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読む・考える・書く

マスコミやネットにあふれる偏向情報に流されないためのオルタナティブな情報を届けます。

北朝鮮による日本人拉致事件をめぐる安倍晋三の嘘と隠蔽工作

 

昨年12月9日に開かれた辻元清美衆院議員の政治活動20周年パーティーで、拉致被害者家族の蓮池透氏から爆弾発言が飛び出した。2002年に蓮池透氏の兄薫氏を含む被害者5名が日本に「一時帰国」した後、彼らが再び北朝鮮に戻るのを阻止したのは安倍晋三(当時は小泉政権の官房副長官)だとされてきたが、それは嘘だというのだ。

 

このすぐ後に出版された蓮池透氏の著書『拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷血な面々』にもこの話は書かれており、国会で緒方林太郎衆院議員(民主党)からこの問題を追求されると、安倍は色をなしてこれを否定した[1]。

拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷血な面々

拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷血な面々

 

○緒方委員 それでは、安倍総理のこれまでの拉致問題に対する姿勢についてお伺いをいたしたいと思います。

 先般、十二月に、元家族会の事務局長をやっておられました蓮池透さんがこのような著書を出しておられます。「拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷血な面々」という題の本でございます。その第一章の表題は「拉致を使ってのし上がった男」、そういう題であります。五十三ページのところにこういう記述があります。「いままで拉致問題は、これでもかというほど政治的に利用されてきた。その典型例は、実は安倍首相によるものなのである。」蓮池透さんがこのように書かれております。

(略)

○緒方委員 それでは、もう少し具体論に入ってお伺いをいたしたいと思います。

 二〇〇二年、小泉総理の訪朝時、蓮池薫さんたち五人が戻ってきたときのことですが、当時、当初は、これは一時帰国であるとされまして、その後一旦北朝鮮に戻す約束になっていたと言われています。しかし、世間的には、当時の安倍官房副長官が強硬に反対をして北朝鮮に戻さなかったということになっているわけでありまして、安倍晋三総理大臣も、直接、自分自身のフェイスブックでのエントリーで、「拉致被害者五人を北朝鮮の要求通り返すのかどうか。(略)彼は被害者の皆さんの「日本に残って子供たちを待つ」との考えを覆してでも北朝鮮の要求通り北朝鮮に送り返すべきだと強く主張しました。私は職を賭してでも「日本に残すべきだ」と判断し、小泉総理の了解をとり五人の被害者は日本に留まりました。」こう書いておられます。

 その一方で、この蓮池透さんの本には、七十二ページにこのような記述があります、安倍氏や中山内閣官房参与を含め日本政府は弟たちをとめることなどしない、戻す約束があるからだと。そして、少しページを移りまして、

  北朝鮮に戻ったら、二度と日本の地を踏むことはないだろう。また日本に残った場合は、その確率は非常に小さいかもしれないが、北朝鮮当局も人の子、子どもたちを日本で待つ親元へ送るわずかな可能性がある。その可能性に賭けよう。まさに、ギャンブルだが、苦悩の決断をしたのだ。

  この弟たちの「北朝鮮には戻らない、日本に留まる」という強い意志が覆らないと知って、渋々方針を転換、結果的に尽力するかたちとなったのが、安倍氏と中山氏であった

  あえて強調したい。安倍、中山両氏は、弟たちを一度たりとも止めようとはしなかった。止めたのは私なのだ。
というふうに書いてございます。

 安倍総理の思いと蓮池透さんが言っておられること、全く反するわけでありますが、いずれが真実でしょうか、安倍総理大臣。

○安倍内閣総理大臣 私は、この問題について、利用したことも、うそをついたこともございません。

 ここに平沢議員がおられますが、当時は、この五人の被害者を北朝鮮に戻すということがいわば流れだったんですよ、実際。流れだったわけでありますが、私は断固として反対をしました。当時、平沢さんも反対をいたしました。これをどうやって覆すか。これは大変だったんですよ。

 しかし、まさに、最終的に私の、官房副長官の部屋に集まって、私も中山恭子さんも集まりました、関係者が全て集まりました。今NSCの局長の谷内さんも集まった、今の齋木次官も集まった。そこで最終的に、私は、帰さないという判断をいたしました。

 透さんはそこにはかかわっていないわけでありますが、これは例えばほかの拉致被害者御本人に聞いていただければおわかりだと思います。(発言する者あり)

 私は誰がうそをついているとは言いたくありませんが、私が申し上げていることが真実でありますし、ほかの方々に聞いていただきたいと思いますよ。

(略)

