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天皇家の代替わりは、いきなり兄殺しによる地位簒奪から始まった

古代史 天皇制

 

近畿天皇家の初代神武に続く2代目綏靖から9代目開化までの8代は、古事記日本書紀系譜が書かれているだけで事蹟(説話)を欠いているため、「欠史八代」と呼ばれている。

しかし、一つだけ例外がある。綏靖による兄殺しの物語である。

 

神武は、まだ九州にいた頃、妃として阿比良比売(アヒラヒメ)を娶っており、二人の息子を得ている。その長男が当芸志美美(タギシミミ 紀:手研耳)である。

 

古事記 神武記:

かれ日向にましましし時に、阿多あたの小椅をばしの君が妹、名は阿比良比売あひらひめに娶ひて、生みませる子、多芸志美美たぎしみみの命、次に岐須美美きすみみの命、二柱ませり。

 

一方、綏靖(神沼河耳)の母は、神武が大和に侵入してから娶った三輪山付近の豪族の娘、伊須気余理比売(イスケヨリヒメ)である。

 

 かれその嬢子をとめ、「仕へまつらむ」とまをしき。ここにその伊須気余理比売の命の家は、狭井河の上にあり。天皇、その伊須気余理比売のもとに幸行でまして、一宿ひとよ御寝みねしたまひき。
(略)
 然して生れませる御子の名は、日子八井ひこやゐの命、次に神八井耳かむやゐみみの命、次に神沼河耳かむぬなかはみみの命。三柱。

 

古事記によると、神武の死後、当芸志美美は神武の妻(綏靖の母)である伊須気余理比売を娶ったという。これは、当芸志美美が神武の後継者としてそのすべての権力と財産を受け継いだことを示している[1]。

 

 かれ天皇かむあがりまして後に、その庶兄まませ当芸志美美の命、その適后おほきさき伊須気余理比売に娶へる時に、その三柱の弟たちを殺せむとして、謀るほどに、その御祖みおや伊須気余理比売、患苦うれへまして、歌もちてその御子たちに知らしめむとして歌よみしたまひしく、

   狭井河よ 雲起ちわたり
   畝火山 木の葉さやぎぬ。
   風吹かむとす。

 

日本書紀には当芸志美美が伊須気余理比売を娶ったとは書かれていない。その代わり、神武の存命中から当芸志美美が実質的に政務を取り仕切っており、父が死ぬと、名実ともに一族のトップとなったことが示されている。

 

日本書紀 綏靖紀:

(綏靖)四十八歳に至りて、神日本磐余彦天皇(神武)崩かむあがりましぬ。(略)其の庶兄いろね手研耳たぎしみみ命、行年とし巳長いて、久しく朝機を歴たり。故亦、事を委ゆだにて親みづからせしむ。(略)遂に以て諒闇(神武死去)の際に、威福いきほひ自由ほしきままなり。禍心を苞ね蔵かくして、二の弟を害そこなはむことを図る。時に、太歳己卯。

 

説話では、当芸志美美の害意を悟った神沼河耳(綏靖)と兄の神八井耳が当芸志美美を殺そうとしたが、兄は「手足わななきて」殺すことができず、綏靖が兄の手から武器を取って当芸志美美を殺害、兄は恥じて弟に位を譲り、綏靖が第二代として即位した、となっている。

実際には、既に神武の後を継いでいた当芸志美美を綏靖が殺してその地位を簒奪したのである[2]。

 

 これが神武記の語るところ。この神武記が、次代の綏靖のとき作られたこと、それがここによくしめされている。なぜなら、真の第二代は、当芸志美美命だったはずだ。父の若き妻を己が新しき妻とする、それを宣言するということは、彼がまさに正当な継承者であることの布告であったはずだからである。

(略)

 ところが、当然当芸志美美記は作られず、反逆者として神武記の末尾に加えられた。そして不幸な運命の中におかれた伊須気余理比売を嫡后と書いている。第二代の綏靖を嫡后の子とするためである。

 すなわち、史上の事実としては、綏靖の反逆、それが(それゆえにこそ)逆に当芸志美美命の反逆として説話化され、伝承せしめられたのである。綏靖の直系が正当な神武の継承者であること、それを勢力圏内に公知させようとしたのである。

 

これは一族内部での争いであるから王朝交代とは言えない(そもそも当時の天皇家は大和盆地内に割拠する豪族の一つに過ぎなかったから「王朝」などではない)が、綏靖の兄殺しは、近畿天皇家内でも諸外国の「普通の」王朝同様、権力をめぐる骨肉の争いが繰り広げられていたことを示す典型的なエピソードと言える。また、この手の簒奪事件はこれだけではない。仁徳(16代)、反正(18代)、安康(20代)、雄略(21代)も、似たようなことをやらかした疑いが強いのである[3]。

 

[1] 古田武彦 『盗まれた神話』 朝日文庫 1994年 P.324-329

[2] 古田武彦 『古代は輝いていた2』 朝日新聞社 1985年 P.273

[3] 同書 P.271-284

※本記事中に引用した古事記の読み下し文は、武田祐吉訳注・中村啓信補訂解説 『新訂 古事記』(角川文庫 1987年)に基き、一部変更・補足している。
※本記事中に引用した日本書紀の読み下し文は、坂本太郎家永三郎井上光貞大野晋校注 『日本書紀(一)』(岩波文庫 1994年)に基き、一部変更・補足している。

 

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