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小林よしのり徹底批判(11)卑怯な便衣兵ならここにいる

歴史認識

■ 侵略軍に抵抗するゲリラは卑怯者ではない

前回記事でも述べたように、小林は、とにかくゲリラを卑怯者扱いしようとする[1]。

この戦いは 近代戦の歴史の中でも 日本が初めて経験した 便衣兵との戦いであった

便衣兵――つまりゲリラである

軍服を着ていない 民間人との区別がつかない兵である

国際法では ゲリラは殺してもよい

ゲリラは 掟破りの卑怯な手段だからである

確かに、日中戦争時点で戦時国際法として成立していたハーグ陸戦条約(1899年及び1907年)では、ゲリラには正規兵のような権利(捕虜資格)は与えられていない。しかし、それでもハーグ条約前文(マルテンス条項)が述べるように、彼らに対しても「文明国の間に存立する慣習、人道の法則および公共良心の要求より生ずる国際法の原則の保護および支配の下に立つこと」が求められており、裁判もなしに勝手気ままに殺してよい、などという扱いではない。

そして第二次大戦後になると、まずジュネーヴ捕虜条約(1949年)において、占領地域で行動する組織的抵抗運動団体構成員にも一定の条件下で捕虜資格が認められるようになった。続いて1977年の第一追加議定書では正規兵力と不正規兵力の区別自体が廃止され、民族解放戦争や抵抗運動に従事する者については「交戦に従事している間、または攻撃開始に先立つ軍事展開に従事しているとき敵に見られている間、武器を公然と携行すること」が戦闘員の条件とされた。さらに、この条件が満たせない場合であっても、「ジュネーヴ捕虜条約と第一追加議定書が捕虜に与える保護と同等の保護を与えられる」ことになった。[2]

戦時国際法がこのようにゲリラの権利を認める方向に発展したのは、ゲリラ戦が、圧倒的な軍事力を持つ侵略国や植民地宗主国に対する人民の正当な抵抗手段として認められたこと、またそのような戦いによって独立を勝ち取った諸国家が国際社会において発言力を持つようになったことを反映している。ゲリラが「掟破りの卑怯な手段」なら、このような国際法の変化発展はあり得ない。

ちなみに、ゲリラとは違い、傭兵は今でも国際法上正当な戦闘員としての資格を認められていない。傭兵は職業的殺人者などと同じ、カネ目当てで戦闘(=人殺し)を請け負う卑怯者だからである。

■ 卑怯な便衣兵ならここにいる

日本による侵略に抵抗した中国人民の場合も含め、ゲリラは卑怯な存在などではない。しかし、次のような場合はどうだろうか[3]。

 便衣(軍服や礼服でない、中国人の普段着)を着用した大部隊が、山東省中部の村々をしらみつぶしに襲っていたのがこのときだ。「衣」師団(注:第59師団)の一部が、「天皇陛下から賜わった軍服」のかわりに便衣を着用するようになったのは、前年(昭和19年)の「一九夏山東作戦」のとき以来であるが、「二○春山東作戦」のころにはこれがまったく一般化していた。そのひとつの理由は「そうすれば皇軍も一見中国軍と間違えるので、中国人民の心をつかみ、彼らからの情報を得やすく、敵を撹乱できるのではないか」と思われたからであった。(略)

 しかしこの皇軍「便衣隊」は、服装だけが中国式だっただけではない。これでは皇軍内部でも階級の見分けさえできないことになる。そこで将校以上はソフト帽(中折帽)、下士官以下兵卒まではお椀帽をかぶって見分けることにした。いずれも中国人からの略奪品であることはいうまでもない。西欧流の中折帽は、中国の金持ち階級の問で当時ちょっとした流行になっていたのである。また皇軍は一般に小銃の弾薬箱を用いており、中国軍のように肩からかける弾帯は使用しなかったが、これを携帯したりして八路軍を装うことにした。(略)

 しかしコトバの問題がどうしても残る。「衣」師団の折田貞重情報参謀は戦後、「通訳は宣撫工作の尖兵であり、重要な情報員である。当時の通訳は能力が低く、軍の威を借りて悪事を働くことが多いので、民心の離反を招き、従って正しい情報が入手できない。よって師団将兵全員に中国語を習得させ、そのなかから通訳を選ぶこととし、所在住民の民心把握に基づく情報収集を奨励した」(防衛庁編『北支の治安戦(2)』)と回想している。全員習得はとうとう実現しなかったが、「衣」には確かに中国語の上手なものが多かった。「二○春山東作戦」では農民と中国語で話すことにし、できない者はまったく私語を禁止して、中国人民に皇軍であることを悟られないように「芝居」をうった。地域差が大きい中国語は、多少ぎこちなくても他地域の者とみられて怪しまれない。この作戦には「衣」師団数千人が参加、南北に帯状に並んで、新泰県から東平県にいたる各村を荒らし回った。

侵略国側の将兵が軍服を脱いで便衣に着替え、身分を隠して情報収集や撹乱工作に従事していたのだ。小林はこちらの卑劣極まりない「便衣兵」をこそ非難すべきだろう。
 
[1] 小林よしのり 『新ゴーマニズム宣言SPECIAL 戦争論』 幻冬舎 1998年 P.118
[2] 松井芳郎他 『国際法』 有斐閣 1993年 P.293-294
[3] 本多勝一・長沼節夫 『天皇の軍隊』 朝日文庫 1991年 P.340-342

 

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