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玄海1号機の脆性遷移温度に関する九電の言い分

 

昨日のエントリーで引用した記事の中で一番分かりにくいのが、脆性遷移温度に関する九電の言い分だろう。

 九州電力広報部は「試験片の98度というのは、66年運転した場合の想定温度。容器本体は80度と推定している。60年運転想定では91度になる。日本電気協会の定めた新設炉の業界基準93度を下回っている」と説明。「安全上の問題はない」と主張する。

 

原子炉工学の専門家でもなければ、これだけでは何を言っているのか意味不明なのではないだろうか。

調べてみると、もう少し詳しい内容が佐賀新聞に載っていた。

 

佐賀新聞(7/1)

 九電は「試験片は圧力容器よりも多く中性子を浴びる場所に置き、数十年後の圧力容器の劣化状況を予測するためのもの。98度は2060年ごろの数値に当たる」と説明。「圧力容器の現在の脆性遷移温度の推定は80度で、60年間運転した場合でも91度」とし、日本電気協会が定める新設原子炉の業界基準93度を下回っていることを強調する。26日の県民説明会でこの問題を質問された経産省原子力安全・保安院も同様の説明をして「容器が壊れるような状況にはない」と答えた。

佐賀新聞(7/2)

 玄海1号機の圧力容器は高さ約11・5メートル、鋼鉄の厚さは約18センチ。脆性遷移温度を確認するための試験片は数十個ずつ六つのカプセルに入れ、圧力容器の内壁と原子炉の間に置かれている。

 

 脆性遷移温度の数値は運転管理にも使う。そのため、カプセルは容器の壁につけるのではなく、あえて壁よりも10センチ燃料に近い場所に置いて中性子の照射量を増やす。試験片の数値から圧力容器が今後、どの程度もろくなるか予測するという。

 

 試験片は数年から十数年ごとに1カプセルずつ取り出し、原子炉製造会社の研究施設で検査する。それぞれ違う温度で温めて衝撃を加え、もろく壊れた温度を脆性遷移温度として推定する。試験片の脆性遷移温度を元に、日本電気協会の予測式から今後の温度推移や容器本体の脆性遷移温度を割り出す。

 

 九電が1993年に検査した時点では、60年運転した場合の圧力容器の脆性遷移温度を72度と予測していたが、今回の検査結果を受け91度に上方修正した。九電は「業界基準の93度以下で問題ない」とする。

 

つまり、整理してみるとこういうことだ。

 

試験片は圧力容器の内壁より炉心に近い場所に置いてあるため、より多くの中性子線を浴びる。

このため、試験片が浴びた累積中性子線量は、現在の圧力容器ではなく、未来の一定時点までに圧力容器が浴びる線量と同じになる。

例えば、試験片が圧力容器の倍の線量を浴びるとすると、(定検による運転中断は無視するとして)運転開始から10年の時点での試験片の状態は、その時点での圧力容器の状態ではなく、運転開始から20年の時点、つまり10年先の未来の状態を表していることになる。

玄海1号機の場合、運転開始が1975年で試験片取り出しが2009年なので、運転開始からの経過時間は34年。この時点で2060年頃(運転開始から85年後)の値だということは、逆算すると試験片は圧力容器の2.5倍の中性子線を浴びているはず、という仮定で計算をしていることになる。

つまり 《2009年の時点で、2.5倍の中性子線を浴びている試験片の脆性遷移温度が98℃という結果から、その時点での圧力容器の脆性遷移温度は80℃と推定される。また、予測式に従って計算すると、運転開始から60年後(2035年)の時点でも脆性遷移温度はまだ91℃のはずで、これは「業界基準」の93℃より低いから安全性に問題はない》 というのが九電の主張ということになる。(保安院には独自の見識などないから、電力会社から言われたことをオウム返しにしているだけ。)

 

しかし、はっきり言ってこの九電の主張は滅茶苦茶である。

専門家による見解は次のとおり

■劣化、現状の危険性について識者4人の分析

 