 あの五人の被害者を日本に残すというときもそうだった。国論を二分しようという策謀は常にあるんですよ。こんなものにひっかかっていてはだめなんですよ。そうではなくて、しっかりと私たちは団結をしなければいけない。あなたがこういう質問をすること自体が、私は本当に残念に思います。

○緒方委員 それでは、確認まででありますが、蓮池透さんはうそを言っているということでよろしいですか、安倍総理大臣。

○安倍内閣総理大臣 私は誰かをうそつきとは言いたくありません。

 しかし、私が申し上げていることが真実であるということは、バッジをかけて申し上げます。私の言っていることが違っていたら私はやめますよ、国会議員をやめますよ。それははっきりと申し上げておきたいと思います。

(略)

 今ここであなたがそうやって批判することが、まさに北朝鮮の思うつぼなんですよ。そういう工作は今までもずっとあったんですね。そういう工作もずっとあったというのは事実であります。常にマスコミを二分し、国論を二分してこの問題で闘う力を落とそうとしてきたのが今までの歴史であります。

 

さて、蓮池透氏と安倍晋三のどちらが嘘つきなのだろうか?

二人の日頃の言動を較べてみれば、安倍が嘘をついていることは誰の目にも明らかだと思うが、その証拠は意外なところから出てきた。

 

ここで引用されている文章は、勝木勇人札幌市議会議員(自民党)のHPに載っていたものである。勝木氏が2003年1月14日に開かれた「安倍晋三先生を囲む会」で安倍から直接聞いた内容だ。(記事掲載は同年1月30日)蓮池透氏の言っているとおり、安倍は被害者5人を北朝鮮に戻らせるつもりだったが、被害者(おそらくその家族も)の強い反対で渋々方針を変えたと書かれている。

身内からの証言で安倍のアウトは確定というわけだが、この話にはまだ続きがあった。いま勝木氏のHPに載っている同じ記事を見ても、問題の文章が見当たらないのだ。これはどういうことなのか。

同記事の魚拓を調べてみると、4月2日から3日の間のどこかで問題の部分がすっぽり削除されていることが判明した。

 

2016年4月2日 11:07の魚拓

安倍晋三先生のレクチャーは、実に中身が濃いものでした。
「小泉さんは、実際、経済通でない」という話からはじまり、竹中さんの話になり、「竹中さんは、話を整理するのが上手で、政治家的な人の動かし方にも長けている」というような噺も出て、イギリスでは国会議員でないと大臣になれないという話や、また、エリツィンが莫大な予算をつぎ込んでクレムリンの内装をエカテリーナ王朝時代のようにリホームした話も聞きました。ロシアとしては、不況その他で国民がロシア人としてのプライドを失いつつあり、クレムリンのリホームは、そのプライドを回復するための事業だったそうです。

そんな話の他に、北朝鮮の今後の展開に関する予測やら国内事情やら、興味深い話が盛りだくさんでした。

「日本人は、北朝鮮は時間の問題で、そのうち必ず崩壊すると思ってるようですが、これは米国がそうしたいと思っているだけのことであり、そうなるかどうかは、周辺国の態度を見なければわからない。ロシアや中国はキム・ジョンイルの政権こそ支持しないかもしれないが、北朝鮮が崩壊することを望んではいないし、そうならないための援助も続けるはずであり、北朝鮮はそう簡単にはなくならないと思います」というような予測も出てました。
拉致被害者の話になり、地村さんたちには、最初、「とにかく一度北朝鮮に戻って、子供を連れて帰国するべきだ」という話をしたそうです。しかし、地村さんたちは、この申し入れを断固拒否したそうです。「一度、戻ったら、二度と帰国はできない」ということだったそうです。「私(安倍)他、政府の人間がたくさん同行すれば、変なことにはならないでしょう」と言うと、「みんなで一緒に行っても、突然銃をもった者が部屋に入って来て、我々を引き離そうとしたら、どうしますか? 安倍さんたちは、その場で何ができますか?自衛隊も一緒に行ってくれるなら話は別ですが、」と言われ、結局、彼らの言うとおりにしたそうです。
子供が残されてしまった件については、「どうして連れてこなかったのか?」ということを聞いてみたそうです。すると、「むこうでも、子供を連れて行きたいかどうか、何度も尋ねられましたが、連れて行きたいと答えると、帰国できないと思った」そうです。彼らは、拉致されて以来、何度も、その手の誘い水を向けられ、その度に、「日本になど帰りたくない。私は、北朝鮮に永住したいし、日本などは大嫌いだ」と言い続けていたそうです。それを言い続けたから今日まで生き延びられたそうで、一度北朝鮮に戻ったら、「日本になど戻りたくない」と言い続け、日本の悪口を言い続けなくてはならないそうです。むこうでは、家族単位で処刑された拉致被害者は数え切れないほどたくさんいるそうです。(北朝鮮では、処刑というのは、常に家族単位で行われるそうです。親だけ殺すと、その子供は反政府意識をもつから、という理由だと思われます。)
ちなにみ、北朝鮮では、子供は6歳になると親元を離されるそうで、地村さんたちも、子供と会うのは、年に1度か2度くらいだったそうです。そういう事情があるなら、彼らの子供たちは、すでに、あの国の洗脳を受けているうえに、日本語もしゃべれないし、親子の情も通い合わないような状況なのかと思われます。だから「子供と会いたい」とか「連れて帰って欲しい」というよぅなことは口には出してますが、そのために自分の命をかけるつもりにはなれないのでしょう。
もっとも、曽我さんだけは、アメリカ人とのハーフの子をもっていたためか、ずっと子供と一緒に暮らしていたそうです。

