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自衛隊幹部たちのアジア太平洋戦争認識が阿Qの精神勝利法レベルというのはあまりに情けない

PRESIDENT Onlineに「防衛問題研究家(桜林美佐)」が3人の自衛隊元幹部(小川清史 元自衛隊陸将、小野田治 元自衛隊空将、伊藤俊幸 元自衛隊海将)にロシアのウクライナ侵攻や台湾問題について聞く、という記事[1]が載っているのだが、この中で彼らが語っているアジア太平洋戦争認識が唖然とするほどひどい。

【小川(陸)】大東亜戦争(1941~1945年)を例にあげると、アメリカの主な戦争目的は「中国の市場を獲得したい」「フィリピンの植民地を保持したい」それから、「ヨーロッパ正面をドイツの好きにさせない」という3つほどでしょう。

それを評価すると、フランスがドイツに完敗したヨーロッパ正面については、せいぜい引き分け程度。残り2つの目的は達成できていません。つまり、アメリカの目標達成は1分け2敗です。戦争に勝ちにいった結果でそうなってしまった。

一方で日本が目的としたのは、「ロシアの南下を止めたい」、これは江戸時代から変わりません。次に「植民地を解放したい」と「自由貿易体制の確立(ポツダム宣言にも記述あり)」、これは資源がない日本にとっての活路です。そして「民族間の差別撤廃(ヴェルサイユ条約に記述を主張するも却下)」の大きく4つだったのでしょう。

実はこれらの目標は大東亜戦争以降にほぼ達成しているんです、結果的に。つまり、日本の目的達成としては4勝0敗です。

いやまあ、これはもう、どこから突っ込んでいいかわからないほどひどいw

そもそもアジア太平洋戦争を「大東亜戦争」などと呼んでいる時点で彼らの歴史認識の程度はお察しなのだが、まず彼らはアジア太平洋戦争と第二次世界大戦の区別がついていない。日本が米英に奇襲攻撃を仕掛けて始まったアジア太平洋戦争は、第二次世界大戦の一部ではあるが、その名のとおりアジア(中国・東南アジア)と太平洋を戦域とする戦争であって、ヨーロッパ戦線は含まれない。

だから「ヨーロッパ正面をドイツの好きにさせない」はアジア太平洋戦争におけるアメリカの戦争目的ではないし、仮に一億歩譲ってこれを含めたとしても、結局ナチスドイツは壊滅したのだから「せいぜい引き分け」どころか完全勝利だろう。

「フィリピンの植民地を保持したい」もデタラメ。アメリカは既に1934年の時点で10年後のフィリピン独立を約束しており、何もなければ1944年にフィリピンは独立するはずだった。実際の独立は1946年になったが、2年遅れたのは日本がフィリピンを戦争に巻き込んだからである。

ではアジア太平洋戦争におけるアメリカの戦争目的は何だったのか。実際の戦争の経緯が示すとおり、それはアジア太平洋地域から日本という脅威を一掃することだろう。そしてこれには完全に成功した。いや、単に敵国日本を打倒しただけでなく、その後70年以上も経った現在に至るまで、アメリカの言うことには何一つ逆らえない従米国家に改造できてしまったのだから、人類史全体を見渡しても稀な完全以上の勝利と言える。

日本側の戦争目的と称するものもデタラメ。

まず「ロシアの南下を止めたい」だが、当時ソ連はナチスドイツとの血みどろの戦争で国家存亡の危機にあり、南下するどころではなかった。だいたい、ソ連にそんな余裕も意志もないことを確信したからこそ日本は南に向かい、米英との戦争に踏み切ったのだ。

「植民地を解放したい」もデタラメ。

外向けのプロパガンダとして何を言っていたかはともかく、実際の国策である「大東亜政略指導大綱」(1943年5月御前会議決定)には、当時欧米の植民地だった東南アジア諸国のうち、マレーシアとインドネシア主要部(スマトラ島、ジャワ島、ボルネオ島、セレベス海域)は、解放どころか日本の領土に編入してしまうという方針が明記されている。ニューギニア等の地域もいずれ日本領にするつもりだった。ビルマとフィリピンは独立させるとしていたが、「この独立は軍事、外交、経済等にわたり帝国の強力なる把握下に置かるべき独立なる点特に留意を要する」としており(1942年8月「軍政総監指示」)、解放などではなかった。これは南方にも「満洲国」を作りたかったのだと考えればわかりやすい。

そもそも、日本が本当に植民地は解放すべきという崇高な理念を持っていたのなら、まず自国の植民地である朝鮮と台湾を解放して世界に範を示せばよかったではないか。これなら戦争などしなくてもすぐできるのだから。

「自由貿易体制の確立」は「大東亜共栄圏」のことを言っているのだろうが、これは日本を盟主とする日本のためのブロック経済圏であって自由貿易体制などではない。「民族間の差別撤廃」も、朝鮮人や中国人を差別しまくっている奴がどの口で言うのか、で終わりである。

結局彼らは、結果として第二次世界大戦後に植民地の独立や人種差別の撤廃、自由貿易などが進展したのを、事実を捻じ曲げて日本のおかげだったと強弁しているだけだ。実際の戦争目的など何一つ達成することなく壊滅した大日本帝国が「4勝0敗」だったなどと言うのは、惨めな現実を「精神勝利法」で解釈し直してプライドを保っていた阿Qと同じである。

過去を直視できない者は今の現実をも直視できず、もちろん未来など見通せない。

こんな程度の者たちが幹部では、自衛隊は中国どころか、どこの国と戦争になっても敗けるだろう。

[1] 「アメリカは「1分け2敗」、日本は「4勝0敗」…元自衛隊陸将が解説する大東亜戦争の"意外な勝敗" 」 PRESIDENT Online 2022/8/4