GIGAZINEに「世界をめちゃくちゃにした、書かれるべきでなかったかもしれない10冊の本」という記事が載っている。
この記事で、「魔女に与える鉄槌」(ヨーロッパ中世における魔女狩りの手引書)とかヒトラーの「我が闘争」といった、まあ誰でも異論はないだろうな、というような本に混じってなぜか挙げられているのが、人類学者マーガレット・ミードが1928年に書いた「Coming of Age in Samoa (サモアの思春期)」という本。
GIGAZINE記事によると、
サモアの少女たちが冗談まじりに大げさに語った性生活を、23歳で学問的・ジェンダー論的な野心に満ちた文化人類学者のミードが大まじめに受け取り「事実」として書いてしまったと言われています。意図的な「ねつ造」ではなかったにせよ、事実と異なる知識を広く流布し読者をあざむいてしまった本であり、書かれた内容が事実誤認であると判明した後も、フェミニストにとって都合のよい研究結果だったため引用されることの多い本のようです。
ということであるらしい。
ふーん…と思いつつ、念のためGIGAZINE記事からリンクされている「Coming of Age in Samoa」の英語版Wikipediaを読んでみると、どうも記事に書かれていることとは様子が違う。
こちらによれば、デレク・フリーマンという人類学者が1983年(ミードの死後)に「Margaret Mead and Samoa: The Making and Unmaking of an Anthropological Myth (マーガレット・ミードとサモア:ある人類学的神話の形成と破壊)」という本を書いてミードの主な発見すべてを否定。さらには「Margaret Mead in Samoa (サモアのマーガレット・ミード)」というドキュメンタリー映画(1988年)の中で、かつてミードに情報を提供した少女の一人(もちろん撮影時には既に高齢になっている)に、自分たちがミードに語ったことは冗談だった、と証言させているとのこと。つまりこれが、「書かれた内容が事実誤認であると判明」の中身だろう。
しかし、ではこれで一件落着かというとそうではなく、逆にフリーマンが多数の人類学者から反撃を受けるという結果になってしまったのだ。フリーマンに対する反論の主な論点は、
- ミードが調査をした当時から数十年の間に、熱心なキリスト教の布教活動によってサモアの文化自体が大きく変わってしまった。大多数のサモア人たちは、ミードの本に衝撃を受けた当時のアメリカ社会と同様な性に対するキリスト教的価値観を受け入れてしまっている。
- ミードに情報を提供した少女たちもキリスト教に改宗し、また既に老齢となり、子や孫のいる立場となっていて、このような社会環境の中で少女時代の性的活動について正直に話すのは難しいだろう。
- 多くのサモア女性が公共の場では処女性を重視すると答えるとしても、その実際の振舞いは必ずしもそうではない。フリーマン自身のデータによっても、15歳で20%、16歳では30%、17歳では40%の少女が結婚前の性行為を体験している。
といったものだ。
正直、マーガレット・ミードに情報を提供した少女たちみんながみんな冗談で嘘を言ったとは思えないし、問題のドキュメンタリーの中でその女性が「聖書に手を置いて」証言していること自体、上記の反論の信憑性を裏付けているのではないだろうか。また、2009年に出版された詳細な研究は、フリーマンはデータを恣意的に選択したと結論付けているそうだ。
これでは「事実誤認であると判明」どころか、むしろフリーマン不利ではなかろうか。少なくとも、GIGAZINEの編集者が、自分でリンクした英語版Wikipediaの項目も読まずに断定的な記事を書いてしまったことは明らかだろう。
更に言えば、仮にGIGAZINE記事に書いてあるようにこの本の内容が間違っていたとしても、それが、全部でたった10冊しかない「世界に悪をもたらした本」の一つにこれを挙げる理由として適切だろうか? 「事実誤認であると判明した後も、フェミニストにとって都合のよい研究結果だったため引用されることの多い本」といった表現からは、要するに口答えする女は嫌いだという、GIGAZINE(少なくともこの記事を書いた編集者)のフェミ憎悪、女性嫌悪が読み取れる。