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朝鮮人虐殺:『デビルマン』のあのトラウマシーン同様の場面を目撃してしまった少女

永井豪のマンガ版『デビルマン』には残虐シーンが山のように出てくるが、中でも極めつけのトラウマシーンと言えるのが、「デーモン狩り」の暴徒が牧村家に押し寄せ、不動明の恋人美樹やその弟タレちゃんを惨殺するシーンだろう。

【閲覧注意→】画像1 画像2【←閲覧注意】[1]


『デビルマン』は架空の話だが、関東大震災時の朝鮮人虐殺では、これと同じような場面を現実に目撃してしまった少女がいた。

文戊仙氏(故人)は、父母と一緒に11歳か12歳で日本に渡り、苦しい生活の中、紡績工場で働き始めた。そして15歳で関東大震災に遭遇する。以下は、彼女の娘である尹峰雪氏の証言。[2]

 ちょうど十五歳になった夏の日、関東大震災に遭遇するのですが、祖父母は仕事で千葉の方に行っており、母と幼い妹弟達だけが残されました。余震の続く中、母は妹たちを抱え、恐怖心で震えていたと言っておりました。

 その直後、朝鮮人大虐殺が始まり、自宅近くにも自警団が鳶口、なた、竹やり、日本刀などを持って来た時、ちょうど隣に住んでいた日本人の大家さんが「この子達は何もしていない、最初から自分とずっと一緒にいた。この子達を連れて行っちゃいけない。」と言って、助けてくれたそうです。

 しかし、その時にちょうど祖父の友人が訪ねてきたのですが、その友人は、「日本人だって話せばわかる、朝鮮人は毒も入れていないし火もつけていない」、と言って出かけたそうです。

尹氏は、母から関東大震災時の体験について、ここまでしか聞かされていなかった。

しかし、後に文氏は、朝鮮人虐殺を体験した最後の生き証人として、日本弁護士連合会による人権救済勧告の申し立て人となった。そして、体験内容のヒアリングの際、上記の話の続きを初めて語った。[2]

 そして母が関東大震災最後のたった一人の生き証人であるので、人権救済の申し立て人になってほしいと言う話を聞いた時、私は非常に躊躇したのですが、母はその時九〇に手の届く年でしたが非常に元気で、昔のこともはっきり記憶に留めておりました。私は母は当然断るだろうと思ったのですが、あの時無残に殺されていった同胞たちの恨みを晴らして日本政府に謝罪をさせるのが、死んでいく私が最後に人間としてやらなきゃいけない仕事だと、母は気持ちよく快く受けてくれ、一九九九年一二月、日本弁護士連合会に人権救済の申し立てを行ないました。

 その時、母はしっかりした口調で目撃したこと、体験したことを述べましたが、私が一つびっくりしたのは、初めて聞いたことがありました。その弁護士会で、祖父の知人が朝鮮人を助けに行って二度と帰らなかったという話は聞きましたけれど、その知人の生首を竹やりの先に刺して自分の家の前を自警団の人達が練り歩いていったという話を、母からその時初めて聞きました。

 おそらく母は幼い年であまりの恐ろしさを記憶の中に封印して忘れていたんだろう、封印してそれが日弁連の先生方の前で安心して、その封印が解けて、解き放たれ、その当時の記憶がよみがえってきたんだと思います。その時受けた衝撃、そしてその後トラウマで長い間色々なかたちで苦しんできたことなど、その時つくづくまた深く感じました。


永井豪は、後に『デビルマン』について、「戦争の真実を凝縮して描いた」と語っている。[3]

『自分が持っているものをすべて出し切ろう』と思っていました。実際に戦争体験をしていなくても、前世の記憶なのか、遺伝子的なことなのかで、人は戦争の痛みや悲しさを心の中で知っているのではないかと思います。

だから『デビルマン』が心の琴線にふれて、共感できたのでは。戦争の真実が、あの作品の中には凝縮されています。だから、読者はいつまでも忘れないでいてくれるのかなと思いますね

しかし、軍人でもない一般の日本人が罪なき人々を集団で襲い虐殺したのは、戦争ではなく関東大震災の時である。永井の発言になぞらえて言えば、「普通の人々」がデーモンではないかと疑った相手を容赦なく殺すストーリーが読者の共感を得たのは、日本人の中に、あのときの恥ずべき行為について、何らかの集団的記憶が残っていたからではないのか。

ちなみに、文氏の申し立てを受けて改めて詳細な被害調査を行った日弁連は、2003年、日本政府に対して以下の勧告を行った。[4]

  1. 国は関東大震災直後の朝鮮人、中国人に対する虐殺事件に関し、軍隊による虐殺の被害者、 遺族、および虚偽事実の伝達など国の行為に誘発された自警団による虐殺の被害者、遺族に対し、 その責任を認めて謝罪すべきである。
  2. 国は、朝鮮人、中国人虐殺の全貌と真相を調査し、その原因を明らかにすべきである。

しかし、今に至るまで、日本政府はなすべきことを何ひとつ行っていない。

[1] 永井豪 『デビルマン(5)』 講談社コミックス 1973年 P.172-175
[2] 尹峰雪 『母のトラウマ、ひ孫まで排他と差別』 統一評論 2008年11月号 P.45-46
[3] 『永井豪が語る『デビルマン』 戦争の真実を凝縮して描いた』 Smart FLASH 2019/9/16
[4] 日弁連 『関東大震災人権救済申立事件調査報告書』 2003/8/25