読む・考える・書く

マスコミやネットにあふれる偏向情報に流されないためのオルタナティブな情報を届けます。

動物

ミンク1700万匹殺処分という衝撃

今月4日、デンマーク政府は、新型コロナウイルスの新たな変異種が国内のミンク農場で発生し、この変異種による人間への感染(5件12人)が確認されたことから、早急に1700万匹の殺処分を行うと発表した。 www.bbc.com フレデリクセン首相は記者会見で、現状…

福島で置き去りにされた動物たちの悲劇

いま東京新聞で、写真家豊田直巳氏が原発事故後の福島を取材した記録「ふくしまの10年・行ける所までとにかく行こう」が連載されている。 3月13日、豊田氏らは無人となった双葉厚生病院を訪れているが、恐ろしいことに、ここでは毎時1,000 μSvまで計測で…

「かわいそうなぞう」たちと一緒に殺されたヒョウの「ハチ公」

童話『かわいそうなぞう』で有名な上野動物園での猛獣虐殺は、この童話で描かれたような、空襲が激しくなる中で危険防止のためやむを得ず行われたものではなく、ほとんど空襲もない状況下で「たるんでいる」国民の意識に蹴りを入れ、戦意高揚を図るために意…

フィクションとして戦争を描くということ

フィクションであるにもかかわらず、「これこそが戦時下の庶民生活の真実」、みたいな受け取られかたをしている『この世界の片隅に』をきっかけに、フィクションとして戦争、とりわけ戦時下の生活を描くとはどういうことかを考えてみた。 この問題を考える上…

幸せそうだったミャンマーの野良犬たち

■ どこにでもいる野良犬たち ミャンマーでは、いたるところに野良犬がいる。路上はもちろん、駐車場や建物の敷地内にもごろごろしている。 逆に、はっきり飼犬とわかる犬を見かけることはほとんどない。今回の二週間の滞在でも、飼い主に連れられて散歩して…

臣民根性の行き着く果て―「戦時犬猫供出」

先の大戦時の嫌な話の一つに、犬猫の供出というのがある。 例によって記録がほとんど残っていない(恐らく敗戦時に廃棄された)ため事件の全体像がはっきりしないのだが、時系列を辿ってみると次のようになる。 日中戦争時からあった予兆 1942年夏の悲劇 犬…

「かわいそうなぞう」にまつわる苦い話

ジョンもかわいそう ほかの猛獣たちもかわいそう 動物園の人たちもかわいそう ゾウは餓死させるしかなかったのか? 衰弱したゾウたちを観客に見せていた? このあたりで、実話としての「かわいそうなぞう」にまつわるその他の話題をまとめておく。 ジョンも…

「かわいそうなぞう」まで日教組が悪いことにしてしまう、いろいろこじらせた人たち

検索してみると、「かわいそうなぞう」の真相を取り上げたブログがいくつか見つかる。その中の一つであるこちらのブログ(記事1、記事2)は、この虐殺が空襲による猛獣脱走の危険を避けるためにやむなく行われたことではなく、「『戦争の怖さも知らないで…

もうひとつの「ハチ公」物語

昨日の新聞に、「忠犬ハチ公」に関する話題が載っていた。 東京新聞(5/20): ハチ 一緒に暮らせるよ 上野博士最愛の女性 家族と同じ墓に納骨 東京・渋谷駅の銅像で知られる忠犬ハチ公の飼い主だった東京帝国大の上野英三郎(ひでさぶろう)博士と事実上の…

反戦童話「かわいそうなぞう」が露呈した戦後平和教育の欠陥

反戦童話の代表格となった『かわいそうなぞう』 史実とは大きく違う『かわいそうなぞう』のストーリー 猛獣虐殺は空襲のせいではなく戦意高揚のため 『かわいそうなぞう』は戦後平和教育失敗の象徴 反戦童話の代表格となった『かわいそうなぞう』 児童文学作…

多摩川の猫 ― あるいは、同じ場所にいても見えるものは人によってまったく違うということ

ASCII.jpの連載で、“這いつくばって猫に近づけ”というシリーズがある。さまざまなデジカメやスマホを駆使して、「この愛すべき動物を、いかに可愛く撮影するか。猫写真家の荻窪氏がそのテクニックを伝授する」という趣旨の連載である。 最初に断っておくが、…

『ゴキの墓に』 ― 猫を愛するということ

先日の記事「龍胆寺雄と猫」の中で、龍胆寺が早逝した愛猫ゴキの死を悼んで書いた詩『ゴキの墓に』を紹介した。 このときは猫雑誌からの断片的な紹介しかできなかったが、ようやく図書館でこの詩が収録されている全集[1]を見つけることができた。一人で読ん…

龍胆寺雄と猫

先日、ツイッターのTLにこんなネタが流れてきた。 今日の植物園で見つけたもの。クソクプが飛んできた時にお使い下さい。 pic.twitter.com/eef2cxyYWF — tetsu (@metatetsu) 2014, 10月 13 そして、このサボテンに名前をつけたのが、作家の龍胆寺雄(1901--1…

チェルノブイリとフクシマの祈り

8年前、『チェルノブイリの祈り』の著者、スベトラーナ・アレクシエーヴィチさんのインタビューを、「ふぇみん」(2003年11月15日号)で読んだ。その中で、特に記憶に引っかかっていたのが、次の一節だ。 汚染地域から疎開させられた人々の心の傷になったの…