もう一つ、「風評被害」に関する意見を紹介する。
今回は東京都在住の主婦の方による読者投稿(東京新聞6/9)である。
信用できない安全基準
先日、本欄に東北地方の農家支援のために農産物を積極的に食べることを呼び掛けた投稿が載っていた。食の安全は消費者一人一人の意識の問題で、風評被害にあっている人たちがかわいそうとか、私たちの食生活を支えてくれている農家を支える番だといった感情論で論じるべきでないと、私は思う。
食材を提供してくれる農家を応援する気持ちは誰しも同じだ。ただ毎日料理を作る主婦の立場からすると、家族に対しても食の安全を提供する責務がある。より安全なものを選ぶのは当然のことだ。
出荷された物が科学的根拠に基づき安全なら、風評があっても買うことにためらいはない。しかし行政によって安全基準値が突然変更されたり、著しく信頼を損ねるやり方が報じられると、科学的根拠が示されてもそれを信頼できないことも事実だ。その不信感が風評被害を増長させている一因であることを知るべきである。
言うまでもなく、生産者は被害者だ。今回の原発事故で大地が放射能汚染され、農作物も汚染された。 それをもたらしたのは「想定外」とされた地震と津波への安全対策を怠った電力会社と、電力会社に適切な安全指導を行わなかった関係省庁と関係機関だ。
被害にあった人たちは 電力会社などに損害賠償を求めるべきだろう。一方、私たち消費者も、放射能汚染を一日も早く収束させ、汚染された大地をよみがえらせ、安全な農作物を作れるよう、生産者とともに手を携えての行動が求められいるのではないだろうか。
福島第一原発事故はまぎれもない人災であって、加害者は東電を始めとする電力業界、政府・自民党政権、経産省を中心とする官僚たちや原発ムラの御用学者たちなど、間違った原発推進策を強行してきた原発利権共同体の連中だ。
彼らの愚かさと怠慢が、膨大な放射能を環境中に放出する大事故を引き起こし、土地も、海も、農産物も汚染してしまった。これは実害そのものであって風評被害などではない。
その上、食品の汚染度を測りたがらず、測っても公表したがらず、勝手に緩めた安全基準への批判も聞こうとしない行政の態度が、被災地産の農作物への不信感を煽っている。放射性物質の検出量も示されず、どんな放射性物質がどれだけ含まれていればどの程度のリスクがあるのかの説明もないのでは、消費者が少しでも危なそうな産地の食品はすべて避けようとしてしまうのは当たり前のことだ。
命とも言える大切な農地や丹精込めて育ててきた作物を放射能で汚された農家も被害者なら、汚染情報を知らされないまま「自己責任」で食品を選ぶしかない状況に置かれている消費者も被害者だ。汚染された食べ物を子どもに与えて、万一ガンなどの病気にしてしまったら、一生悔やみ続けなければならないのは親なのだ。そのとき、東電や政府は責任をとってくれるのか?
それを「風評被害」だと言うのは、消費者に責任を転嫁してあたかも被害者同士の対立であるかのように問題をすり替え、本当の加害者を免責しようとする行為だ。悪質な責任転嫁キャンペーンにほかならない。
いま声高に「風評被害」を言い立てているマスコミ自身、莫大な広告費を懐に入れて危険な原発を安全だと宣伝し続けてきた、原発利権共同体の立派な一員である。ジャーナリズム精神のかけらもないマスコミの罪は深い。