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伊吹文明、自助努力を憲法が課しているという驚くべき謬論を吐く

菅義偉は、自民党総裁選への立候補を表明した9月2日、NHKのニュース番組に出演して「(総裁になったら)どんな国にしたいか」と聞かれ、「自助・共助・公助」と答えた。[1]

アナウンサー:「まず、菅さんが自民党総裁になったら『どんな国にしたいか』書いていただきました」

菅氏:(<自助・共助・公助>と書いたフリップを持ち)「自助・共助・公助。この国づくりを行っていきたいと思います」

アナウンサー:「具体的にどういうことでしょうか?」

菅氏:「まず自分でできることは自分でやる、自分でできなくなったらまずは家族とかあるいは地域で支えてもらう、そしてそれでもダメであればそれは必ず国が責任を持って守ってくれる。そうした信頼のある国づくりというものを行っていきたいと思います」

「自助・共助・公助」とは、本来、災害時に一人でも多くの命を助けるための考え方なのだが、これが行政一般に適用されてしまうと、自力で生活できない者には最低限の援助を与えるだけで切り捨てるという、正反対の意味になってしまう。[1]

「災害が発生した直後には、まず命の危険にある人の救助を最優先として、限られた公的支援を投入しなければいけません。その間に、自分や家族の命を各々で守った上で、近所や地域のコミュニティーで助け合う。そうすることで、一人でも多くの人の命と暮らしを助けようとする考えが、防災の文脈で使われる<自助・共助・公助>なのです」

「これが国家方針の文脈で語られるときには、『自分のことは自分で守る。それができなければ地域コミュニティーで助け合う。それもできなければ国が最低限は助ける』という意味になります。裏を返せば、自分のことを自分で守れなければ切り捨てられても仕方ない、という新自由主義的な発想です。国は最低限のことはするけれど、生活の質や尊厳までは守りません、という“切り捨ての論理”になるのです」

菅が言うように公助を出し渋り、自助・共助ばかりを強いたらどうなるか。例えばこの事件など、その典型的な帰結と言えるだろう。

mainichi.jp

 事件当日は、朝からどんよりと曇っていた。まだ暗い午前5時半、女性は隣で寝ていた祖母に「汗をかいた」と起こされた。

 体をタオルで拭いたが、「親をないがしろにする」と怒鳴られた。孫の自分を娘と勘違いしたのだろうか。お湯でタオルを温めて拭き直したが、今度は「あんたがおるから生きていても楽しくない」と言われた。

 「ごめんね、ごめんね」となだめたが、祖母の非難はやまなかった。気づくと、祖母の体をベッドに押し倒していた。

 「もう黙って……」

 手には、スヌーピーとピンクのハート柄が入ったフェースタオル。両手で祖母の口に押し込んだ。祖母は数分で動かなくなった。

 「おばあちゃんを殺してしまいました」。自殺未遂を図った末、女性は自ら110番した。すぐに警察官がやってきた。

こんなことを、これから首相になろうという者が政策の基本方針として公言するなど、およそあってはならないことだ。

だいたい、そんなに自助が大事だというなら、まず自民党自身が模範を示したらどうか。自分らは税金から年額172億円もの政党助成金をもらっておいて、どの口が言うのかという話でもある。

当然この菅発言には批判が殺到したわけだが、すると伊吹文明衆院議員(自民党・元衆院議長)が菅に代わってこんな言い訳を始めた。

冗談ではない。憲法12条に言う「不断の努力」とは、憲法が保障する自由や権利が権力者によって奪われないよう、人民は常に権力を監視し、自由や権利を主張・実践し続けなければならない、という意味だ。憲法にどれほど立派なことが書いてあろうと、監視を怠れば自民党のような権力者たちは必ずそうした文言を骨抜きにしようとするからだ。

第12条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

実際、日本国憲法の基となったGHQ草案では、自由や権利は人民の不断のvigilance(監視・警戒)によって維持されねばならない、と明記されていた。

GHQ草案

Article XI. The freedoms, rights and opportunities enunciated by this Constitution are maintained by the eternal vigilance of the people and involve an obligation on the part of the people to prevent their abuse and to employ them always for the common good.

外務省仮訳

第十一条 此ノ憲法ニ依リ宣言セラルル自由、権利及機会ハ人民ノ不断ノ監視ニ依リ確保セラルルモノニシテ人民ハ其ノ濫用ヲ防キ常ニ之ヲ共同ノ福祉ノ為ニ行使スル義務ヲ有ス

この伊吹発言こそ、まさに憲法を自分らの都合のいいように歪め、自由や権利を骨抜きにしようとするものだろう。

菅や伊吹のような有害な政治屋連中は、さっさと国政の場から退場させなければならない。

[1] 國崎万智 『菅義偉氏が「自助・共助・公助の国づくり」と発言。菅氏個人への批判が『的外れ』な理由』 Huffingtonpost 2020/9/4

 

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