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歴代山口組組長の爪の垢でも煎じて飲め

また、阪神淡路大震災の日がめぐってきてしまった。

1995年1月17日に発生したこの大惨事の被災者に対して、当時国会議員だった石原慎太郎が積極的に何か支援をしたというような話は聞いたことがない。

しかしこの男は、この災厄をおのれの主張のネタとして利用することだけは、しっかりやっている。

都知事選三選後の2007年4月8日、石原は防災策に関してこう述べた。(2007/4/9, asahi.com)

 石原慎太郎氏は8日夜の会見で防災策に触れ、「神戸の地震の時なんかは(自衛隊の派遣を要請する)首長の判断が遅かったから、2000人余計に亡くなったわけですよね」と発言した。阪神大震災被災地で反発が出ている。

 震災時の兵庫県知事、貝原俊民氏(73)は「石原さんの誤解。たしかに危機管理面で反省はあるが、要請が遅れたから死者が増えたのではない。犠牲者の8割以上が、発生直後に圧死していた」と反論する。

 震災後に同県の初代防災監を務めた斎藤富雄副知事(62)は「全く根拠のない発言で、誠に遺憾。将来の備えのためにも、過去の災害を適切に分析してほしい」。神戸市に次ぐ被害を受けた同県西宮市の震災時の市長、馬場順三氏(81)は「震災を実際に体験していないから言える発言ではないか」と語った。

詳しくは「阪神淡路大震災を振り返る」さんの記事を見て欲しいが、「首長の判断が遅かったから」も「2000人余計に亡くなった」もウソ。徹頭徹尾ウソで固めた誹謗中傷である。

ところで、災害から都民を守る最高責任者であるはずの都知事閣下が、大震災をネタにデマを垂れ流すことしかできないという醜態を晒している一方で、神戸に総本部を持ち、市民とともに被災した「広域暴力団」山口組は、震災当日から目覚しい救援活動を行っている。猪野健治『山口組概論』(ちくま新書 2008)から引用する。

 山口組の暴対法訴訟取り下げの理由となった阪神大震災だが、その時の山口組の救援活動についてはあまり知られていない。

 山口組の救援活動は、総本部駐車場の一角にある井戸の水を近所に配ることから始まった。 地震発生からまだ数時間しか経っていなかった。ちなみに、当時の村山総理が地震発生二時間後にその報告を受けた頃には、見舞いの品を持参した直系組長たちが山口組総本部に到着していた。震災当日の午後には司忍弘道会会長(当時)もヘリコプターで総本部入りし、道路のどの進路が救援物資を運ぶのに早いかを視察している。

 口コミで噂はたちまり広がり、総本部前には行列ができた。山口組はただちに、傘下組織に救援物資の調達を指令した。かくて、日本全土からトラック、ヘリコプター、大型クルーザーなどあらゆる手段で一日一万食以上の食料と救援物資が昼夜を問わず総本部に届けられる。山口組の友好団体からも膨大な救援物資が届けられた。

 一日二回の配給時には総本部周辺に常時2000人以上の被災者が並び、その行列は500メートルに及んだ。物資は一般食品から乳児の離乳食、正露丸など薬品、お年寄り用の紙おむつ、女性の生理用品まであり、行政にはマネのできない気の配りようだった。使い捨てカイロだけでも約10万人が暖をとった計算になる。救援活動は物資を配るだけにとどまらず、神戸市内の避難所、病院をはじめ神戸市内の被災全域に広げられる。

 野球帽にジャンパー、ニッカボッカ姿で自身がバイクを走らせ、避難所に救援物資を運ぶ渡辺五代目に何度もお礼をいう老女もいた。渡辺組長は被災者に「社長」と呼ばれており、その身元を明かすことを極力避けた。

 栄公園での炊き出しでは、山口組系の本職のてきやが大規模な屋台を設営し、開店の日だけで2000人の行列ができた。同様の炊き出しボランティアは神戸に10か所近く設けられ、渡辺五代目もこの屋台村にはたびたび足を運んでいる。学生や自治会のボランティアたちは 「社長」やその配下の身分は先刻承知していたが、誰もが被災者であり、その身分を問うものなど皆無だった。

 神戸周辺に本部を構える直系組長たちは二四時間の「自警団」活動などで自主的に動いた。そのなかには自ら被災した組長もいた。山健組は地元自治会の要請で店舗あらしや婦女暴行などを防ぐため、巡回警備を行なったが、その際、装備した金属バットなどは住民の差し入れによるものだった。総本部前に掲げられていた「暴力団追放」の大きな看板は自治会によって、その時取り外された。屋台村の撤退の噂を聞きつけた自治会代表は総本部へ「せめてガスが復帰するまで続けられないか」と陳情した。

 山口組総本部が直接扱った物資だけで金額に換算して11億円以上に上った。その機動力は圧倒的で、警察にさえ「ここまでやるとは思わなかった」と言わしめた(ちなみに08年の四川大地震に日本政府が送った義援金は約五億円、米国にいたっては五千万円だった)。 「暴力団山口組はいち早く救援物資を無料配布。政府関係者にバツの悪い思いをさせた」(『ニューヨークタイムズ』)などと外国メディアが伝えてはじめて、日本の有力紙は諸外国の現地紙が報じた内容を外電で伝えるという“良識”をみせた。一方で、救援現場での市民の声を黙殺して「売名行為」とのレッテルを貼ることには余念がなかった。

 山口組は、かねてから大災害の被災地に救援物資を匿名で大量に送るなど、被災民への救援活動を継続して行なってきた。田岡三代目の意思によるものだったが、新潟地震や山陰水害などことあるごとに配下たちは被災地へ救援物資を山積みしたトラックを走らせたが、マスコミは「人気取りか」と冷笑した。唇をかみ締めくやしがる若い組員に田岡は「いいことはいいことなんや」と励ましながら、〈心の中ではやはり寂しかった〉と自伝にある。これは、「山口組は暴力団ではない、任侠団体である」という田岡の信念であったのだろう。

 04年の中越地震でも、山口組は各市町村役場や学校での物資の無料配布所活動、無料屋台などを行っており、市民に大好評だったという。匿名での義援金提供や支援活動は数えればキリがないほどであるという。

 歴史の混乱期に、やくざは突然捨て身の行動をとり、光芒を放つ瞬間がある。「阪神淡路大震災」での救援活動もその一つかもしれない。

石原慎太郎と渡辺五代目ら山口組組長と、どちらが危機的状況におけるリーダーシップにおいて優れていたか、検討してみるまでもないだろう。いや、リーダーシップだけではない。人としてのあり方、人格においても同じだ。

慎太郎よ、歴代山口組組長の爪の垢でも煎じて飲んだらどうか?


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