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中国のガス田試掘に対する日本政府の「抗議」に正当性はない

東シナ海の日中中間線付近での中国によるガス田開発に対して、日本政府がまた「抗議」したようだ。

産経ニュース(12/3)

中国、ガス田試掘を正当化 「主権と管轄権の範囲内」

 【北京=西見由章】中国外務省の耿爽(こう・そう)報道官は3日、中国による東シナ海の日中中間線付近でのガス田試掘に対して日本政府が抗議したことについて「完全に中国の主権と管轄権の範囲内での事柄だ」と反論、一方的な開発を正当化した。日中のガス田共同開発をめぐる平成20(2008)年合意の交渉再開については「両国指導者の合意に基づき双方の作業グループが関係作業を開始するだろう」と述べた。
 耿氏は中国のガス田開発について「全く争いのない中国側の管轄海域で行っている」と強調した上で「いわゆる日中中間線は日本側の一方的な主張で、中国は断固反対している」と主張した。

このところ、政府は数年おきに同じような「抗議」を繰り返しているが、はっきり言って日本側の主張には正当性がなく、この「抗議」はほとんど言いがかりでしかない。

以下、順を追って説明しよう。

■ 中国が開発を行っている場所は日本の主張する境界線(日中中間線)よりさらに中国側

まず、問題となっている中国のガス採掘施設は、日中両国が主張する排他的経済水域(EEZ)が重なり合う係争海域内ではなく、それより中国側に位置している。[1]

 (略)国連海洋法条約では、基本的に陸地から200カイリとされている各国のEEZが重なり合う場合は、その中間線をもって境界とするとされている。その規定によれば、日本が主張する中間線が日中の境界となるのであるが、同条約では、国土の地形・地質的自然延長としての大陸棚はそれに接する国のもの、という規定もあり、中国は東シナ海の大陸棚と琉球列島との間にある「沖縄トラフ」と呼ぶ凹地まで権利があると主張している。
 つまり、中間線から沖縄トラフまでの間の海域を、日中両国が権利を主張していることになる(左図参照)。以下、この部分を「係争海域」と呼ぶことにする。
 上述の二つの規定には相反するものがあるが、どちらの規定を優先するかは決められておらず、関係国の話し合いで決するか、国際司法裁判所に訴えて判定してもらうほかない。世界には、外洋に面して大陸棚を持つ国が多い(略)ので、自然延長論がやや優勢といわれており、司法裁判に持ち込むと中国側に有利な判決が出て、日本は係争海域の権利を失うおそれがないとはいえない。
(略)
 中国側がこのガス田開発のために設置した採掘井プラットフォームは、中間線より中国側に五キロメートル入ったところにある。(略)

中国自身は自国の沿岸から延びる大陸棚の終末となる沖縄トラフまで権利があると主張しているにもかかわらず、ガス田開発では日本側の主張(中間線)に配慮し、それより中国側に数キロ入った場所で試掘等の作業をしているのだ。

中国側から見れば、日本の主張する境界線より自国側で開発を行っているのだから文句を言われる筋合いはない、ということになる。「完全に中国の主権と管轄権の範囲内での事柄だ」「全く争いのない中国側の管轄海域で行っている」というのは「正当化」でも何でもなく、当然の主張だろう。

■ 日本側にあるガスを吸い出されるという「ストロー効果」論は国際的に通用しない

では何を根拠に日本政府は中国のガス田開発に「抗議」しているのか。その一つが、ガス田は地下でつながっているから、たとえ採掘場所が中国側でも、実際に採掘を始めれば日本側の地下にあるガスも境界を越えて吸い出されてしまうからけしからん、という「ストロー効果」論だ。

だが、この理屈は国際的には到底通用しない。[1]

日本の要求は非常識

 日本の国内法では、石油・ガス井戸は鉱区境界から100メートル離せば掘ることが認められており、それだけ離れさえすれば、先に掘った者が結果的に隣の鉱区の資源を採ることを禁じていないのである。隣の鉱業権者がそれで不満なら、自分も境界から100メートル離して井戸を掘るはかなく、相手に対して開発をやめろという権利はない。国際的に、国境からどれだけ離せという法律はないし、日中間でそのような取り決めもないのだから、「春暁ガス田」の開発をやめろというのは国際的に通らない要求なのである。

