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【トンデモ】中学校の道徳の授業で特攻隊を礼賛?!【世も末】

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特攻隊を美化するバカウヨは珍しくもないが、先日、中学校の、それも道徳の授業でそれが行われているという話が流れてきたのには驚きかつ呆れた。

この授業では、「特攻の父」大西瀧治郎中将の言葉や特攻隊員の遺書などを題材に、特攻隊が犠牲となってくれたおかげで今の日本がある、といった類のありふれた詭弁が垂れ流されたようだ。

ネタかと思ったのだが、この投稿者のTLを辿ってみると、とても大人が中学生を装って書いたとは思えない発言が並んでいるうえ、実は同じような授業が以前から行われていることを既に産経が報道していた。

授業で使われている遺書もまったく同じものであり、もしかするとこの授業内容がテンプレ化されて流通しているのかもしれない。

このようなお涙頂戴の情動的教育、それも理不尽な作戦によって死を強制された被害者の思いを悪用するような教育にさらされ続けると、物事の原因と結果を正しく認識して論理的に考えることができなくなってしまう。実際、同じ投稿者の下記のツイートには頭を抱えてしまった。

特攻によって米軍を撃退し戦争に勝ったとでもいうならともかく、現実には特攻では正規空母一隻すら沈めることができないまま敗戦に至ったのだから、特攻のおかげで生まれた日本人などいない。いるのは、親となるべき若者が特攻させられたせいで生まれることができなかった何千人者もの隊員の子どもたちと、親が特攻させられる前に敗戦を迎えたおかげで生まれることのできた子どもたちだけである。

特攻に関して「道徳の授業」で教えるべきことがあるとしたら、それは自殺攻撃させられた特攻隊員の遺書などではなく、こんな狂気の作戦を立案し推進した責任者たちが、その後どうしたかだろう。


ところで、徳島大学総合科学部の饗場和彦教授が、問題の道徳授業についても取りあげた講義用のスライドを公開してくれている。

 特攻隊の遺書による授業にも、「火垂るの墓」の自業自得論にも、「それはそうだけど、なんかなあ…」と、違和感もった人いますか?
 その違和感が重要です。
 二つの例とも同じ特徴があります。
 部分だけとらえて全体を見失った判断にとどまっている、という点です。
 確かに特攻兵士がわが子を思う心情には感動しますが、なぜ兵士は愛する子をおいて死ななければならなかったのでしょうか。
 確かに兄妹は親戚宅にいれば助かったかもしれませんが、なぜ兄妹は孤児になってしまったのでしょうか。

 つまり、戦争の実態について、文脈・大局が看過されているのです。
 各部分にはそれぞれ一定の意味や合理性はありますが、そこだけ抽出して判断が止まると、ことの本質を見誤ります
 「木を見て森を見ざる」の不適切な判断。戦争と平和の問題について、こうした近視眼的・視野狭窄の見方が最近多い。

大学生向けなのでちょっと難しいかもしれないが、例の投稿者には、これでも読んで手遅れになる前に考え直して欲しいと願うばかりだ。

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