質問の時間になり、私も一点だけ質問することができました。

「アメリカ経済は、今年の末から来年にかけて本格的に崩壊する、という説があるが、日本政府としては、どう予測しているのか? 日本への影響をどの程度に見積もっているのか? 被害を食い止める防御策は考えているのか?」

2016年4月3日 16:12の魚拓

安倍晋三先生のレクチャーは、実に中身が濃いものでした。
「小泉さんは、実際、経済通でない」という話からはじまり、竹中さんの話になり、「竹中さんは、話を整理するのが上手で、政治家的な人の動かし方にも長けている」というような噺も出て、イギリスでは国会議員でないと大臣になれないという話や、また、エリツィンが莫大な予算をつぎ込んでクレムリンの内装をエカテリーナ王朝時代のようにリホームした話も聞きました。ロシアとしては、不況その他で国民がロシア人としてのプライドを失いつつあり、クレムリンのリホームは、そのプライドを回復するための事業だったそうです。

そんな話の他に、北朝鮮の今後の展開に関する予測やら国内事情やら、興味深い話が盛りだくさんでした。

「日本人は、北朝鮮は時間の問題で、そのうち必ず崩壊すると思ってるようですが、これは米国がそうしたいと思っているだけのことであり、そうなるかどうかは、周辺国の態度を見なければわからない。ロシアや中国はキム・ジョンイルの政権こそ支持しないかもしれないが、北朝鮮が崩壊することを望んではいないし、そうならないための援助も続けるはずであり、北朝鮮はそう簡単にはなくならないと思います」というような予測も出てました。

質問の時間になり、私も一点だけ質問することができました。

「アメリカ経済は、今年の末から来年にかけて本格的に崩壊する、という説があるが、日本政府としては、どう予測しているのか? 日本への影響をどの程度に見積もっているのか? 被害を食い止める防御策は考えているのか?」

 

上の魚拓のマーカー部分がそっくり削除されている。勝木市議のこの記事がネット上で拡散され始めたため、あわてて削除させたのだろう。国会答弁で蓮池透氏を誹謗中傷したうえ、隠蔽工作までした嘘つき安倍晋三は、自分の言葉通り、即刻議員を辞職すべきである。

 

[1] 衆議院予算委員会 2016年1月12日

「保育園落ちた日本死ね!!!」が開く社会の連帯

 

昨夜、「保育園落ちた日本死ね!!!」に関する記事を書いたばかりだが、今朝届いた東京新聞を開いてみたら、貴戸理恵氏(関西学院大学准教授)による、同じ問題についての優れた論考[1]が載っていたので驚いた。とりあえず内容をメモ。

 

 「保育園落ちた日本死ね」というある母親の匿名ブログの文章がマスメディアやインターネットを通じて拡散し、国会で議論された。首相や一部議員による「匿名なので確認できない」という反応に対し、「保育園落ちたの私だ」とするプラカードを掲げて国会前に集まるアクションが起き、保育制度の充実を求める二万七千の署名が集まった。

 ブログが書かれたのは、二月中旬だ。一カ月もたたないうちに、具体的な声が届けられ、政権は対応を迫られることになった。何とスピーディーな「民主主義」だろう。(略)

