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読む・考える・書く

マスコミやネットにあふれる偏向情報に流されないためのオルタナティブな情報を届けます。

謝罪と反省なくして日本の安全保障はない

 ■ なぜ護憲派まで9条を変えようとするのか?

自民党をはじめとする極右反動勢力が自衛隊を国軍化して憲法の中に位置づけたがるのは当然だが、そうした極右に反対し、平和憲法を守ろうとする護憲派までもが9条を改変して自衛隊の存在を憲法に明記しようとするのはなぜなのか。

前回記事でも取り上げた東京新聞こちら特報部」[1]の中で、今井一氏がその理由を次のように語っている。

 「九条は人類の理想。百年後でも二百年後でも実現する努力は続けたいと思う。ただし、もう自衛隊の存在をあいまいにすることは許されない」。そんな今井氏が構想するのは、「専守防衛」の自衛隊を明記した新九条案だ。

 まず一項で侵略戦争を放棄。二項で個別的自衛権の行使としての交戦権を認めるが、集団的自衛権の行使は放棄する。三項で「前項の目的を達するために」と縛りをかけた上で自衛隊の保持をうたう。「米国の戦争に巻き込まれたくないが、日本が攻め込まれたら応戦するというのは国民多数派の意見ではないか」

 今井氏はこう言うが、彼が自衛隊保持を9条に加えようとする理由は、それが「国民多数派の意見」だからというだけではないだろう。恐らく彼自身、「日本が攻め込まれたら(=外国が攻めてきたら)どうするのか?」というシンプルだが本質的な問いに対する答(「自衛隊で応戦する」という以外の)を持っていないのだ。だから右傾化に流れる「空気」の中、自信を持って現9条を守れという原則論が言えないのだ。

 ■ 中国が攻めてくる?

では、この「問い」にはどう答えればいいのか?

まず、そもそも「もしどこかの国が攻めてきたら」などという具体性を欠いた仮定の議論をしても仕方がない。こう聞かれたら、「いったいどこの国が攻めてくるというのか?」と問い返さなければならない。

そう問い返せば、今なら真っ先に「中国」という答が帰ってくるだろう。それも、「そんな当たり前のことをなぜ聞くのか!」というくらいの勢いで。

中国に関するありとあらゆるニュースに常に負のバイアスをかけて流すマスコミ、ネトウヨの妄想に満ちたネット空間、そんな情報にばかりさらされ続けていたらそう思えてくるのも無理ないのかもしれないが、冷静に考えて中国に日本を侵略する理由などあるだろうか?

 ■ 中国に日本を侵略する合理的理由はない

まず、日本には戦争を仕掛けてまで手に入れたくなるような資源は何もない。

では領土か? しかし、中国の平均的な省二つ分程度の面積しかなく大半が山岳地帯の日本に大した魅力はないだろう。太平洋に直接アクセス可能な軍事基地が得られるというメリットはあるが、それが目的なら日本ではなく台湾でもいいし、この程度の利点では侵略行為に必然的に伴う損失(後述)には引き合わない。

それとも、労働力としての日本人か? ずっと人口過剰に悩み、つい先日まで何十年も一人っ子政策をとってきた中国にこれ以上の人口は必要ない。おまけに、日本を占領などしたら、いきなり1億2千万人という、漢族に次ぐ巨大な民族集団を新たに内部に抱え込むことになる。わずか840万のウイグル族、542万のチベット族だけでも持て余している中国にそんな余裕はない。

中国が日本を侵略しても、得られるものはほとんどないのだ。

一方で、失うものは巨大である。(少なくとも建前上は)平和主義をとっている隣国に理由もなく武力侵攻して、たとえ国土の一部でも強奪するような暴挙に出れば、中国は国際社会での信用を一挙に失う。経済的にも外交上でも、莫大な損害を被ることになる。中国経済は世界市場との密接な結びつきがなければ維持できない。経済制裁などで国内が大混乱に陥れば共産党政権が暴力革命で打倒される怖れさえある。どこかの極右政権と違って中国政府はバカではない。そんな割に合わない行動に出るはずがないのだ。(注:中国がいま世界の中で孤立しているというのはネトウヨの妄想の中だけの話で、現実は違う。)

 ■ 護憲派も抱く「怖れ」

この程度のことは護憲派なら当然理解していなければならないことで、実際理解しているはずである。では、にもかかわらずなぜ彼らは「日本が攻め込まれることなどあり得ない」と「国民多数派」を説得しようとせず、逆に9条を改変してまで自衛隊を公認し、その戦力に頼る道を選ぼうとするのか。

