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『ベイジン』に騙された

真山仁の小説に『ベイジン』というのがある。(注:「ベイジン」は「北京」の中国語読み)

この小説は、まず週刊東洋経済に連載され、2008年に単行本が発売された。私はこれを連載時に読んでいた。

主人公は日本人原発技術者の「田嶋」。彼は、中国が北京オリンピックの開会に合わせて運転開始すべく国家の威信をかけて建設中の世界最大級の原発「紅陽原発」の技術顧問として中国に派遣されている。

ところが、紅陽原発の建設現場では共産党幹部の利権がらみで採用された業者による手抜き工事やいい加減な作業のせいでトラブルが続発しており、日本の安全基準では考えられない杜撰さに驚愕しつつ、田嶋は唯一の味方と言える中国側責任者と協力して安全確保のために奔走する。

こうして、紅陽原発はなんとか北京オリンピックの開幕に合わせて運転を開始したのだが、その直後に大変な事態が・・・という物語だ。

1986年にはソ連製原発によるチェルノブイリの大事故があったし、中国の原発というのはいかにも危なそうだった。当時私は、本当にこんな事態が起こるのではないか、そうなれば偏西風の風下に当たる日本にも放射能が押し寄せるのではないかと危惧しながらこの連載を読んでいた。

ところが現実はどうだったか。中国では原発事故など発生せず、起きたのは福島第一原発の、あの大事故だった。

www.nikkan.co.jp

(2019/9/4)

 記者会見した生態環境省の劉華次官は、中国では国際原子力事故評価尺度(INES、レベル0-7の8段階評価)で下から3番目の「レベル2」(異常事象)以上の事故は発生したことがないと説明。レベル1の事故も非常に少ないとして「安全水準は世界トップクラスを維持している」と強調した。

 また、中国の原発は立地的に、東京電力福島第1原発事故のように地震と津波に同時に見舞われる可能性は極めて小さいと指摘。同事故後に安全性の再評価を行い、電力や水の供給、応急措置などで改善を施したと述べた。

 

これだけなら、単に真山の読みが外れた、ということでしかない。

しかし、福島の事故後になって、真山はブロガー「ちきりん」氏との対談で、「日本の原発を舞台にしたら、ここまで書けなかったと思うんです」などと語っている。

いや、書けなかったのではない。知っていてあえて書かなかったのだ。

実際、福島第一原発事故の直前に「漫画ゴラク」で連載されていた『白竜LEGEND  原子力マフィア編』には、巨大電力会社の隠蔽体質、原発作業員に対するピンはねや被爆隠し、工事や安全検査のいい加減さ、配管のかたまりである原発の地震に対する脆弱さ、最初から結論ありきの安全審査会など、まさに日本の原発を舞台に、不都合な事実がこれでもかと描かれていた。書こうと思えば書けたのである。

画像出典:[1]

あまりのタイミングの良さで、このマンガはまさに「予言の書」となった。

他方、「ベイジン」はといえば、中国の原発の安全対策のために日本人技術者が奔走するという物語の構造からして、「(中国の原発は危険だが)日本の原発は安全」という、安全神話を後押しするものでしかなかった。

 

真山仁に騙された。

以来、この作家の言うことは一切信用しないことにしている。

 

[1] 天王寺大・渡辺みちお 『白竜LEGEND 原子力マフィア編 上』 日本文芸社 2014年 P.132-134

 

 

白竜LEGEND~原子力マフィア編 1

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原子力発電 (岩波新書 青版 955)

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  • 発売日: 1976/02/20
  • メディア: 新書