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「そうだヘイトしよう!」 はすみとしこ本の嘘(2)在日は「する」ものではない

 

「そうだ在日しよう!」[1]のイラストには、緑色の韓国パスポートを持つ女性が描かれている。このパスポートをネタに、はすみはこう書く。

イラストの女性が持つ「緑色の何か」は、彼らの祖国のパスポート。彼らは日本人ではなく、日本国内に居住する「外国人旅行者」に過ぎない。

寝言は寝て言え、としか言いようのない妄言である。

在日コリアンは、今では六世まで生まれているという。当然ながら、二世以降の在日はこの日本の地で生まれ育ち、生活を営んでいる。日本が故郷であり、生活の場でもある彼らが「外国人旅行者」などであるはずがない。それすら理解していないのなら、はすみに在日に関して何かを言う資格などないし、わかっていてやっているなら確信犯の差別扇動者である。

はすみのイラストでは、まるで韓国人の旅行者が思いつきで在日を「する」ことができるかのようだが、そんなことはできはしないのだ。

 

そもそも、代々百年にもわたって日本に居住している在日コリアンに、なぜ日本国籍がないのか?

朝鮮半島から日本に渡ってきた当時、彼らは大日本帝国臣民であり、日本国籍を持っていた。内地に住む朝鮮人には選挙権も被選挙権もあり、国会議員さえいた。

ところが敗戦後の1945年12月、日本政府は選挙法を改正し、「戸籍法の適用を受けざる者*1の選挙権および被選挙権は、当分の内これを停止す」として、まず彼らの参政権を奪った。続いて1947年5月2日(日本国憲法施行の前日)に出した最後の勅令「外国人登録令」によって、「台湾人および朝鮮人は、この勅令の適用については、当分の間、これを外国人とみなす」と定めた。そして1952年4月28日にサンフランシスコ講和条約が発効すると、この日から旧植民地出身者は日本国籍を喪失し、外国人になったものと決めてしまったのである。しかもこの決定は、法律や国会決議によるものですらなく、法務府(現在の法務省)の官僚が出した一片の通達*2によってなされた。この間、当事者である在日には発言権も選択肢も一切なかった。[2]

この日本政府のやり方の異常さは、ドイツの場合と比べるとよく分かる[3]。

 朝鮮の独立は、しかし日本と朝鮮との関係で達成されたのではなく、日本の敗戦の結果として実現したのである。その点は、ドイツの敗戦とオーストリアの独立が、日本によく似た事例といえよう。

 西ドイツ(旧)では、1956年5月、国籍問題規制法を制定して問題の解決をはかっている。それによると、併合により付与された「ドイツ国籍」は、オーストリア独立の前日にすべて消滅すると定めるとともに、一方で、ドイツ国内に居住するオーストリア人は、意思表示によりドイツ国籍を回復する権利をもつ、すなわち「国籍選択権」が認められたのである。

 

在日コリアンは、好き好んで「在日」し続けているのではない。一方的に国籍を奪っておいて、血統主義であるうえ原則として二重国籍も認めない国籍法を盾に、何世代居住し続けても日本国籍を与えようとしない日本政府によって、「外国人扱い」のまま「在日」させられているのである。

 

【2016/1/9追記】
ブコメで、在日コリアンから日本国籍を剥奪したのは連合国だと書いている人がいるが、これは誤り。アメリカの南朝鮮軍政庁に勤務したワグナーは『日本における朝鮮少数民族』(1951年外務省訳)で、「事情が許せば、朝鮮人は日本または朝鮮のいずれの市民権を選ぶかの、明確な選択権を与えられるであろう」と占領当局の考えを書いている。国籍剥奪方針が明らかになったのは占領も終りに近づいた1951年11月の国会答弁からで、明らかに日本政府による政策である。(田中『在日外国人』P.68-71)
【追記終り】

 

*1:内地居住の朝鮮人および台湾人のこと
*2:法務府民事局長通達(1952年4月19日民事甲438)

[1] はすみとしこ 『はすみとしこの世界 「そうだ難民しよう!」』 青林堂 2015年 P.4-5
[2] 田中宏 『在日外国人(新版)』 岩波新書 1995年 P.63-66
[3] 同 P.67-68

 

在日外国人 第三版――法の壁,心の溝 (岩波新書)

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Q&A 在日韓国・朝鮮人問題の基礎知識【第2版】

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