シリア難民中傷イラストで注目を集めた「はすみとしこ」が本を出した[1]。わずか数十ページの、パンフレットに毛が生えた程度のものだが、その全ページに差別と憎悪が満ち満ちている。差別禁止法を持つまともな国であれば、こんなものを出版するのは立派な犯罪(民衆扇動罪)だろう。
この本で、はすみは自ら「ホワイトプロパガンダ漫画家」と名乗っている。その自称のとおり、この本の中身はまさに、差別扇動を目的とする政治宣伝である。ここでは、そのプロパガンダの嘘を一つひとつ暴露していこう。
まずは代表的「在日特権」とされる通名(通称名)。はすみはこう書く。
「通称名」という在日特権が存在する。在日は犯罪を犯しても日本人風の偽名(通称名)で報道され、実名報道はされないことが多い。 一方、日本人は犯罪を犯せば容赦なく実名報道されてしまう。これを「特権」と言わずして何と言うべきか。
まるで在日は好き勝手に偽名が使えるみたいだが、在日の「通名」とはそのようなものではない[2]。
そもそも在日コリアンは自発的に日本名(通称名)を用いてきたわけではない。在日コリアンが現在用いている日本名(通称名)は、韓国が日本の植民地支配下に置かれていた1939年2月に公布され、翌年施行された「創氏改名」政策によって生まれ、解放後も引き継がれたものである。
「創氏改名」には、①男系血統を基本構成とし夫婦別姓であった朝鮮社会を戸主を中心とする家社会に改めるために氏を創設し、②朝鮮人の名前を日本式に改める、という二つの目的があった。前者はすべての朝鮮人に適用されたが、後者はあくまで朝鮮人による任意の届け出であり、自由意思による申請とされた。しかし総督府は、日本名を名乗らない朝鮮人に対し、配給対象から除外したり、取り締りを強化するなど、役所・警察・学校などさまざまな場で日本名を名乗ることを強要した。
1945年8月に解放を迎えると、大部分の朝鮮人は本名(民族名)に戻ったが、日本を生活基盤とする在日コリアンの多くは、厳しい民族差別を回避するため、戦前から引き継いだ日本名(通称名)を名乗り続けた。
日本政府や役所もまた、在日コリアンの日本名(通称名)を、印鑑登録、商業登記、不動産登記、運転免許証などの手続きでも法的効力をもつもう一つの名前として公認してきた。いったん、外国人登録証に記載された日本名(通称名)は、公的な証明がなされたものとして登録され、契約や商取引などの手続きでも法的効力をもつものであり、決して「虚偽の記載」とは見倣されない。それは、在日コリアンが実印の名前を通称名にしても認められることからも、明らかである(伊地知紀子『在日朝鮮人の名前』明石書店、1994年)。
在日の通名は、公的に登録され法的効力を持つ名前、つまり実名であって、偽名などではない。もちろん「通名変えて人生リセット」などと簡単に変えられるものでもない。
実名報道云々の話もデタラメである。
在日の約8割は通名で生活している。自分の民族名を知らない在日も多い。そんな在日が通名で報道されれば、「どこの誰か」は分かってしまうのだから、本人が受けるダメージは日本人が実名報道されるのと何も違いはない。そもそも、日本のマスコミによる犯罪報道の実態ははすみが言うのとは逆であって、在日が容疑者になどなれば、「○○(通名)こと韓国籍の××(民族名)」などと、民族名や国籍までほじくり返して出自と犯罪を結びつけた報道がなされるのだ[3]。
こんな話もあった。
阪神淡路大震災の後、全国からボランティアが被災地にやってきて復興を支援した。彼らの活躍がニュースで取り上げられたとき、その中には何人も在日がいたにもかかわらず、全員が通名(日本名)で紹介された。なぜ本名(民族名)で紹介しないのかと局に問い合わせると、「プライバシー保護のため」と言われたという。
特権どころではない。通名は、在日コリアンが日本社会からの差別を少しでも避けるためにやむを得ず使ってきたものだ。その通名と民族名を、在日が良いことをしたときは日本人であるかのように見せかけ、悪いことをしたときは「外国人」として切り捨てるために、日本社会の側が巧妙に使い分けてきたのである。
[1] はすみとしこ 『はすみとしこの世界「そうだ難民しよう!」』 青林堂 2015
[2] 太田修・朴一ほか 『「マンガ嫌韓流」のここがデタラメ』 コモンズ 2006年 P.76-77
[3] 同 P.124
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