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「表現の不自由展」公金支出問題は大村知事の主張が全面的に正しい

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「あいちトリエンナーレ2019」の件で、日本国憲法を理解していない極右政治屋連中が、このような「反日的」企画に公金を使うのはおかしい、みたいなことを言っている。

 テロ予告や脅迫はそれ自体犯罪であり、そのような暴力的な方法で表現活動をやめさせようとすることは強く非難されるべきものです。さらに、今回とりわけ問題なのは、この展示会中止にむけての政治家の圧力です。8月2日に現地を視察した河村名古屋市長は「日本国民の心を踏みにじるもの」などと発言して企画展の中止を求めました。8月2日、菅官房長官もあいちトリエンナーレが文化庁の助成事業であることに言及したうえで、「補助金交付の決定にあたっては事実関係を確認、精査したうえで適切に対応していく」などと発言しました。

バカとしか言いようがないが、この国のマスコミは彼らの言い分を垂れ流すだけで適切な批判を加えないのだからどうしようもない。テレビに至っては、無知なコメンテーターが同じようなことを言って煽る始末だ。

こうした憂うべき言説に対して、大村秀章・愛知県知事がきっちりと反論している。

大村知事が言っていることは憲法解釈としてごく当たり前のことで、「表現の自由」の解説として教科書に載せていいくらいの内容だ。

digital.asahi.com

 愛知県内で開かれている国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」が中止されたことについて、実行委員会会長の大村秀章・愛知県知事が5日の定例記者会見で説明した。主な内容は次の通り。

(略)

■ 河村さんの発言、憲法違反の疑い濃厚

 「河村たかし・名古屋市長から文書をいただきました。『表現の不自由という領域ではなく、日本国民の心を踏みにじる行為であり許されない。厳重に抗議するとともに、展示の中止を含めた適切な対応を求める』と。要は行政の立場を超えた展示が行われていると。そして(日本維新の会の)杉本和巳衆院議員の名前で、作品を特定して『不適切であり、展示中止を求めます』と。どちらも判が押されているので、公文書でしょう。これについて、私の考えを申し上げたい」

 「今回の河村さんの一連の発言は、私は憲法違反の疑いがきわめて濃厚ではないかと思っています。憲法21条は『集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する』。第2項では『検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない』。このポイントは、国家があらかじめ介入してコントロールすることはできない。公権力が思想の自由を判断することすら許されていない。既存の概念や権力のあり方に異論を述べる自由を保障する。要は公権力が思想内容の当否を判断すること自体が許されていないのです、というのが定説なんでしょう。それが憲法21条に書いてあります。(略)

■ 税金でやるからこそ表現の自由を

 「行政、国、県、市。公権力を持ったところだからこそ、表現の自由は保障されなければならない。そうじゃないんですか。税金でやるからこそ、表現の自由は保障されなければいけない。この内容は良くて、この内容はだめだと言うことを、公権力がやることは許されていないのではないでしょうか。国だけじゃなく、県も市も、公権力が、この内容は良くてこの内容はだめだと言うのは、憲法21条からして、違うのではないでしょうか」

 「『国の補助金をもらうんだから国の方針に従うのは当たり前だろ』と平気で書いておられる方がいますけど、皆さん、どう思われますか、これ。本当にそう思いますか。私は全く正反対だと思います。税金でやるからこそ、表現の自由、憲法21条はきちんと守られなければいけないんじゃないでしょうか」

 「(略)河村さんは胸を張っていろんなところで言われていますけど、河村さんがこのあいちトリエンナーレ実行委員会の会長代行なんですね。市長で、市の代表です。市の負担金2億円を含む、こういう税金が使われるんだと。河村さんは市長として予算を出す、まさに権力者ですよ。公権力を行使される方です。公権力を持つ立場の方が『この内容はいい、この内容はだめ』と言うのは、憲法21条の『検閲』ととられても仕方がないのではないでしょうか。オーソドックスなのは事前検閲ですが、事後検閲だってありますからね。まさに『やめろ』と言っているんですから、そういうことになるのではないでしょうか」

■ 憲法21条を理解されていないのか

 「もう一つ、『日本維新の会の松井一郎代表から1日に電話があり、これでいいのかと言われた』と河村さんは言っておられますよね。松井さんからも再三、同じ趣旨の発言がなされています。(大阪府知事の)吉村洋文氏からも、『不信任すべきだ』というネットでの書き込みがありました。それでもって(杉本衆院議員の)この申し入れの文書でしょう。作品内容を特定して、『公的な施設が公的支援に支えられて行う催事として極めて不適切であり、即刻の展示中止を求めます』と。もう一度申し上げますね。憲法21条は『一切の表現の自由は、これを保障する。検閲は、これをしてはならない』。日本維新の会は、憲法で保障された表現の自由を認めない方々なのか、憲法21条を理解されていないのかと、思わざるを得ない。そのことは強く申し上げたいと思います」

 「行政、役所、公権力だからこそ、表現の自由は守らなければならないのではないかということだと思います。私だけでなく、皆さんそう思っておられるのではないでしょうか。自分の気に入らない表現があっても、表現は表現として受け止めるのが、いまの日本国憲法の原則ではないでしょうか。戦後民主主義の原点ではないでしょうか。改めてそう申し上げたいと思います」

河村・菅・杉本・松井・吉村らが理解していないのは、憲法とは人権を守るために国家権力を制限し、政府(地方政府も含む)に勝手な権力行使をさせないためのものであって、だから権力を行使する公務員にだけ遵守義務がある(99条)、という近代立憲主義の基本のキだ。

つまり、憲法21条の規定する表現の自由も、彼らのような公務員(注:首長や議員は特別公務員)こそが守らなければならないのであって、表現行為に関わる権力の行使(公的施設の使用許認可や公金の支出を含む)は「一切の表現の自由」を保障するためにこそ行わなければならない。そして、現実に表現行為が脅威にさらされるのは主としてその内容が国家権力にとって不都合な場合なのだから、本来そのような反権力的表現こそ自由を保障されなければならないし、公務員はそのために努力しなければならないのだ。

それなのに、自治体首長や国会議員という公職にありながら「不適切」などと内容に口出しし、その自由を侵害しようとしているのだから、明白な憲法違反である。このような連中に公職に留まる資格はない。即刻辞職すべきだ。

なお、念のため付け加えておくと、ヘイトスピーチはマイノリティを抑圧し彼らの表現の自由を奪う暴力なので、自由を保障されるべき表現の範疇には含まれない。だから公務員はヘイトスピーチを行なう者に一切手助けをしてはならないし、逆にそのような暴力の行使をさせない(=マイノリティの表現の自由を守る)ためにあらゆる努力をしなければならないのだ。

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