 これを可能にしたポイントのひとつに、「怒り」があったと思う。「保育園落ちた」が「私どうしよう」という個人的な悲しみ困惑としてではなく、「日本死ね」という国に対する明確な怒りの表現を取ったことに意味があった。怒りとは「この社会の一員」としての権利意識があるところに生まれる感情だからだ。

 「保活」という言葉がある。子どもが保育園に入所できるよう親が行う活動のことだ。「就活」や「婚活」と同様、「激化する市場」に放たれた個人が計画的に準備して目的を達成する、というニュアンスがある。そこには「勝者」と「敗者」がいる。

 (略)人の命を支える制度であるべきなのに、制度のために命がコントロールされては本末転倒だ。だが「保育園への入所は親の自己責任」といういう認識のもとでは、それをしないことが親の「自業自得」とさえ見なされうるのだ。

 あのブログの母親は、保育園に入所できなかったことを日本政府への「怒り」として表現した。その背景には、働きながら子どもを産み育てることは正当な権利であり、社会はそれを保証するべきだという認識がある。

(略)

 私たちはみなこの社会の一員だ。「私」が自己責任として引き受け、無言のうちに我慢すれば「私も自力で切り抜けたのだから、あなたもそうすべきだ」というメッセージへと通じていく。まずは「私」の現実に怒ることが「あなた」が不当におとしめられていることへの告発に扉を開く。

 「保育園落ちたの私だ」と国会前に立った人の中には、当事者でない人もいたという。「私」の利益のみのためではなく「あなた」のために怒った人がいた。そこにあるのは「勝者/敗者」ではなく、「社会の連帯」だ。

 怒りによって連帯が生まれた。「一人で落ち込まなくてもよい、同じ境遇の人とともに主張してよい」と思える「空気」ができた。保育制度の充実の重要性とともに、そのことを確認しておきたい。

 

この問題は、日本社会にはびこる「自己責任論」がいかに罪深いものかについても気づかせてくれたのではないだろうか。ともに怒り、声をあげ、この社会をより良くしていこうと連帯すべき「私」たちを、競争と足の引っ張り合いしかできない「勝者/敗者」に分断する道具が「自己責任論」である。そこから利益を得ている者たちこそが、真の「社会の敵」なのだ。

 

[1] 貴戸理恵 『時代を読む 怒りが連帯をつくる』 東京新聞 2016.3.20

 

怒りの方法 (岩波新書)

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「保育園落ちた日本死ね!!!」 に見る正しい怒りの表出

 

はてな匿名ダイアリーに投稿された「保育園落ちた日本死ね!!!」が注目を集めている。

注目を集めるのも当たり前で、これは必読の内容と言っていい。

 

何なんだよ日本。

一億総活躍社会じゃねーのかよ。

昨日見事に保育園落ちたわ。

どうすんだよ私活躍出来ねーじゃねーか。

子供を産んで子育てして社会に出て働いて税金納めてやるって言ってるのに日本は何が不満なんだ?

何が少子化だよクソ。

子供産んだはいいけど希望通りに保育園に預けるのほぼ無理だからwって言ってて子供産むやつなんかいねーよ。

(略)

どうすんだよ会社やめなくちゃならねーだろ。

ふざけんな日本。

保育園増やせないなら児童手当20万にしろよ。

保育園も増やせないし児童手当も数千円しか払えないけど少子化なんとかしたいんだよねーってそんなムシのいい話あるかよボケ。

(略)

まじいい加減にしろ日本。

 

書かれている主張はすべて当然のことで、実際子育て世代はずっとこうした不条理に苦しめられてきたし、ネット上にはその悩みが書き連ねられてきた。

 

 

しかし、従来こうした声がまともに取り上げられることはほとんどなかった。

今回このブログ記事が急激に拡散され、国会でも取り上げられるに至ったのは、そこに「日本死ね!」というストレートな怒りの表出があったからだろう。この記事が、日々の暮らしで直面する理不尽なことには怒りの声をあげていいのだ、いやあげるべきなのだということを気づかせてくれたからこそ、爆発的な共感を得るに至ったのだ。

実際、「少子化」が大問題だと言いながら、問題を解決するどころか悪化させるような政策しか実行しない「日本=政権・官僚機構」に対しては、「死ね」以外に言うべき言葉はない。

 

 

政治は生活に直結している。子どもを保育園に預けて働くという、できて当然のことができないのも、介護なしでは生きていけない高齢者が特養に入れないのも、社会人生活のはじめから奨学金という名の学生ローンによる多額の借金を背負わされるのも、何十年も払い続けてきた年金が株価の買い支えにつぎ込まれて兆円単位で溶かされていくのも、政治は自分の生活とは関係ないと思わされ、最も権力を持たせてはならない者たちが政権に居座るのを許し続けてきた結果である。

