まずは、つい無視されがちな前提条件をおさらい。
朝鮮戦争は終わっていない
日本では、朝鮮戦争はとっくに終わったかのように思われているが、実際には1953年に休戦協定が結ばれただけで、その後「最終的な平和解決」となるはずだった平和条約はいまだ締結されておらず、今も不安定な「休戦」状態が続いている。しかもアメリカが休戦協定に違反する核兵器の持ち込みや大規模軍事演習を繰り返した結果、この休戦協定さえほとんど有名無実化している。[1]
つい先月も、アメリカは韓国と合同で軍事演習を実施した。
北朝鮮のGDPは約161億ドル。対する米国は18兆ドル以上であり、北朝鮮はその千分の一にも満たない[2]。アジア太平洋戦争時の日米の国力差どころの話ではない。軍事力でも経済力でも比較にならない超大国アメリカに目と鼻の先で軍事演習を見せつけられる北朝鮮にしてみれば、お前などその気になればいつでもひねり潰せるのだぞ、と恫喝されているようなものだ。日本のマスコミは北朝鮮の「挑発」ばかり言い立てるが、客観的に見れば挑発しているのはアメリカ側である。
北朝鮮が求めているのは安全保障(=現体制存続の保証)
いったん全面戦争となれば、北朝鮮に勝ち目はない。ないどころか、一、二週間程度で壊滅させられるだろう。ではなぜ北朝鮮は、核実験や弾道ミサイルの発射実験など、開戦につながりかねない危険な行動を続けるのか。
現状のように米国に敵視されたままでは、「米国本土を攻撃できる核兵器」という抑止力を持たない限り現体制が生き延びることはできないと確信しているからだ。核を持たず、アメリカに敵とされた国は潰される。これがイラクやリビアという実例から北朝鮮が学んだ教訓なのだ。
北朝鮮の核開発は、アメリカを外交交渉のテーブルに着かせるための(ほぼ唯一の)カードにほかならない[3]。
(略)田巻氏※は「弾道ミサイル実験はあくまで米国へのメッセージ。北朝鮮は日本を相手にしていません」と喝破する。北朝鮮にとって、最大の脅威は同国の政権を崩壊させうる米国の存在であり、日本ではない。「北朝鮮は米国と交渉したがっており、一連のミサイル実験もそうした外交の一環なのです。勿論、核やミサイルの脅威を外交に使うことは批難されるべきことですが、北朝鮮が米国を脅威としており、自衛手段として核開発を進めている以上、圧力で核を放棄させることは不可能です」(田巻氏)。
では、北朝鮮は何を求めているのか。カギとなるのは、昨年7月に北朝鮮側が提示した条件だ。
「まずは、今なお休戦状態にある朝鮮戦争を終結させ、米国と北朝鮮との平和協定を締結することです。それに加え、(在韓米軍などが持つとされる)朝鮮半島の核の存在を全て明らかにすること、全ての核兵器および核に関する基地を検証可能なかたちで撤去すること、朝鮮半島の周囲に核兵器を配備しないこと、いかなる場合にも北朝鮮に対して核兵器による威嚇を行わないこと、核兵器を使用する権限のある部隊全ての韓国からの撤退を宣言すること、の5つです。これらが実現したら、北朝鮮側も核兵器の放棄に応じるとしています」(田巻氏)。
※「ピース・デポ」田巻一彦氏
だから、北朝鮮に核開発を放棄させるには、核なしでも潰されることはないという安全保障を与えるしかない。それなしでは、いくら制裁を強化しても核開発をやめさせることはできないだろう[4]。
モスクワ勤務から離れて久しいが、最近、久しぶりにこの教訓を思い出したことがあった。それは、北朝鮮の核開発問題をめぐるロシアのプーチン大統領の発言だ。
「北朝鮮は自国の安全が保障されたと思わない限り、たとえ草を食べてでも核開発をやめないだろう」
9月5日、訪問先の中国アモイであった記者会見での言葉だ。プーチン流の独特なレトリックだとか、関係のよい北朝鮮をかばう発言だとか思う人がいるかもしれない。だが、私は胸にストンと落ちた。というのも、この言葉に、北朝鮮に対するロシアの視点が凝縮され、的も射ていると思うからだ。
米韓の専門家らは、包括的な安保合意で核開発を放棄させる具体的な提案をまとめているという[3]。
「米国の国連大使を務めたトーマス・ピカリング氏や、韓国のムン・ジェイン大統領の外交・安全保障顧問を務めるムン・ジョンイン延世大学名誉特任教授など、そうそうたる面々がまとめた最新の提案として、『包括的安保合意で核の脅威を終わらせる』との論文が発表されています。その内容を要約すると、第一段階として、北朝鮮が核・ミサイル開発を凍結するかわりに、米韓合同演習を縮小していきます。さらに数年という期間で、北朝鮮が核関連プラントの解体を行い、それと同時に六か国協議の再開やエネルギー支援などを行っていきます。第三段階として、北東アジア非核地帯を設立し、拘束力のある形で、この地域での核兵器による攻撃や威嚇を禁止するプロセスを開始、非核化を完了させるというものです」(田巻氏)。
提案内容はおおむね妥当だと思うが、これに加えて、やはり朝鮮戦争を最終的に終了させる、拘束力のある平和条約の締結(要するに、アメリカが今後は手を出さないと確約すること)が必要だろう。それなしでは、何かのきっかけでプロセスが振り出しに戻ってしまいかねない。
軍事オプションはあり得ないし、あってはならない
やれば確実に死ぬことが分かっている北朝鮮側から戦争を仕掛けることはない。(ただし、北朝鮮が先に手を出したと偽装される恐れはある。)戦争になるとしたらアメリカからの先制攻撃があった場合だが、そうなってしまった場合、北朝鮮からの最優先攻撃対象となるのは韓国や日本の米軍基地だ。当然あるだけの核を投入するだろうし、周辺地域を巻き込んでどれほどの被害が出るか、想像もつかない。
軍事オプションなどあり得ないし、あってはならない。その方向に暴走しかねないトランプを制止することこそ、日本の役割だろう。
にもかかわらず、安倍はその正反対のことをやっている。
【北朝鮮問題】
— 名もなき投資家(一般市民)٩(ˊᗜˋ*) (@value_investors) 2017年9月7日
トランプ「あらゆる選択肢」「最終的には対話」
習近平「対話で平和的解決」
メルケル「平和的外交による解決しかありえない」
プーチン「政治的・外交的手段によってのみ可能」
ロイトハルト「今こそ対話の時期だ」
安倍晋三「異次元の圧力をかけるべきだ!」
どうしたらここまで愚かになれるのか?
安倍政権の存在こそが、日本の安全保障にとっての最大の脅威だ。
[1] Wikipedia 「朝鮮戦争休戦協定」
[2] GLOBAL NOTE 「北朝鮮のGDP・国民経済計算 統計データ」「米国の統計データ」
[3] 志葉玲 「【北朝鮮】核を放棄させる現実的な方法、専門家らが立案―自意識過剰な日本は冷静さを」 Yahoo!ニュース 2017/8/31
[4] 関根和弘 「北朝鮮問題をロシアの立場から考える 過去の取材ノートを手がかりに」 ハフポスト日本版 2017/9/9
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