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NNNドキュメント「南京事件 兵士たちの遺言」に難癖をつけた産経の「歴史敗戦」と問題の写真の件

番組内容を否定する根拠を何も示せない産経

前回記事でも書いたとおり、大虐殺否定派にとっては痛撃となったNNNドキュメント「南京事件 兵士たちの遺言」に何とかしてケチをつけようと、産経がこれを「歴史戦」で取り上げている

しかし、当然ながら番組の本筋である従軍日記の内容や現場にいた元兵士の証言を否定する根拠は示せないので、番組で紹介された写真に疑問を呈してみたり、とっくに破綻済みの「自衛発砲説」を持ち出すくらいしかできなかった。

【歴史戦】「虐殺」写真に裏付けなし 同士討ちの可能性は触れず 日テレ系番組「南京事件」検証

 昨年10月、日本テレビ系で放送された「南京事件 兵士たちの遺言」。元日本軍兵士の証言や当時の日記など「一次資料」を読み解きながら「南京事件」に迫った番組だ。そこで取り上げられた「写真」は真実を伝えているのだろうか-。 (原川貴郎)

 「一枚の写真があります。防寒着姿で倒れている多くの人々。これは南京陥落後の中国で、日本人が入手した写真といわれています。果たして南京で撮られたものなのでしょうか」

 女性ナレーターの説明とともに、川岸に横たわる人々の写真が画面いっぱいに映し出される。昨年10月、日本テレビ系で放送された「NNNドキュメント’15 シリーズ戦後70年 南京事件 兵士たちの遺言」の冒頭の一コマだ。番組は昭和12年12月の南京攻略戦に参加した歩兵第103旅団に属した元兵士らが書き残した日記に焦点を当てながら進行した。

(略)

 番組は最後に実際の南京の揚子江岸から見える山並みと写真の背景の山の形状が似ていることを示した。南京陥落後、旧日本軍が国際法に違反して捕虜を“虐殺”。元兵士の日記の記述と川岸の人々の写真がそれを裏付けている-そんな印象を与えて終わった。

 番組は今年6月、優秀な番組を顕彰するギャラクシー賞(特定非営利活動法人「放送批評懇談会」主催)の2015年度優秀賞(テレビ部門)を受賞した。だが、果たしてこれが南京陥落後の実相なのだろうか。

◆毎日新聞では「読者提供写真」

(略)

 番組を手がけた日本テレビ記者の清水潔は、8月に出版した『「南京事件」を調査せよ』(文芸春秋)で、写真は「戦時中にある日本人が中国で入手したというものだ」と説明した。

 だが、この写真は昭和63年12月12日、毎日新聞(夕刊、大阪版)がすでに掲載していた。読者の提供写真だったという。

 記事は「南京大虐殺、証拠の写真」との見出しで南京留学中の日本人学生が写真の背景と同じ山並みを現地で確認したとした。

 ただ、記事は被写体が中国側の記録に残されているような同士打ちや溺死、戦死した中国兵である可能性には一切触れず、「大虐殺」の写真と報道した。NNNの番組も中国側の記録に触れていない。

(略)

◆暴れる捕虜にやむなく発砲

 番組は昭和12年12月16、17日に南京城外の揚子江岸で、大量の捕虜が旧日本軍によって殺害されたと伝えた。この捕虜は南京郊外の幕府山を占領した歩兵第103旅団の下に同年12月14日に投降してきた大量の中国兵を指す。東中野は前掲の著書で、おおよそ当時の状況を次のように再現した。

 16日の揚子江岸での処刑対象は宿舎への計画的な放火に関与した捕虜だった。17日は第65連隊長、両角業作(もろずみ・ぎょうさく)の指示で、揚子江南岸から対岸に舟で渡して解放しようとしたところ、北岸の中国兵が発砲。これを日本軍が自分たちを殺害するための銃声だと勘違いして混乱した約2千人の捕虜が暴れ始めたため日本側もやむなく銃を用いた。

 17日には日本軍側にも犠牲者が出た。このことは捕虜殺害が計画的でなかったことを物語るが、番組はこうした具体的状況やその下での国際法の解釈には踏み込まなかった。

日本テレビからは即座に反論されてしまい、ぐうの音も出ない状態だ。

産経新聞 2016年10月16日付掲載
〈「虐殺」写真に裏付けなし〉記事について

(略)

 まず<「虐殺」写真に裏付けなし>という大見出しは事実ではありません。

(略)番組は写真について「防寒着姿で倒れている多くの人々」と説明したうえで、「実際の南京の揚子江岸から見える山並みと写真の背景の山の形状が似ていることを示した」と報じたものであり、虐殺写真と断定して放送はしておりません。にもかかわらず産経新聞の記事は「写真がそれを裏付けている-そんな印象を与えて終わった」と結論づけ、写真が虐殺を裏付けているという産経新聞・原川貴郎記者の「印象」から「虐殺写真」という言葉を独自に導き、大見出しに掲げました。55分の番組の終盤の一場面を抽出して無関係な他社報道を引用し、「印象」をもとに大見出しで批判し、いかにも放送全体に問題があるかのように書かれた記事は、不適切と言わざるをえません。

