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「ミノタウロスの皿」はともかく「定年退食」は現実化一歩手前のディストピア日本

先日の「食人鬼と少女のお話」に関連して、やはり自ら進んで食べられる少女が出て来る「ミノタウロスの皿」が話題になっていた。

この「ミノタウロスの皿」をはじめ、藤子・F・不二雄のSF短編は傑作ぞろいなのだが、その中に「定年退食」という作品がある。

舞台は近未来の日本。大地と海の汚染が進み、農漁業生産は縮小し続けている。当然食糧事情は逼迫し、すでに食品はすべて配給制となっている。さらに、限られた資源を子どもや勤労世代に優先的に割り当てる「定員法」が施行され、高齢者は75歳に達した日から、食糧も医療も、一切の支給が打ち切られる。

主人公である74歳の老人は、打ち切り後に備えて節約した食糧を保存し、空腹に悩みながら、くじ引きで例外的に認められる「定年延長」に望みをつないでいる。

そんなある日、突然テレビで放映された首相の「重大声明」により、食糧事情のさらなる悪化のため「定年」が73歳に前倒しされ、もはや自分にはどこにも居場所が残っていないことを知らされる。

「定年退食」が発表されたのは1973年。高度成長期は終わりを迎えたものの、日本経済はバブルに向けて繁栄を謳歌していた時期のことだ。だからこのマンガを発想する背景にあったのは経済への不安ではなく、環境問題だろう。

ひるがえって、今の日本はどうか。

食糧は配給制ではないが、金がなければ何も買えないのだから同じことだ。そもそも受け取れても生活保護レベルでしかない年金なのに、それさえ支給しないというのは、働けない高齢者は死ねというのと同じ。さらに、60歳から支給という約束で何十年も支払わせておいて、今さら支給を先延ばしするのは詐欺そのものだ。


ちなみに、「定年退食」で描かれたディストピア日本と、安倍自民党政権下の現実の日本には、一つだけ大きな違いがある。

テレビで「定年」の前倒しを宣告する首相は、次のように語っていた。

情において忍び難きこと、多言を要しません。しかし…
現在、人類がさらされております未曾有の危機に思いをいたせば…
氷の如く冷徹なる理性的行動!
今や、それだけが人類を救う唯一の道なのであります。

二次定年をこえられたかたがた、あなたがたの運命は
やがてはわれわれのものでもあるのです

各位、御自愛あって 一日も長く…
実り多い人生を全うされんことを……祈ります。

「定年退食」での支給打ち切りは、宣告している当の首相をも含め、誰もが平等に受け入れなければならない運命なのだ。一方、年金支給年齢の先延ばしは、もともと年金など必要としない富裕層にだけ満額支給する(先延ばしできない困窮者ほど支給額を削られる)ということだ。しかも、安倍をはじめ、政策を決定する者たちの議員年金は対象外である。

自分たちが支持し、権力を与えている代物の正体が何なのか、「普通の日本人」は殺されるまで気がつかないのだろうか。

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