自国の国内法で境界から100メートル離せばオーケーとしているのに、自分の主張する境界線から数キロも先にある中国の採掘施設に文句はつけられないだろう。

■ 日本の沿岸から200海里まで「権原」があるという政府主張はトンデモ

もう一つの根拠らしきものを、外務省がWebに公開している。「東シナ海における資源開発に関する我が国の法的立場」という文書だ。以下、一部引用する。

1 日中双方は、国連海洋法条約の関連規定に基づき、領海基線(注:領海の幅を測定するための基線)から200海里までの排他的経済水域及び大陸棚の権原(注:国際法上正当な権利行使の根拠)を有している。東シナ海をはさんで向かい合っている日中それぞれの領海基線の間の距離は400海里未満であるので、双方の200海里までの排他的経済水域及び大陸棚が重なり合う部分について、日中間の合意により境界を画定する必要がある。国連海洋法条約の関連規定及び国際判例に照らせば、このような水域において境界を画定するに当たっては、中間線を基に境界を画定することが衡平な解決となるとされている。
  (注:1海里=1.852キロメートル、200海里=370.4キロメートル)

(略)

3 このような前提に立ってこれまで、我が国は、境界が未画定の海域では少なくとも中間線から日本側の水域において我が国が主権的権利及び管轄権を行使できるとの立場をとってきた。我が国の「排他的経済水域及び大陸棚に関する法律」(1996年)も、このような考え方を踏まえ、我が国が沿岸国として国際法上の主権的権利その他の権利を行使する排他的経済水域及び大陸棚の範囲等について定めている。これは中間線以遠の権原を放棄したということでは全くなく、あくまでも境界が画定されるまでの間はとりあえず中間線までの水域で主権的権利及び管轄権を国際法に従って行使するということである。したがって、東シナ海における日中間の境界画定がなされておらず、かつ、中国側が我が国の中間線にかかる主張を一切認めていない状況では、我が国が我が国の領海基線から200海里までの排他的経済水域及び大陸棚の権原を有しているとの主張をすることが重要。

非常に分かりにくい書き方だが、どうやら日本政府は、まだ境界線が確定していない現時点では、国連海洋法条約で認められうる「領海基線から200カイリ」の線までは日本に潜在的な権利があるから、たとえ日中中間線より中国側でもその200カイリ線までの範囲については勝手な開発は許されない、と言いたいらしい。

しかし、日本政府が、日中中間線を越えた200カイリ線まで自国の権利が及ぶと本当に思っているのなら、その200カイリ線を境界線として主張すればいいはずだ。そうしないのは、一部中国の沿岸にまで到達してしまうような範囲(上図参照)に対する権利が認められることなどあり得ないと知っているからだ。

仮に、将来東シナ海の排他的経済水域問題が日本側に最も有利な形で決着したとしても、その境界線が日中中間線よりさらに中国側になることはない。この外務省の主張は不当を通り越してトンデモである。

長年探鉱開発業務に従事してきた専門家の猪間明俊氏が、3年前の「抗議」に対して次のような警告を発している。[2]

 二〇〇四年に「ストローでチュウチュウ」問題が持ち上がった際、筆者は、日本政府の言い分は世界の石油・天然ガス開発業界の常識に反するもので、そのことが知れ渡ることこそ国益に反すること、という指摘を公にした。今回も世界では通用しそうもないことを政府が言明し、中国に厳重抗議をするなどということで世界の嘲笑を買うのではないか、日本には政府に正しい知識と情報を与える専門家はいないのかと思われるのではないか、と筆者は危倶している。そしてそれ以上に、離れることができない隣国、中国の姿を国民が誤って捉えるのではないか、と心配している。
 政権担当者には両国国民の感情の離反を煽るような言動は控えるよう特にお願いしたい。また、国民には、自分のナショナリズムが煽られるような政府やメディアの発言に接した時には、正しい知識と情報を得るまでは判断を留保し、冷静さを保つようお願いしたい。

日本政府はいい加減、こんな道理の通らないいちゃもんをつけるような行為をやめるべきだ。国際的に通用するはずがないことを知っていて、日本人のナショナリズム・反中国感情を煽るためにやっているのだから本当にタチが悪い。

[1] 猪間明俊 「東シナ海ガス田開発問題の焦点」 週刊東洋経済 2005年10月1日号 P.111
[2] 猪間明俊 「東シナ海ガス田共同開発の合意とは何なのか」 世界 2015年10月号 P.139

 

日本の国境問題 尖閣・竹島・北方領土 (ちくま新書 905)

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