 そもそも、番組の主たる構成は、南京戦に参戦した兵士たち31人の日記など、戦時中の「一次史料」に記載された「捕虜の銃殺」について、裏付け取材をした上で制作したものです。

 これに対し、産経新聞の記事に一次史料は一切登場せず、事件から50年以上経過して出版された記録の引用や、70年後に出版された著作物の引用に基づいています。産経新聞の記事は揚子江岸での射殺場面について「暴れる捕虜にやむなく発砲」と見出しを付けて断定しました。内容はいわゆる「自衛発砲説」というもので「捕虜を解放しようとしたところ抵抗されたので射殺した」という証言です。これは1961年になって旧日本軍の責任者が語ったものであり、産経新聞の記事は2007年出版の「再現 南京戦」という著作物から引用しています。番組でも同じ証言の存在を具体的に紹介した上で、1937年当時の一次史料にはそのような記載がないことを伝えています。しかし産経新聞の記事はその放送事実に一言も触れておりません。

これに限らず、産経の「歴史戦」なるものは、とっくに敗北が確定している戦闘を勝った勝ったと仲間内向けに大本営発表しているだけの代物に過ぎない。

問題の写真の撮影場所は既に特定されていた

ところで、番組の終盤で撮影場所の特定が試みられている「防寒着姿で倒れている多くの人々」の写真は、産経も言及していたとおり1988年時点で既に撮影地点が確認されており、毎日グラフがその経緯を詳しく報じている[1]。もともとは、大阪市内に住む男性(報道当時91歳)が、日本軍による南京占領の翌年にあたる1938年4月に中国東北地方の新京(現・長春市)を訪れた際、街頭で中国人から入手した中の一枚だという。

 何人かの専門家に相談したところ、小山仁示・関西大教授(日本近代史専攻)から「愛知大学の江口圭一教授(日本近・現代史専攻)に相談してみたら」とアドバイスされた。連絡を取り、アルバムを送った。

 江口教授から「写真の鑑定は極めて困難」としながらも「ちょっと気になるのが一枚ある。拡大複写して何枚か送ってもらえれば、知人の中国人研究者などに問い合わせてみる」とのこと。さっそく送ったところ江口教授は、中国側の高興祖・南京大副教授▽楊正元・南京大虐殺記念館館長▽上海の復旦大学と南京の南京大学に留学中の日本人学生▽日本側の南京大虐殺研究家の藤原彰・元一橋大教授(日本近・現代政治史専攻)▽洞富雄・元早大教授(日本近・現代史専攻) らに手配して下さった。

 高副教授からすぐに「川は揚子江で、対岸の山並みは十里長山、写真左上部に写っている構造物は浦口のフェリーの桟橋。従って場所は明らかに南京だ」と回答があった。さらに、南京大に留学中の日本人学生(29)が、休日を利用して同じ日本人留学生と二人で南京市内を自転車で走り回って調べた。中国では軍事上の理由で写真撮影には神経質だが、コンパクトカメラで、揚子江のあちこちを撮っているうち、同市下関地区の「南京長江大橋」(全長6,772㍍)東詰め南側のコンクリート堤防上から対岸を見て「びっくりした」という。「山並みがピタリ一致するんです。この場所に自分がいることになんともいえない感動を覚えた」と留学生。

 藤原彰・元一橋大教授は「南京大虐殺に関する様々な写真をこれまでにも見てきたが、この写真は初めてだ。日本と中国の研究者が協力して撮影ポイントまで断定したことに感心するばかりだ。研究者にとってたいそう貴重な写真」と話している。

 写真は来春、小学館(本社・東京)から発行される「大系日本の歴史第十四巻 二つの大戦 ― デモクラシーとファシズム」に収録されるが、江口教授は「南京大虐殺の写真といわれるものは多いが、場所が南京と特定できるのは意外と少ない。当時の惨状をほうふつとさせる一級の写真で、後世に残したいと思って収録することにした」と語っている。

毎日グラフ掲載の写真は大判だがトーンが飛んでおり山並みの形が見えにくいので、江口氏の「二つの大戦」に掲載された写真[2]を見てみる。こちらを見ると、背景の山並みが一致していることがよく分かる。

このとき撮影場所とされたのは南京長江大橋の東詰め南側で、番組で特定された位置とぴったり一致している。中国の発展に伴いビルが増えて遠くが見通しにくくなってはいるが、奇しくも二十数年の時を経て再び撮影場所が確認されたことになる。

産経が言うような、中国軍の同士討ちその他の結果とする説には根拠らしい根拠がなく、横たわる遺体の数から見て、恐らく揚子江岸で何度となく繰り返された比較的小規模な虐殺の一つの跡だったのだろう。

[1] 中島章雄 「これぞ南京大虐殺!証拠の写真」 毎日グラフ 1989年1月1日号 P.30
[2] 江口圭一 「大系日本の歴史(14) 二つの大戦」 小学館 1993年 P.308

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