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宇宙開発についてイーロン・マスクと富野由悠季が正反対のことを言っているが、これは富野が正しい。

イーロン・マスクやジェフ・ベゾスといった超富豪たちが、なぜか宇宙開発に血道を上げている。とりわけイーロン・マスクは本気で火星への大量移住を考えているようだ。[1]

マスクの最初の考察は、なぜ火星を目指すのかだ。「歴史は2つの方向に分岐しようとしている」と彼は書いている。「1つ目は、人類がずっと地球に留まり、わたしたちの絶滅とともに終わりを迎えるというもの。いつかはわからないが、いずれそうなるとわたしは確信している」

「誰もがこれに同意すると期待している代替案は、人類が多惑星種となることだ」。これを実現するための最も現実的な方法が、火星に自給自足の移民地を建設することだとマスクは続ける。

一方、彼らと正反対の主張をしているのが、『ガンダム』原作者の富野由悠季だ。[2]

宇宙では絶対生活できない

(略)

 環境論にたどりついたのは、アニメで宇宙進出を描き、考えてきたからこそだろう。「宇宙で生活するには全部を人工物でつくらなければならない。人の暮らしにいちばん大事なのは食糧、水、空気。宇宙では絶対に生活できないと結論は出ている」

 米国のアポロ11号計画で、人類史上初めてニール・アームストロング船長が月面着陸したのは1969年。53年も前のことだ。生活できるか否かという点では、何も進んでいない。「それなのに科学者や政治家や研究者が宇宙開発を言うのは愚かだ。50年代の『宇宙進出で未来が開ける』という頭しかないらしいが、それは空想。月までの38万キロの距離がどれだけとんでもないものか。『地球が温暖化したら、火星あたりに移民を』と話す人がいるけれど、火星は月よりももっと遠いの。そういうことを想像しないで宇宙開発と言っている」と疑問を呈する。


地球をいかに永続させられるかが一番大事

 むしろ注目すべきは地球だという。「地球には空気と水と土地があって、植物が生えてくれている。この環境をいかに穏やかにコントロールし、永続させるのか、それを管理することが実は一番大事です。毎日安全に食べられることでどれだけ人が安心し、病気にもならずに済んでいるのかということをそろそろ本気で考えた方がいい。戦争なんてしているヒマはない。一体、何なのか。オリンピックだって世界は平和みたいなことを言って、メディアだってもっとたたかなくちゃいけない」と矛先はマスコミにも向き、ボルテージはどんどん上がった。

比べてみれば、正しいのは富野のほうだろう。

マスクは人類が地球に留まり続けてここで滅びるか、宇宙に進出して多惑星で生きる種となるか、二つに一つだと言うが、この問題設定自体がおかしい。

確かに、今後太陽はその進化の過程で次第に光度を増していくので、いずれ地球上の生命はすべて灼かれて滅びることになるだろうが、それはまだ10億年ほども先の話だ。この先100年や200年でどうこう、という話ではまったくない。

そして、今まさに人類が滅亡しかねない危機を招きつつあるのは人間の経済活動が引き起こしている温暖化による気候変動だが、火星への移住はその対策にはなり得ない。火星で人類が「自給自足」できるようになるまでにどれほどの「地球の」資源を注ぎ込まなければならないか、またその過程でどれほどの温暖化ガスを地球大気圏に放出する結果になるかを考えてみれば自明だろう。

人類の滅亡を防ぐための火星移住、というアイデアは、最もうまくいっても映画『エリジウム』のような、宇宙で優雅に暮らす一握りの富裕層と汚染された地球で苦しむ大多数の一般人、というディストピアを作り出すだけだし、うまくいかなければ移住など実現できないまま人類が絶滅して終わりになるだけだ。

ちなみに、イーロン・マスクが目指すような火星のテラフォーミングは不可能であることが、NASAが支援したコロラド大学などの研究で明らかになっている。[3]

「我々の研究結果は、大気中に解放して、大きな温室効果を生み出すために必要な量の二酸化炭素が火星に残っていないことを示唆している」とコロラド大学のブルース・ジャコスキー(Bruce Jakosky)氏は語った。

