければならないから医療崩壊する、という主張

PCR検査の抑止を正当化する理屈の一つに、新型コロナウイルス感染症は感染症予防法の「指定感染症」になっているため、検査を進めて陽性者が続出すると軽症や無症状の者も入院させねばならなくなり、病床が足りなくなって医療崩壊する、というのがある。

なぜそうなるのかについては、上昌広医師(医療ガバナンス研究所理事長)も下記のビジネスジャーナル記事(4/24)で次のように説明していた。

biz-journal.jp

(略)上氏はあらためて、一連の政府の対策に対して次のように苦言を呈する。

一連の問題の端緒は、政府が1月28日に公布した『新型コロナウイルス感染症を指定感染症として定める等の政令』までさかのぼります。政令作成にあたって厚生労働省の医療技官らはよくこの病気を理解することなく、コレラやペストのように『1日で発症するタイプの感染症』と同じ事例に落とし込むかたちで作成しました。コレラなどは感染源と感染ルートが明確な感染症なので、感染拡大防止にクラスターの特定は大きな威力を発揮するのですが、新型コロナウイルスとは根本的に違います。その結果、症状の重さにかかわらず、感染者を病院に隔離して収容することが法律で規定されてしまったのです。

 無症状患者が感染を広げる可能性の指摘が、1月の段階で医学雑誌『ランセット』に投稿されていたのにもかかわらず、です。この結果、PCR検査の対象を拡大すれば、病院が無症状患者も含めてすべて収容せざるを得なくなり、医療崩壊が確実視されることとなりました。それに加えて、感染研や大学病院などが疫学的な調査データの統一性などを主張しPCR検査の処理を独占しました。そのため検査対象は広まらず、在宅で感染者が死亡する事態が発生してしまったのです。(略)

しかし、これは本当なのだろうか?

新型コロナウイルス感染症を指定感染症に定めた政令

問題の政令は以下のようなものだ。

政令第十一号

新型コロナウイルス感染症を指定感染症として定める等の政令


 内閣は、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(平成十年法律第百十四号)第六条第八項、第七条第一項及び第六十六条の規定に基づき、この政令を制定する。


(新型コロナウイルス感染症の指定)

第一条 新型コロナウイルス感染症(詳細略)を感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(以下「法」という。)第六条第八項の指定感染症として定める。


(法第七条第一項の政令で定める期間)

第二条 法第七条第一項の政令で定める期間は、新型コロナウイルス感染症については、この政令の施行の日以後同日から起算して一年を経過する日までの期間とする。


(法等の準用)

第三条 新型コロナウイルス感染症については、法第八条第一項、第十二条(第四項及び第五項を除く。)、(略)の規定(これらの規定に基づく命令の規定を含む。)を準用する。この場合において、次の表の上欄に掲げる法及び感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律施行令(平成十年政令第四百二十号。以下この条において「令」という。)の規定中同表の中欄に掲げる字句は、それぞれ同表の下欄に掲げる字句に読み替えるものとする。

この政令で感染症予防法を読み替えるとどうなるか

この政令で定められている「字句の読み替え」を感染症予防法に適用すると、主要な関連条文の内容は以下のようになる。(読み替え部分を下線で示す。)

(定義等)

第六条 この法律において「感染症」とは、一類感染症、二類感染症、三類感染症、四類感染症、五類感染症、新型インフルエンザ等感染症、指定感染症及び新感染症をいう。

 この法律において「指定感染症」とは、既に知られている感染性の疾病(一類感染症、二類感染症、三類感染症及び新型インフルエンザ等感染症を除く。)であって、第三章から第七章までの規定の全部又は一部を準用しなければ、当該疾病のまん延により国民の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがあるものとして政令で定めるものをいう。

10 この法律において「疑似症患者」とは、感染症の疑似症を呈している者をいう。

11 この法律において「無症状病原体保有者」とは、感染症の病原体を保有している者であって当該感染症の症状を呈していないものをいう。


(疑似症患者及び無症状病原体保有者に対するこの法律の適用)

第八条 新型コロナウイルス感染症(詳細略)の疑似症患者については、新型コロナウイルス感染症の患者とみなして、この法律の規定を適用する。


(入院)

第十九条 都道府県知事は、新型コロナウイルス感染症のまん延を防止するため必要があると認めるときは、当該感染症の患者に対し感染症指定医療機関(結核指定医療機関を除く。以下同じ。)に入院し、又はその保護者に対し当該患者を入院させるべきことを勧告することができる。ただし、緊急その他やむを得ない理由があるときは、感染症指定医療機関以外の病院若しくは診療所であって当該都道府県知事が適当と認めるものに入院し、又は当該患者を入院させるべきことを勧告することができる。

 都道府県知事は、前項の規定による勧告をする場合には、当該勧告に係る患者又はその保護者に対し適切な説明を行い、その理解を得るよう努めなければならない。

 都道府県知事は、第一項の規定による勧告を受けた者が当該勧告に従わないときは、当該勧告に係る患者を感染症指定医療機関(同項ただし書の規定による勧告に従わないときは、感染症指定医療機関以外の病院又は診療所であって当該都道府県知事が適当と認めるもの)に入院させることができる。


(移送)

第二十一条 都道府県知事は、厚生労働省令で定めるところにより、前二条の規定により入院する患者を、当該入院に係る病院又は診療所に移送することができる


(最小限度の措置)

第二十二条の二 第十六条の三から第二十一条までの規定により実施される措置は、感染症を公衆にまん延させるおそれ、感染症にかかった場合の病状の程度その他の事情に照らして、感染症の発生を予防し、又はそのまん延を防止するため必要な最小限度のものでなければならない。

やはり「指定感染症」を理由に検査の抑止を正当化する主張は詭弁

政令適用後の実際の条文を読んでみると、新型コロナウイルス感染症の患者や擬似症患者に対して、都道府県知事が感染症指定医療機関等への入院を「勧告することができる」のであって、必ず入院させなければならないと定めているわけではない。また、入院のための患者の移送を規定した第21条については、元の条文で「移送しなければならない」とあったものを、わざわざ政令で「移送することができる」と表現を弱めている。さらに、入院等の措置を「病状の程度その他の事情に照らして、感染症の発生を予防し、又はそのまん延を防止するため必要な最小限度のものでなければならない」とする条文(第22条の2)もある。

無症状者の扱いは更に問題で、検査で陽性が判明しただけで何も症状の出ていない無症状者(第6条11で規定する「無症状病原体保有者」)は「患者」でも第8条の「疑似症患者」でもないのだから、入院関連条文の適用範囲外のはずだ。

やはり、新型コロナウイルス感染症が感染症予防法の指定感染症になって陽性者はすべて病院に収容しなければならないから検査を増やしたら医療崩壊する、という主張は成り立たない。だいたい、もしそうなら、今現に各地で行われている軽症者や無症状者の自宅や借り上げホテル等での療養は違法行為となってしまう。(自宅療養はこの法律とは別の意味で大きな問題だが。)

さらに言えば、新型コロナウイルス感染症が指定感染症になったせいで医療崩壊すると本気で心配しているのなら、言うべきことは「検査をするな」ではなく、「軽症者や無症状者については入院以外の柔軟な対応ができるようにしろ」だろう。その程度のことは政令か通達一本でできるはずだ。

以上の検討からの結論として、「指定感染症」を理由に検査の抑止を正当化する主張は詭弁と言わざるを得ない。