 運転開始から36年がたった九州電力玄海原発1号機の原子炉圧力容器の劣化問題。劣化を判断する指標となる脆性(ぜいせい)遷移温度が予測値を大幅に超えたことを、研究者らは一様に問題視し、原因を究明するために九電の情報開示の必要性を指摘する。4人の研究者の見解を紹介する。

 

【渡邉英雄・九州大応用力学研究所(照射材料工学)】  

 試験片の脆性遷移温度は過去の実測値に基づく予測から大きくずれており、誤差の範囲で済むレベルではない。詳細な検査データはわれわれにも公表されず、中性子照射の影響が研究者間で100%解明できているわけでない。国内外の専門家に試験片を開示するなどして学問的議論に広げなければ、地域の安心と安全には寄与しない。 

 容器本体は構造物としての荷重や過去の地震による影響なども受けており、どんなメカニズムで上昇したのか、原子レベルでの詳細な解明が必要だ。

 

【井野博満・東大名誉教授(金属材料学)】 

 精度が上がった最新の予測式で脆性遷移温度6 件を推定すれば70度程度になるはずで、実測値は全く異なる。想定以上の劣化と考えるのが自然だ。衝撃試験で試験片がどのように壊れたのかなどの検査結果公表が不可欠だ。

 圧力容器の材質にばらつきがあり、一部が想定外にもろくなっている可能性もある。事故などで緊急冷却装置が作動して一気に水が注入された場合、運が悪ければ温度差による応力に耐えきれず破損する。原発管理を運に任せることは許されず、98度を容器本体の数値と見て対策を考えるべき。

 

【長谷川雅幸・東北大名誉教授(原子炉材料学)】 

 運転期間が長くなれば脆性遷移温度6 件の上昇カーブは緩やかになるのが一般的で、急上昇は非常に不可解だ。直ちに危険な状況ではないが、原因を確かめなければ安全とは言えない。 

 国内の電力会社が研究機関に試験片を提供することはなく、ベルギー原発から取り寄せた日本製の試験片で研究しているのが現状だ。原子炉の本来の運転想定は30年。高経年化評価して運転を続けておりそもそもリスクがある。情報を公開しない電力会社の体質をあらためなければ、国民の信頼は得られない。

 

【義家敏正・京都大原子炉実験所教授(原子力材料学)】 

 圧力容器の厚さは20センチ近くあり、重量も約500トンある。仮に緊急冷却装置の水が入ったとしても破損は考えにくい。ただ98度はあまりに唐突。容器の材質に何が起きているのか、詳しく調べる必要がある。 

 電力会社の試験片の検査は言わば内輪でやっている状況。原子炉の安全性は研究者のだれもが追求すべきと感じている。破壊検査した試験片の破断面はどうなっているのか、中性子照射の影響を受けやすい銅やリンなどの不純物はどの程度含まれているのか、資料を示してほしい。

 

仮に九電の言うとおり圧力容器の脆性遷移温度が80℃だったとしても、既にこの温度でも十分に高すぎる。低温のECCS注水と高い内圧に地震の振動などが加われば、脆性破壊を起こす可能性は否定できない。

それ以前に、圧力容器の脆性遷移温度が80℃だという九電の主張は、予測式に基づく推定でしかない。試験片の劣化がその予測式から大きく外れて異常に進行しているという事実が判明した以上、ただちに運転を停止して圧力容器そのものの状態を詳細に点検するのが当然の対応だ。何もせずに推定結果が「基準」の範囲内だから安全だなどというのは、とにかく止めたくないから安全と見なす、という安全対策の値切りでしかない。

また、以前は予想通りの進行度を示していた劣化の値が急に上がったのは、試験片の材質にばらつきがあることを示している。試験片にばらつきがあるなら当然圧力容器自体にも場所ごとに材質のばらつきがあるはずで、場所によっては今回異常値を示した試験片よりも更に質の悪い部分がある可能性が高いのだ。要するに、圧力容器の脆性遷移温度に関する推定などまったくあてにならない。なのに運転も止めなければ試験片もデータも公開せず、内輪の試験だけで安全を主張するなど、言語道断だ。