「加えて、火星にある二酸化炭素ガスの大半は、アクセスしにくく、容易に利用できる状態にはない。つまり、現在の技術では、火星のフォーミングは不可能」

(略)

火星に昔、水が流れていた可能性があることを示す証拠は存在する。だが、それを可能にしていた太古の大気は、太陽風や太陽光によって失われてしまった。

仮に今すぐ、太陽風や太陽光を防いだとしても、現在の大気圧が2倍になるまでだけでも、1000万年かかるだろうとの見解を同チームは示した。

また「彗星や小惑星の軌道を変え、火星にぶつける」ことでこのプロセスをスピードアップすることはできる。だが「何千個も必要となるだろう」。

つまり、同チームは“現在のテクノロジー”を使って、火星の大気を濃くする有効な手段は存在しないと指摘した。

一方、壊滅的な気候変動を防ぐために必要となるコストは意外に少なく、その額は世界のGDPの2%程度(年200兆円弱)で済むらしい。しかもそのコストは一方的な支出ではなく、長期的には支出以上のリターンが期待できる投資でもあるという。[4]

 (略)国際エネルギー機関(IEA)によれば、ネットゼロ(排出量実質ゼロ)炭素経済の達成のためには、すでにエネルギーシステムに対して行っていることに加えて、世界の国内総生産(GDP)年間総額のたった2%を費やすだけでいいという。最近ロイター通信が気候変動を研究する経済学者を対象に実施した調査では、炭素排出量を実質ゼロにするには世界のGDPのわずか2~3%しか必要ないということで大半の回答者の意見が一致した。(略)

 これらの数字は、国連の気候変動に関する政府間パネルの評価とも通じる。同パネルが2018年に発表した画期的な報告では、気温の上昇を1・5度に抑えるには、クリーンエネルギーへの年間投資額を世界のGDPの3%前後まで増やす必要があるとされた。人類はすでにクリーンエネルギーにGDPの約1%を費やしているのだから、あと2%分増やすだけで足りるのだ!

(略)

 さまざまなモデルをあれこれ手直ししながら、これらの数字について果てしなく言い逃れを続けることもできる。だが、数字の背後にある全体像を捉えなければいけない。肝心なのは、この世の終わりを避けるのにかかる費用が、世界のGDPの1桁台前半に過ぎない点だ。断じて50%ではない。15%でもない。5%未満、ことによるとあとわずか2%を、適切に投資するだけでいいのだ。

 そして、「投資」という言葉に注目してほしい。紙幣を山と積んで火をつけ、大地の霊たちへの捧げ物とするなどとは言っていない。太陽エネルギーの高性能蓄電池や供給用の最新の送電網といった、新しいテクノロジーやインフラへの投資を話題にしているのだ。こうした投資は無数の新規雇用やビジネスチャンスを生み出すし、大気汚染が原因の病気から何百万もの人を救い、医療費の削減にもつながるので、長期的には採算が取れる可能性が高い私たちは、最も弱い立場にある人々を気候災害から守ったり、未来の各世代にとってより良い祖先となったり、その過程でますます繁栄する経済を創出したりできる。

限りある資源を地球環境保全と宇宙開発のどちらに振り向けるべきか、優先順位は明らかだろう。科学研究目的の惑星探査は必要だと思うが、火星への移住などという馬鹿げた目的のために資源を浪費すべきではない。

 

[1] 『イーロン・マスクの「火星移住計画」はどれくらい現実的か? 専門家が検証してみた』 WIRED 2017/8/15
[2] 『「宇宙開発は愚か」 ガンダム生みの親、富野由悠季さん』 毎日新聞 2022/3/8
[3] 『NASA、イーロン・マスクの火星移住計画を否定 ── 火星のテラフォーミングは不可能』 BUSINESS INSIDER 2018/8/7
[4] 『この世の終わりを避けるのにかかるコストの意外な安さ ハラリ氏寄稿』 朝日新聞 2022/1/29

 

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