生活者はもっともっと怒らなければならない。そして声を上げ、理不尽なことには抗議し、行動(とりわけ投票行動)によってその怒りを表現しなければ、より良い暮らしを得ることは決してできない。

 

怒りの方法 (岩波新書)

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野党は「絶望がもたらす希望」の受け皿を提供しなければならない

 

今日の東京新聞に載っていた浜矩子氏の論考[1]が必読の内容なのでメモ。

 アメリカの大統領選に向けて、民主・共和両党の候補者選びが佳境に入りつつある。

 泡沫、本命を追い詰める。両陣営とも、足並みをそろえてこの展開になっている。

(略)

 この構図をどう読むか。主流派に対するアメリカ人たちの拒絶反応。ここまでは、いたってスンナリ話が進む。問題はこの先だ。

 ややこしいことに、どうも、民主党側でサンダース氏を支持している人々と、共和党側でトランプ人気を盛り上げている人々が、かなり似通っているらしい。いずれの候補も、弱者たちの人気を博しているようなのである。(略)

 謎を解くキーワードは、どうも、「絶望」ではないかと思う。「絶望がもたらす希望」と「絶望がもたらす幻想」が人々を二分している。これが今のアメリカなのではないか。絶望がもたらす希望が、サンダース氏に託されている。絶望がもたらす幻想が、人々をトランプ氏に引き寄せている。

 1%の金持ちどものおかげで、我々は99%の貧困層と化すことを強いられている。この絶望的な怒りが、サンダース氏の格差解消のメッセージの中に、希望の灯を見いだした。自分の将来について、絶望せざるを得ない若者たちが、サンダース氏が掲げる分配と優しさの経済学に希望を委ねる。

 対するトランプ氏は、成長と強さの経済学を押し出している。このイメージが、絶望がもたらす幻想の苗床となる

 アメリカをもう一度最強にする。アメリカン・ドリーム再び。この威勢のいい掛け声が、人々を甘い香りの幻想へと誘う。(略)

 こう考えて来たところで、日本で安倍政権の支持率がさほど落ちない理由も、見えてきたような気がする。安倍総理大臣はいう。「強い日本を取り戻す」。トランプ氏はいう。「再びアメリカを最強にする」。全く同じだ。(略)

 絶望がもたらす希望と、絶望がもたらす幻想の、どちらに軍配が上がるのか。それが問われる。これが今のアメリカの政治状況だ。そして、日本の政治状況でもある。ただ、日本の場合、絶望がもたらす希望の明確な受け皿がみえない。野党共闘の主導者たちに、ここを熟慮してもらいたい。

 

次の参院選に向けて、改憲や戦争法、原発再稼働への反対も重要ではあるが、それだけでは野党は勝てない。アベノミクスの失敗をいくら訴えても勝てない。希望が見えなければ人は動かないからだ。

最低賃金を引き上げ、非正規雇用の正規化を進めて富の労働分配率を上げ、消費税率を下げて低所得者層の負担を軽減すれば、需要不足から消費不況に陥っている国内経済は確実に回復する。税収確保には法人税と所得税の税率を適正化し、金融所得の分離課税をやめればよい。1980年頃の税制に戻せばいいだけだから簡単なことだ。いま野党に最も必要なのは、こうした希望の見えるポジティブな経済政策を、サンダースのように信念を持って訴え続けることだ。

 

[1] 浜矩子 『時代を読む 希望か幻想か、米国の選択』 東京新聞 2016.2.28

 

さらばアホノミクス 危機の真相

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民主主義をあきらめない (岩波ブックレット)

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平成経済20年史 (幻冬舎新書 こ 9-1)

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「建国記念の日はなに天皇が即位した日?」 正解は「そんな天皇はいない」

 

「しらべぇ」というサイトが、今年の「建国記念の日」に、「【悲報】7割の国民が『建国記念日に即位した天皇』を知らない」という記事を掲載した。

 

しらべぇ編集部が全国の男女1331人に「建国記念の日はなに天皇が即位した日?」と調査を行ったところ、もっとも多かったのが明治天皇で40.4%。以下、その他が28.8%、昭和天皇が20.4%、大正天皇が7.2%、今上(平成)天皇が3.2%と続いた。(略)じつはこのアンケート、ひっかけ問題である。正解はその他に含まれていたのだ。

(略)

