天皇・皇族は人権がなくてかわいそう?
天皇や皇族には、日本国憲法が保障する各種の人権は認められていない。
彼ら/彼女らには職業選択の自由も好きなところに住む自由もなく、選挙権・被選挙権もない。政治的発言が許されない立場であるため、表現の自由や学問の自由も制約される。
好きな相手と「両性の合意のみに基いて」結婚することもできなければ、逆に結婚せずに独身を貫くことも、離婚することも困難だろう。また、天皇が神道祭祀の主宰者である以上、信教の自由を行使してキリスト教やイスラム教に入信したりするわけにもいかないだろう。
まことに不自由だらけの「お立場」なわけだが、ではどうすればいいのか?
今の時代、天皇は即位をした瞬間に陛下は人じゃなくなるんだよ。日本人の中で唯一、国のために人権が保証されなくなるんだ。国のために尽くしてくれてありがとうございます。
— うめうめ(消費増税、反対派) (@ume_ume_2) October 22, 2019
こういうのはまあ論外として、現在の象徴天皇制を維持することを前提に、天皇・皇族にもある程度の人権を認めるべきだという議論はある。憲法学者の奥平康弘・東大名誉教授(故人)が提唱した「脱出の権利」などが代表的なものだ。
「脱出の権利」とは、嫌なら天皇・皇族を辞めて「ただの人」になる権利のことだ。(注:現在でも15歳以上の内親王・王・女王は皇族を辞めることができるが、皇室会議による承認が必要。)
しかし、そんな権利を認めたら、がんじがらめの不自由な身分を嫌って皇族が続々と辞めてしまい、天皇制が崩壊してしまうのではないか?
確かに、論理的にはそうなる可能性も考えられるが、それは天皇・皇族という地位が本当に無権利状態の惨めなものであればの話だ。
実際にはどうなのか?
まず、基本的人権の中でも最も根本的で、これがなければ他の人権もすべて無意味になってしまうのが「生存権」だが、天皇・皇族はこれを制限されるどころか、この国に生きるすべての人間の中でも最も手厚く保障されている。
経済的には、天皇とその家族の生活費に相当する「内廷費」が、年に3億2,400万円(2016年度、以下同様)与えられている。これは、天皇家が行う各種儀式や地方への行幸、外遊等に使われる「宮廷費」(55億4,558万円)とは別枠である。この他、各宮家の皇族に与えられる「皇族費」が、合計で年額2億2,997万円支払われている。[1]
金額だけから言えば天皇・皇族以上の収入を得ている富裕層はいくらもいるだろうが、そうした一般人との違いは、その金が国家によって保障され、税金から支出されているという点だ。つまり、ただその身分にいるだけで得られ、決して失う心配のないリスクゼロの収入である。結局のところ生活保護しかそのような保障のない(しかも現実には権利行使が容易でない)一般人とはえらい違いだ。
ほとんどの「公務」は法的根拠のない不必要なもの
こんなことを言う人もよくいるが、
税金の無駄とか死ねとか言ってる奴、まずは天皇がどれだけの仕事量をしているか知ってから言おうね、しかもてめぇらと違って自由もないし人権もないんやぞ
— カルマleft アクバス行くかも (@hacyuurui8941) October 22, 2019
それにしては、天皇や皇族が過労死したとかいう話を一向に聞かないのはどうしたことだろうか?
ちなみに、憲法上天皇が職務として行わなければならないのは、第6条・第7条に規定されている国事行為だけだ。「公務」と称して行われているそれ以外のすべての行為は仕事ではない。また、天皇以外の皇族には何の仕事も課せられていない。
第6条 天皇は、国会の指名に基いて、内閣総理大臣を任命する。
2 天皇は、内閣の指名に基いて、最高裁判所の長たる裁判官を任命する。第7条 天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。
- 憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。
- 国会を召集すること。
- 衆議院を解散すること。
- 国会議員の総選挙の施行を公示すること。
- 国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること。
- 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること。
- 栄典を授与すること。
- 批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること。
- 外国の大使及び公使を接受すること。
- 儀式を行ふこと。
一般人とはかけ離れた数々の特権
医療の面でも、天皇・皇族は、自分で保険料を支払わなければならない国民健康保険しか国家による支援のない一般人とは比較にならない手厚さで支えられている。
その上、彼ら/彼女らには、ただ皇族として生まれただけで、赤ん坊のときから「◯◯さま」などと呼ばれて特別扱いされるという特典までついてくる。こんな「安全安心+特典」と比べたら、憲法が保障する「人権」が形式的にはないことなど、些細なことだろう。その権利を持っているはずの者たちでさえおよそ半数が行使しない参政権がないのが何だというのか。
そして今日も、新天皇徳仁の即位祝賀パレードとかいうものが、膨大な費用を費やし、一般人の人権を大幅に侵害しながら行われる。
こいつら、なにさまのつもりなのかね。しかしまあ、上からパレードをのぞき込むなとか、洗濯ものを干すなとか、こいつらの人民の敵っぷりがあらわになってきてはいるね。
— やねごん(オリンピック反対) (@yanegon) October 11, 2019
“天皇陛下即位の祝賀パレード 手荷物検査40か所で警戒へ” https://t.co/HOv8lnPZqU
というかそんなに天皇が人々に愛されていて、国民も世界もこぞって敬愛してるなら、即位パレードに警察1人も出すな。
— おわてんねっと (@zzOMecpIvqvy9G9) October 8, 2019
交通規制も職質もゴミ箱撤去も「不審者」狩りもするな。
兵隊に守られた王そのものじゃないか。どこに民主主義があるんだよ!
平等の理念に基づく人権と身分制による特権は両立できない
要するに、天皇・皇族とは、いわゆる「人権」がない代わりに、あり余る特権を与えられた存在なのだ。
人権とは、すべての人は生まれながらに平等であるという理念に基づいて保障される権利のことだ。その理念とは真逆の身分制に基づく特権と人権を両立させることはできない。
天皇・皇族にも一般人同様の人権を与えたければ、天皇制を廃止して、すべての特権を放棄させればよい。それ以外の「うまいやり方」などない。
[1] Wikipedia「皇室費用」
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