この疑問は、いわゆる「パレスチナ問題」(むしろ「イスラエル問題」と呼ぶべきではないかと思うのだが)に関心を持つ大抵の人が抱いているのではないだろうか。
敬虔なユダヤ教徒でもあるホロコースト生存者の子としてアメリカで育ったサラ・ロイさん(ハーバード大学中東研究所上級研究員)は、初めてガザを訪れたときの経験を次のように語っている。[1]
1985年に現地調査のためガザに初めて入った。そこでパレスチナ人の老人がイスラエル兵によって、泣きじゃくる孫の前でロバの尻にキスするのを強要されるのを見た。人間性を剥奪するその行為に、ロイさんは両親から聞いた、ユダヤ人が収容所に入れられる前の扱われ方を思い出した。
また彼女は、多くの親族が住むイスラエルを何度も訪問しており、そこでイスラエルに住むユダヤ人の多くが『あの時代のユダヤ人は「脆弱」で「劣っていて」「蔑まれて当然」だったが、「我々は二度と虐殺されない」』と言っていることを知ったという。
これは要するに、自分たちは弱かったからやられた、だから二度とやられないよう強くならなければならない、ということだろう。
実際、普通に考えれば意外なことに、イスラエルでは、ホロコーストを体験しこれを生き延びた生存者たちは、社会の中で尊重されていない。[2]
イスラエル人たちは、自らの社会の内部にホロコーストの真の生存者がいることに気づきました。生き残った人びとです。ここでみなさんは、この生存者こそホロコーストの犠牲者の主要な代表者だろうと思われるでしょう。しかし、彼らはイスラエルのナショナル・ナラティヴ(注:国民的物語)に合致しなかったのです。イスラエル人たちにとってのナショナル・ナラティヴにおいては、「ホロコーストの生き残りたちは、十分にナショナリストではない、彼らは闘っていなかった」、ということになります。彼らはホロコーストを生き延びたことについて重んじられませんでした。ですから今日に至るまで、補償されていないのです。
イスラエルでは、ホロコーストという民族的苦難の経験が、このような悲劇を二度と起こしてはならない、という普遍的信念にはなっていないのだ。これでは確かに、「二度と虐殺されない」ためなら他者をどんな目に遭わせても構わないことになってしまうだろう。
さらには、教育の問題もある。
IWPS (International Women’s Pease Service)のボランティアとして2003年にパレスチナを訪れた川島めぐみさんは、そこで検問所(パレスチナ人の移動を妨害して嫌がらせをするための施設)のイスラエル兵士と会話(口論)した経験をこう書いている。[3]
(略)兵士は開口一番、検問所は効果的だと思うか、と聞いてきた。(略)イスラエルに忍び込むテロリストによる「イスラエルの子ども達や無辜の人々」の殺害を防止するのに検問は重要だと彼はいう。何がパレスチナ人を「自爆テロ」に駆り立てるのか、この兵士は考えたことがあるのだろうか?
「奴らは俺達の土地が欲しいんだよ。欲張りなんだ。土地を盗もうとしているんだ」
同意しない。「盗む」ために人は自爆なんかしないと思う。
「奴らはイスラエルの人間を殺しているんだ。二年前にパレスチナ人は二人の兵士をラマラで拷問している。その写真を見れば誰だってパレスチナ人を憎悪するに決まっている」兵士は続ける。「罪もない人々が殺されることを僕は容認しない」
そうよ。私も容認しない。それでは三日前にイスラエル兵が「間違えて」殺した九五歳のおばあさんと四一歳の母親についてはどうなの? 子どもも重傷を負ったわ。
「そんなことは起こらない。起こるわけがない」
何で? 事実よ。
「そんなことが起こるわけはないんだ。パレスチナ人は平和なんか求めていない。欲しいのは俺達の土地だけさ」
(略)
「パレスチナ人には行くところがあるじゃないか。他のアラブ諸国に行けばいいんだ。ここにいる必要はない。ここは神によって俺達に与えられた土地なんだから」
本気でそんなことを信じているの? まあいいわ。それにしても他人が何世代も住み着いて、耕して、住んできた土地に突然やってきて、「俺達の」土地だと言って没収するなんて許されないわ。
パレスチナ人は人間以下だと彼は言う。だから人間以下に扱って当然なのだ、と。それでも兵士自身、矛盾を感じているのではないかと感じることもある。
誰が誰の土地を盗んできたのかは、下の地図を見れば明らかだろう。(ちなみに、ユダヤ人入植地に蚕食されてぼろぼろになりながら右側に残っているのがヨルダン川西岸地区、左端の小さな緑色がガザ。)
画像出典:ISRAEL & PALESTINE: THE MAPS TELL THE TRUE STORY
しかしこの兵士にはこれが真逆に見えている。そう教えられてきたからだろう。
しんぶん赤旗(2007/7/27)によると、建国から60年近くを経て初めて、イスラエルの教科書にパレスチナ人への迫害が記載されたという。(現在もこの教科書が使われているかどうかは不明。)
【カイロ=松本眞志】イスラエルでは二十三日、タミール教育相がパレスチナ人の惨状の記述を掲載した教科書の採用を認めた問題で、リクードや国家宗教党など右派勢力は同相の辞任を要求しました。イスラエル紙ハーレツ同日付(電子版)が報じたものです。
問題となったのは「イスラエルでともに生きる」と題する地理の教科書。アラブ系イスラエル人の学校で使われるものです。
一九四八年の第一次中東戦争で、イスラエル国内のアラブ系住民が住んでいた村を破壊されて、家を追放されて難民になったとし、イスラエルの建国が、アラブ人にとっては“ナクバ”(「破局」「災難」を意味するアラビア語)だったと述べています。
この報道内容のポイントは、この教科書が使われるのが「アラブ系イスラエル人の学校」というところだ。「ユダヤ系イスラエル人」には、この重大な歴史的事実が教えられることはない。
これはまぎれもない歴史修正主義だ。
欧米(一部日本でも)の反ユダヤ主義者たちは、「ガス室はなかった」といった虚偽の主張によりホロコーストを矮小化し、ナチスの蛮行による被害者を攻撃している。
人種差別的反ユダヤ主義との闘いは、歴史修正主義との闘いと言ってもいい。
しかし、当のユダヤ人国家イスラエルがこんな歴史修正主義教育を行っているようでは、反ユダヤ主義に対して彼らが何を言っても説得力を持ち得ないだろう。
[1] 「ホロコースト生存者の子としてイスラエルを問う」 ふぇみん 2009/4/15
[2] イラン・パペ 『イラン・パペ パレスチナを語る』 柘植書房新社 2008年 P.224
[3] 川島めぐみ 「IWPSのボランティアとして (3)」 Let’s No.40 日本の戦争責任資料センター 2003年9月 P.20-21
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