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昭和天皇の写真を燃やして何が悪い

あいちトリエンナーレ2019での企画展「表現の不自由展・その後」の件で、「平和の少女像」と並んで右派から集中攻撃されていたのが、昭和天皇裕仁の写真(をモチーフにした版画)を燃やす映像の展示だった。

この映像、実は富山県立近代美術館で展示されていた裕仁の写真を使ったコラージュ(大浦信行『遠近を抱えて』)が自民党議員や右翼の攻撃を受けて展示中止となり、そのうえ図録までもが焼却処分された事件[1] ―― つまり、実際に天皇の写真を焼いたのは富山県で、焼かせたのは自民党や右翼だった ―― への抗議を意図して制作されたものなのだが、もちろん頭の悪い右派にはそんな経緯など理解できないのだろう。

censorship.social

焼かれるべき絵:焼いたもの

版画を1/3くらい焼いたもの、版画を焼いて灰にするまでの経過を撮ったスナップ、実際の灰、富山県立近代美術館宛の嶋田さんからの手紙、富山県立近代美術館からの返信 1993 OTA FINE ARTS Collection

この作品は、「'86富山の美術」に出品された大浦信行の《遠近を抱えて》への検閲事件を契機に生まれた。まず版画作品《焼かれるべき絵》は、「無傷」のものと燃やされ半分ほどなくなったものが対になっている。さらに富山県立近代美術館へ抗議の意を示すアクションも付随し、そのトータルで作品を構成する。本展では、焼いた過程の写真、館へ送った灰や文章、封筒、返事なとども併せて展示する。
(略)
本作のモチーフは顔がないためわかりにくいが、その大元帥服から戦前・戦中・戦後と長く帝位に就いていた昭和天皇と推定できる。彼には戦犯追及の声もあったが、結局は逃れた。顔の剥落により、この像は誰でもないという匿名性も帯びる。戦争責任を天皇という特定の人物だけではなく、日本人一般に広げる意味合いが生まれるのだ。版画だけに「天皇像」は複数に増殖するが、これは日本人一般への責任の広がりの強調としても作用するだろう。

(アライ=ヒロユキ)

とはいえ(実際には違うが)、仮にこの映像が、単に何の背景事情もなく裕仁の写真を燃やしてみせる映像だったとして、その何が問題なのか?

この裕仁という男は、写真どころか生身の人間(しかも自分に忠誠を誓った「天皇の赤子」たち)がおのれの住居の目の前で10万人焼き殺されても戦争を止めようとせず、結局自国民を三百万人以上も死なせたあげく、敗戦後には戦勝国アメリカに媚びて自らの地位の安泰を図った卑怯者である。

さらには、その東京大空襲の指揮官カーチス・ルメイに自分の名で「勲一等旭日大綬章」まで与えている。

裕仁はごく控え目に言っても人でなしであり、それこそ「地獄に落ちろ」とはこの男のためにある言葉と言ってもいいくらいだ。

何度でも言うが、こんな男の写真を燃やしてみせることの何が悪いのか?

[1] コトバンク『富山県立近代美術館問題

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