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『この世界の片隅に』は日本の加害者性を表現した作品と言えるのだろうか?

アニメ版ではなく原作マンガについての話なのだが、植松青児氏が『この世界の片隅に』を、日本の戦争を加害と被害が錯綜した物語として「語り直す」作品として評価していた。

ヒロシマ・ナガサキをはじめ、戦後日本で「戦争」を描く場合、その被害の悲惨さに焦点を当てることがほとんどであり、そうした一種の定型化によって、それらの悲劇の原因となった日本の加害は逆に見えないようにされてきた。こうした状況を前提とした上で氏は、『この世界の片隅に』が、そのような定型を脱して「広島や日本の戦争を「語り直す」ことを試みた作品であり、いくつもの大きなヒントを私たちは得られると思う。」と評している。そして、ここでもやはりあの「太極旗」のシーンがポイントとなっている。[1]

「え? あの作品が(日本の戦争を語り直す)ヒントになるの?」と感じた読者の方もおられると多いだろう。というのは、 「この世界の片隅に」という作品は一般的に「日本の戦争被害」 ものの典型 ・ 定番、 つまり 「語り直し」の正反対にある物語として受容されているからだ。

(略)

 しかし映画版で同作に触れた人は、もともとの原作作品であるこうの史代氏の漫画作品にぜひ目を通してほしい。原作者が米軍による空襲・原爆以外のさまざまな「暴力」を意識的に描き込んでいることに気づくはずだ。それも、2019年のいま大きな問題となっている(徴用工など)朝鮮人強制労働動員問題や、軍専用性施設と性労働者・性奴隷(「慰安婦」など)といった、大日本帝国による暴力の問題にも踏み込んで、作品の片隅に描いているのだ。

 その典型が、 「玉音放送」の直後に主人公の北條すずが見る「太極旗」の存在である。

 原作では、1945年8月15日、 「玉音放送」を聴いて納得できない気持ちのすずは、畑に水やりに出たときに「太極旗」を目にする。 「光復」が訪れたことを祝う朝鮮人住民の姿を、すずは軍港の街・呉の片隅で目にするのだ。そしてすずは驚きもせず、狼狽もせず、瞬時に思考をめぐらし、自らの戦争観や国家観を大きく切り替えていく。 「ああ」 「暴力で従えとったいう事か」「じゃけえ暴力に屈するいう事かね」 「これがこの国の正体かね」 。

 ここまでラジカル(根源的)な「日本の8月15日」の描写は、日本の戦争被害の物語の中にこれまであっただろうか。極めて稀なシーンである。

 しかも、すずは45年6月の呉空襲で投下された時限爆弾で右手を吹き飛ばされる大怪我を負っている。実家である浦野家の肉親も広島の原爆、つまりアメリカ軍の「暴力」により深い戦争被害を受けている。そういった被害当事者のすずが、植民地主義の終焉を祝う「他者」と会い、日本の帝国主義 ・ 植民地主義、 帝国主義戦争の「敗戦」 、加害国、帝国主義としての日本の実像に気づく……そこまでの大胆な「語り直し」、加害と被害が重層的に重なる物語を、こうの氏は選び取っているのある。

さて、この評価はどうだろう。

氏の言う通り、この作品が朝鮮人強制連行・強制労働や日本軍性奴隷(いわゆる「従軍慰安婦」)の問題を、たとえコマの片隅にでも描き込んでいたなら、確かにあの太極旗のシーンは、すずが光復を祝う朝鮮人住民の姿を目撃したことで「自らの戦争観や国家観を大きく切り替えていく」場面として読むことができるだろう。

しかし私には、この作品のどこにそうした問題が描かれていたのか、さっぱり分からない。

当時は広島も呉も「軍都」であり、軍需工場では多くの朝鮮人労働者たちが差別的待遇のもとで働かされていたはずだが、作中に彼らが姿を現すことはない。

「慰安婦」も同じだ。強いて関係がありそうなエピソードをあげれば、ヤミ市に出かけたすずが道に迷って遊郭に迷い込んでしまう話があったが、そこは一般人も利用できる普通の遊郭であって軍の慰安所ではないし、すずが出会った「リン」も「テル」も朝鮮人ではない。確かに、彼女らのような前借金に縛られた公娼は程度の差こそあれ「慰安婦」同様の性奴隷状態に置かれていたと言うこともできるが、だからといってそれを日本の帝国主義や植民地支配に結びつけるのは無理がある。

あの太極旗のシーンにせよ、見えているのは一枚の旗だけで、それを掲げているはずの朝鮮人住民の姿は描かれていない。むしろこの作者は、当時広島にも呉にもたくさんいて、すずも生活の中で何らかの形で出会ったり見聞きしたりしていたはずの朝鮮人という存在を描くことを、意識的に避けている。それはなぜかと言えば、まさに日本の帝国主義や植民地支配とそれに伴う暴力を「描きたくなかったから」だろう。

植松氏のような見方は、この作品の率直な評価というより、そのような作品であって欲しいという願望の現れではないだろうか。

[1] 植松青児 『「この世界の片隅に」と植民地主義(上)』 市民の意見 No.176 2019/10/1

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