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小林よしのり徹底批判(10)南京には便衣兵などいなかった

「便衣(biànyī)」とは、中国語で軍服ではない民間人の服装を指す。つまり「便衣兵」とは、平服を着たまま戦闘行動を行うゲリラ兵を意味する。

しかし、当時の南京にゲリラなどいなかったことは、南京大虐殺について多少なりとも調べたことのある人にとっては常識と言っていいだろう[1]。

(略)「便衣兵」とは民間人の平服を着用して、単独または小グループでゲリラ的な戦闘行動をおこなう戦闘者のことで、民兵や義勇隊もこれに属した。上海戦においては市民や学生も抗日戦に参加し、そのような「便衣兵」や「便衣隊」が存在したが、南京においては、そうした民衆の側の武装組織はなかった。南京で日本軍が「便衣兵」とみなしたのは、戦闘意欲を失って武器と軍服を捨てて市民や難民のあいだに逃げこんだ敗残兵であって、本来の「便衣兵」ではなかった。

ところが小林ら右派は、何とかして南京にも便衣兵がいたことにしようとする。それはそうだろう。南京における虐殺被害者の大きな部分を「便衣兵狩り」で狩り出された敗残兵や兵士と誤認された民間人が占めている以上、南京にも便衣兵がいた(そして日本軍に脅威を与えていた)ことにしなければ、大虐殺の存在とその犯罪性を否定しようがなくなるからだ。
 
では、どうやって南京における「便衣兵狩り」被害者の殺戮を正当化するのか、『戦争論』における小林の手法を見てみよう。これがなかなか傑作なのである。

まず小林は、徹底的にゲリラを卑怯者扱いする[2]。

この戦いは 近代戦の歴史の中でも 日本が初めて経験した 便衣兵との戦いであった

便衣兵――つまりゲリラである

軍服を着ていない 民間人との区別がつかない兵である

国際法では ゲリラは殺してもよい

ゲリラは 掟破りの卑怯な手段だからである

もちろん国際法はゲリラは卑怯だから殺してよいなどとは言っていないのでこれだけでも噴飯モノなのだが、次はもっとすごい。

昔見た映画のシーンに こんなのがあった

日本兵が大陸の田畑の中の道を歩いていると……

むこうから来る農民とすれ違う

気軽にあいさつを交わし たわむれに作物をかじる

すれ違ってしばらく経った時…

後ろから農民たちが撃ってくるのだ!

彼らは農民に化けた便衣兵だったのだ!

それって、映画だろう…(呆

だったら逆に、中国の抗日映画に出てくるシーンを根拠に日本軍の残虐性を主張したら小林が何と言うか、聞いてみたいものだ。
 
そして、これもデタラメな呉淞桟橋での襲撃事件などでさらにゲリラへの憎悪を煽っておいて、南京での「便衣兵」をこう描写する[3]。

あの南京事件の時 国民党軍の兵がどんな有様だったのか 「ニューヨーク・タイムズ」のダーディン記者が記事にしている 次のように…
 
 一部隊は銃を捨て軍服を脱ぎ 便衣を身につけた。
 記者が十二日の夕方、市内を車で回ったところ、一部隊全員が軍服を脱ぐのを目撃したが、それは滑稽といってよいほどの光景であった。
 多くの兵士は下関シャーカンに向かって進む途中で軍服を脱いだ。
 小路に走りこんで便衣に着替えてくる者もあった。
 中には素っ裸となって 一般市民の衣服をはぎ取っている兵士もいた。
 軍服とともに武器も遺棄されて 街路は小銃・手榴弾・剣・背囊・軍服・ヘルメットでうずまるほどであった。
 
兵が同胞の一般市民の服をはぎ取って化ける!
なんという卑劣さ…!

「卑劣」もなにも、引用されている記事の中身を見れば、兵たちは軍服だけでなく武器まで洗いざらい捨てているではないか。戦闘意欲を失い、武器を捨て、ただ逃げ隠れしているだけの元兵士たちはゲリラなどではあり得ない。単なる敗残兵・逃亡兵である。引用部分にこう書いてあるのに、小林が描く無根拠な絵面と断定的な論調に引きずられて南京にも便衣兵がいたと思い込んでしまうような人は、読解力にかなり問題のある「純粋まっすぐ君」だろう。

ちなみに、普通に考えれば、国民党軍の兵士たちは逃げ隠れなどせず投降すればよかったはずである。しかし、当時の日本軍は、投降すれば命を助けてくれるような「普通の」軍隊ではなかった。第114師団歩兵第66連隊第1大隊の戦闘詳報にはこうある[4]。

[12月12日午後]

 第三中隊方面は大なる抵抗を受くることなく予定の通り進捗せり
 午後七時頃手榴弾の爆音も断続的となり概ね掃蕩を終り我が損害極めて軽微なるに反し敵七〇〇名を殪たおし捕虜一、五〇〇余名及多数の兵器弾薬を歯獲し該方面に遁入南門城扉を鎖され退路を失いし敵を城壁南側「クリーク」の線に圧迫し殆んど殲滅し其策動を封ずるを得たり
 最初の捕虜を得たる際隊長は其の三名を伝令として抵抗断念して投降せば助命する旨を含めて派遣するに其の効果大にして其の結果我が軍の犠牲を尠すくななからしめたるものなり
 捕虜は鉄道線路上に集結せしめ服装検査をなし負傷者は労はり又日本軍の寛大なる処置を一般に目撃せしめ更に伝令を派して残敵の投降を勧告せしめたり
 
一般に観念し監視兵の言を厳守せり

(略)

[12月13日午後]

 午後二時零分聯隊長より左の命令を受く

   左 記

 イ、旅団命令により捕虜は全部殺すべし
   其の方法は十数名を捕縛し逐次銃殺しては如何

(略)

 午後三時三十分各中隊長を集め捕虜の処分に附意見の交換をなしたる結果 各中隊(第一第三第四中隊)に等分に分配し監禁室より五十名宛連れ出し、第一中隊は路営地南方谷地 第三中隊は路営地西南方凹地 第四中隊は露営地東南谷地附近に於て刺殺せしむることとせり

 但し監察室の周囲は厳重に警戒兵を配置し連れ出す際絶対に感知されざる如く注意す

 各隊共に午後五時準備終り刺殺を開始し概ね午後七時三十分刺殺を終り 聯隊に報告す

 第一中隊は当初の予定を変更して一気に監禁し焼かんとして失敗せり

 捕虜は観念し恐れず軍刀の前に首を差し伸ぶるもの 銃剣の前に乗り出し従容とし居るもありたるも 中には泣き喚き救助を嘆願せるものあり 特に隊長巡視の際は各所に其の声起れり

「投降すれば殺さない」と宣伝して多数の捕虜を得たのに、翌日にはこの捕虜たちを有無を言わさず皆殺しにしてしまったわけだ。これでは、たとえ民間人から略奪してでも便衣に着替えて隠れようとするだろう。

「卑劣」とは、こういう行為のことを言うのではないのか?
 
[1] 笠原十九司 『南京事件』 岩波新書 1997年 P.170-171
[2] 小林よしのり 『新ゴーマニズム宣言SPECIAL 戦争論』 幻冬舎 1998年 P.118-119
[3] 同 P.128-129
[4] 南京戦史編集委員会編 『南京戦史資料集』 偕行社 1989年 P.667-674

 

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