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右派がこれほどまでに『はだしのゲン』を憎む理由

よりによって被爆地広島市の教育委員会が、『はだしのゲン』を来年度から使う平和学習教材から排除してしまった。

なぜなのか?

市教委の言い分によると、次のような理由だという。

東京新聞(2/18)

 「はだしのゲン」は小学校3年生向けの教材に掲載。家計を助けようと浪曲を歌って小銭を稼いだり、栄養不足で体調を崩した母親に食べさせようと池のコイを盗んだりするシーンが引用されている。家屋の下敷きになった父親がゲンに逃げるよう迫る場面も使われてきた。

 だが、13年度のプログラム開始後、市教委が設置した大学教授や学校長による会議が教材の改定を検討する中で、引用された漫画の場面が「浪曲は現代の児童の生活実態に合わない」「コイ盗みは誤解を与える恐れがある」などの指摘が出ていたという。

 市教委の高田尚志指導第1課長は「ゲンは市民に広く読まれており、市にとって大切な作品という認識は変わらない」としつつも、「漫画の一部を切り取ったものでは、主人公が置かれた状況などを補助的に説明する必要が生じ、時間内に学ばせたい内容が伝わらないという声があった」と説明。23年度版からはゲンの掲載をやめ、被爆者の体験を親族に聞き取って再構成した教材を使うという。


もちろんこんな「理由」は嘘である。

浪曲を歌って小銭を稼ぐ場面が「児童の生活実態に合わない」と言うが、やっていることは曲目が違うだけで現代のストリートミュージシャンと大差ない。今の小学生たちも広島駅周辺などでしばしば見かけているだろう。ゲンが何をしているのかなど、簡単に理解できるはずだ。

いや、仮に使われているのが現代の小学生には理解するのが難しい場面だったとしても、戦中から敗戦直後の話なのだからそんなことは当たり前だろう。こんなことを言い出したら歴史など教えられるものではないし、きちんと説明すればいいだけの話だ。「時間内に学ばせたい内容が伝わらない」という発言からは、平和教育などに時間をかけたくないという本音が垣間見える。

「池のコイを盗んだりするシーン」に至っては、そもそもゲンは鯉を盗んでいない。盗もうとしたが失敗して持ち主に叱られるのだが、病気で弱った母親に食べさせて元気にしてやりたいと説明し、一匹分けてもらうというエピソードだ。どこが「誤解を与える」というのか。


ではなぜ広島市教委は平和教材から『はだしのゲン』を排除したのか。

広島県出身の宮口治子参院議員(立憲民主党)によると、ゲンの削除はごく少数の教員だけの密室の作業で行われたという。

裏から手を回してゲンを削除させた連中がいたわけだ。

それは当然、各地の図書館からゲンを撤去させようとしているような連中の同類だろう。

彼らが『はだしのゲン』をこれほどまでに憎み排除しようとするのは、教育を通じてゲンを知り、興味を持った子どもたちが原作マンガを読むことを恐れるからだ。浪曲だの鯉だのはほとんどどうでもいいような場面に過ぎないが、子どもたちがしっかり原作を読めば、彼らやそのスポンサーたちの醜い正体に気づいてしまう。それでは困るのだ。


反省も恥も知らないこんな連中に好き勝手やらせておくと、いずれこの国は再び焼け野原の敗戦を経験することになる。