じつは建国記念日は神武天皇の即位日が由来となっている。神武天皇は日本神話の登場人物であり、古事記や日本書紀で初代の天皇とされている。

その即位日である旧暦紀元前660年1月1日を、明治に入ってから新暦に換算、1967年(昭和42年)に制定されたというわけ。

 

紀元前660年の旧暦1月1日に神武天皇が即位し、それを新暦に換算すると2月11日に当たるから、この日が「建国記念の日」になったと言うわけだが、この話は少なくとも二重におかしい。

まず、神武の即位に関する日本書紀の記述は、次のとおりである[1]。

辛酉かのととり年の春正月の庚辰かのえたつの朔ついたちに、天皇、橿原宮かしはらのみやに即帝位あまつひつぎしろしめす。是歳を天皇の元年とす。

 

「辛酉」は60年に1回やってくるので、これだけではいつのことか分からない。そこで、ずっと後の、年代の確定できる時点から出発して、歴代天皇の在位年数などを手がかりに時代を遡り、紀元前660年にあたる「辛酉」に辿り着いたわけだ。

だが、日本書紀に記された初期の天皇たちの在位年数は、まったく信用できない。それは次の表を見れば明らかだろう。

 

 

天皇

在位年数

死亡年齢

1

神武

76

127

2

綏靖

33

84

3

安寧

38

57

4

懿徳

34

88

5

孝昭

83

113

6

孝安

102

137

7

孝霊

76

128

8

孝元

57

116

9

開化

60

115

10

崇神

68

120

11

垂仁

99

140

12

景行

60

143

13

成務

60

107

14

仲哀

9

52

 

神功皇后

69

100

15

応神

41

111

 

神武をはじめ、古代ではおよそあり得ない長寿の天皇が連続している。死亡時の年齢が信用できないとなれば、当然在位年数も信用できない。つまり、神武が即位したとされている「辛酉」年が紀元前660年だとは考えられないのだ。年が違うのだから、「春正月の庚辰の朔」が新暦の2月11日に当たるとする根拠もないことになる。

 

第二に、私は記紀に「神武天皇」として説話が記載されている人物は実在した歴史上の人物(弥生後期、3世紀頃の人)と考えているが、しかしその人物は到底「天皇」などと呼べるような存在ではなかった。こちらの記事にも書いたとおり、後に「神武」という諡号を贈られることになるこのイワレビコという男は、九州から出てきて近畿に侵入し、血みどろの殺戮戦を繰り広げたあげく、ようやく奈良盆地の一角に拠点を確保した一豪族に過ぎない。客観的に見れば、「天皇」どころか「王」と呼ぶのさえ無理である。後の近畿天皇家の祖先に当たる人物ではあったとしても、この男自身は「天皇」などではあり得ず、従って「即位」などしているはずがないのだ。

これは、次の事例と比べてみれば分かりやすい。

 

中国最初の皇帝である秦の始皇帝は、列国を滅ぼして中国全土を統一して初めて「始皇帝」を名乗った。それ以前の彼は単なる「秦王政」である。また、彼は秦国の初代でもない。始皇帝は紀元前3世紀の人だが、諸侯の一つとしての秦国の始まりは前8世紀の襄公、更にその祖先は初めて秦の地に領地を得た前10世紀頃の非子までたどれるという。

要するに、後に日本を支配した大和朝廷の祖先だからといってイワレビコを初代の「天皇」だなどと言うのは、非子を最初の中国皇帝だと言うのと同程度のこじつけ、極端な誇張なのだ。仰々しい記紀の記述は、大和朝廷絶対化のイデオロギーに基づく歴史の捏造、古代的歴史修正主義と言ってもいい。

まあ、客観的に見れば、実質的に「天皇」と呼んでいいのは、坂上田村麻呂の遠征によって初めて東北地方まで支配を広げた桓武(50代)あたりからだろう。

 

「建国記念の日」が、「神武天皇が即位した」とされている日(紀元前660年の2月11日)に由来しているのは事実だが、神武は「天皇」などではなかったし、従って「即位」もしていない。さらに、神武紀の言う「辛酉年」は紀元前660年ではないので「春正月の庚辰の朔」を新暦2月11日とする根拠もない。要するに、すべてが架空の作り事なのだ。だから、「建国記念の日はなに天皇が即位した日?」という問いへの正解は、「そんな天皇はいない」なのである。

 

[1] 坂本太郎・家永三郎・井上光貞・大野晋校注 『日本書紀(一)』 岩波文庫 1994年 P.240

 

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