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江戸の怪談本に描かれた「肝太き」見事な女性

東京新聞に毎週日曜、塩村耕・名古屋大大学院教授が江戸期の古書についての解説記事「江戸を読む」を連載していて、これがなかなか面白い。

9月9日の記事では、江戸前期(1678年 -- 四代将軍家綱の時代)に出版された怪談本『宿直とのいぐさ』にある、「女は天性、肝きも太き事」という話を取り上げている。ちなみに、怪談本ではあるが、この話には幽霊も妖怪も出てこない。

摂津国富田とんだの庄(今の大阪府高槻市)に住む若い女性が、夜な夜な恋人のもとに通っていた。道のりは一里(約4キロ)ほどもあり、田の細いあぜ道を通って、人目を気にしながらの行き来である。

それだけでも大変なのに、あるとき、大雨で流されたのか、農業用水の溝にかかっているはずの丸木橋が見当たらない。困ってうろうろしているうちに、行き倒れたらしい男の死体が、ちょうど橋のように溝の上に横たわっているのが見つかった。

女がこの死体を踏んで溝を渡ろうとしたところ、なんと死人が着物の裾すそをくわえて離さない。普通なら腰を抜かして逃げ出すところだが、女は動じない。裾を「引きなぐりて」口から離させ、そのまま通過する。

それだけでなく、一町(約100メートル)ほど過ぎたところで、どうもおかしいと思い、わざわざ戻ってきてこんな「実験」を試みる。

死人、心なし、いかで我が裾を食わん。いかさまにもいぶかしと、また元の所へ帰りて、わざとおのが後ろの裾を、死人の口に入れ、胸板を踏まえ、渡りて見るに、元の如ごとく銜くわゆ。さてはと思い、足を上げてみれば、口開く。案の如く、死人に心はなし。足にて踏むと踏まぬとに、口を塞ふさぎ、口を開くなりと合点して、男の方へ行く

冷静かつ大胆、実に見事な科学的探究心である。時代が今なら、この女性は科学者として大成できるだろう。

一方、寝物語にこの話を聞いた恋人の男は「男、大きに仰天して、その後は逢わずになりにけり」というのだからしょうもない。

まあ、こんなヘタレ男とは早く別れられてよかった、と思うべきだろう。

 

三河に岩瀬文庫あり―図書館の原点を考える

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水木しげる妖怪大百科

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