そこには恐らく、ある種の「怖れ」があるのだろう。

前記のとおり、中国には日本と戦争する合理的理由はない。しかし、損得勘定を超えた非合理な領域にまで踏み込めば、話は違ってくる。

日本は、かつて何十年にもわたって中国への侵略を繰り返し、台湾や東北地方(いわゆる「満州」)など自国の何倍もある広大な領土を奪い、少なく見積もっても1千万を下らない人々を殺戮し、億を越える人民に塗炭の苦しみを味あわせた。南京大虐殺など、無数の暴虐事件の中の目立った一例でしかないのだ。

中国だけではない。朝鮮人からは国を丸ごと奪い、東南アジア諸国をも身勝手な戦争に巻き込んで甚大な被害を与えた。

そんな、東アジアに史上空前の大災厄をもたらした日本は、その後どうしたか?

いったん戦争に敗れると、昨日まで「鬼畜米英」と罵倒していたアメリカに媚びへつらい、与えられた「平和憲法」を盾に、「私たちは平和な国に生まれ変わりました」と言い出したのだ。被害者へのまともな謝罪も賠償もなしにである。その上、アジア侵略を推し進めた政治家や官僚連中が断罪されることも権力中枢から放逐されることもなく、平和平和と口にしながら「自衛隊」と呼ぶ戦力を着実に増強し続けている。そして今や、A級戦犯容疑者の孫であり、戦前の日本を「取り戻す」と言う極右が「国民多数派」の支持を得て政権を握っているのだ。

こんな相手の言う「平和主義」を、被害国は信用できるだろうか?

新9条を唱える護憲派は、中国をはじめとする被害国から日本が信用されていないことを知っているからこそ、「いざというときのための備え」としての自衛隊を手放せないのだろう。

■ 謝罪と反省なくして日本の安全保障はない

だが、いったん尖閣や南沙で自衛隊中国軍が衝突し、戦死者が出るような事態になれば、中国では一瞬にしてかつての「蝗軍」「日本鬼子」による侵略の記憶が呼び覚まされることになる。その結果、戦闘がどこまで拡大するかはまったく予想がつかない。少なくとも、安倍や自衛隊の幹部連中(田母神と同レベルの)が目論んでいるような、中国軍に一撃を加えて撃退し有利に紛争終結、といった安易なシナリオ通りに行かないことだけは断言できる。

そして、万一全面戦争となれば、日本は絶対に中国には勝てない。自衛隊で国は守れないのである。(事態がそこまで悪化すれば中米戦争に発展する可能性もあるが、その場合、戦場になるのは日本である。)

ではどうすればいいのか?

日本にとって、周辺被害国からの信頼を勝ち取る以外に、将来にわたって国の安全を保障する確実な手段はない。そして、過去の侵略戦争に対する謝罪と反省なしに、被害国からの信頼はあり得ない。

まず、偶発戦争を防ぐための緊急対策として、尖閣に関する棚上げ合意の存在を認め、中国との話し合いのテーブルにつくこと。また、自国と関係のない南沙諸島をめぐる争いには絶対に関与しないこと。

続いて、以下の一連の行動が必要である。

  1. かつての戦争および植民地支配の侵略性と、それに伴う数々の非人道的行為の法的および道義的責任を認め、被害各国人民に対して真摯かつあいまいさのない明確な謝罪をすること。
     
  2. 国家として被害実態の調査を行い、判明した被害者およびその遺族に対して、謝罪と十分な額の個人賠償を行うこと。賠償金は必ず政府が支払い、日本国の行為による被害に対する賠償であることを明示すること。
     
  3. 人道に対する罪に相当する行為の実行者、指揮命令者、政策決定者を徹底的に洗い出し、処罰すること。たとえ本人が既に死亡していてもその罪状を明らかにして公表すること。
     
  4. 二度と政治家に戦争責任・植民地支配責任を否定し、旧日本帝国の犯罪行為を正当化する類の妄言を許さないこと。
     
  5. 【2015/12/9追記】戦争と植民地支配の過程で行った非人道的行為の事実を教育内容に反映することによって、戦争責任・植民地支配責任に関する将来世代の意識を高めること。【追記終り】

 
このようにして、今の日本がかつての大日本帝国とは完全に絶縁し、真の平和主義国となったことを周辺被害国に納得してもらわなければ、日本の安全保障はない。日本という国が二度と過ちを犯さないことを証明できて初めて、「日本が攻め込まれる可能性」が完全に消滅するのだ。

ツケはかならず回ってくる。戦争責任問題を放置したまま軍事力で国が守れるなどと思うことこそ、平和ボケのお花畑なのである。

[1] こちら特報部 『平和のための新9条論』 東京新聞 2015年10月14日

 

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