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山本寛君は夏休みの宿題にこれらの本を読んで感想文を提出するように

■ 中国の日本アニメファンの気持を逆撫でした山本監督

アニメ監督の山本寛氏が、日本は戦争でアジア諸国にいいことをしてやった、的なことを書いて炎上している。それも、中国でのイベント直前にやらかして、結局訪中中止という始末。

中国人は、親や祖父母たちから、戦争中日本軍にどれほどひどい目にあわされたかを聞いて育っている。親類縁者の中に一人も被害者がいない中国人など珍しいだろう。「反日教育ガー」とか言う以前に、それは家族の記憶そのものなのだ。

そんな中、日本アニメのファンたちは、過去の歴史は歴史として「それでもいいものはいい」と支持してくれている。それを、いわば無知ゆえの棍棒で殴りに行ったのだから、大反発をくらうのは当たり前だ。

私も、数年前の上海出張時に、現地の中国人社員たちにメイドカフェに連れて行ってもらったことがある。これはそのとき食べた、メイドさんがケチャップで絵を描いてくれたオムライス。

日本のアニメやマンガが大好きだった彼らの気持ちを思うと辛いものがある。

■ 山本監督には勉強が必要だ

では、問題になった山本監督のブログ記事「ドイツと日本」(7/17)を具体的に見てみよう。

(略)
ここでよしりん先生の『戦争論』に戻るしかない。
彼の論を信じるとすれば、日本人は、あまりに「律儀」だったのだ。

本当に「大東亜共栄圏」を目指していたのだ。

侵攻したところが植民地化されて荒廃した後進国ばかりだというのも大きかったのだろう。
ぶっちゃけ、獲れるものが何もない。
しかし、だったら労働力とか、現地人を奴隷のようにこき使っても良かったはずだ。

しかし、「律儀」な日本はそれをしなかった。
むしろインフラを整備し、現地人に教育を施し、識字率を上げてしまった!
現地の方を豊かにしてしまったのだ!

そして肝心の国内は飢えましたとさ。
(略)


「獲れるものが何もない」? では日本は何のために東南アジアに侵攻したのか?

日本軍政下のアジア―「大東亜共栄圏」と軍票 (岩波新書)

日本軍政下のアジア―「大東亜共栄圏」と軍票 (岩波新書)

 

小林英夫 『日本軍政下のアジア』 岩波新書 P.81-82:

(略)同年11月20日付けの大本営政府連絡会議で東南アジア軍政の「教典」ともいうべき「南方占領地行政実施要領」(以下、「実施要領」と略称)が策定された。開戦にさきだつこと、わずか20日たらずである(防衛庁防衛研修所戦史室編『戦史叢書/大本営陸軍部大東亜戦争開戦経緯〈5〉』)。
 この「実施要領」の基本は、「占領地に対しては差し当り軍政を実施し、治安の恢復かいふく重要国防資源の急速獲得及び作戦軍の自活確保に資す」ことにおかれていた。そして、「国防資源取得と占領軍の現地自活の為、民生に及ぼさざるを得ざる重圧は之を忍ばしめ、宣撫上の要求は右目的に反せざる限度に止とどむるものとす」という。つまり、日本軍の占領目的は物資獲得であり、その結果生ずる犠牲はあげて占領地の民衆に転嫁するというものだった。したがって、独立運動などに対しては、「皇軍に対する信椅しんい観念を助長せしむる如く指導し、其の独立運動は過早に誘発せしむることを避くるものとす」とした。
 これが、「東亜の解放」「英米の支配からの解放」をスローガンに、「大東亜共栄圏」の実現を叫んだ日本の本心だった。


「労働力とか、現地人を奴隷のようにこき使っても良かったはずだ」? インドネシアで「ロームシャ」という日本語がそのまま通じるのはなぜか、知らないのか?

『日本軍政下のアジア』 P.145-146:

 「ロームシャ」ということばは、そのままインドネシア語となっている。ジャワ島からつれていかれた「ロームシャ」の数はおよそ30万人、そのうち7万人が命をおとしたという。しかも、生業をうばったうえに、軍事作戦の必要からくる建設工事に動員するわけだから、民衆の生活にあたえる影響は深刻なものがあった。(略)
 ジャワから「ロームシャ」がつれていかれた例として、北ボルネオの場合をみてみよう。北ボルネオでは42年なかばから飛行場建設と道路網整備がすすめられていたが、もともと人口過疎の地域だっただけに、労働力不足が深刻だった。そのため、43年5月、総務部のなかに労務科を新設、労務者登録制と労務者の管外移入政策をとる。だが、死亡するものが続出したといわれるほど苛酷な使役であるうえに、賃金統制がおこなわれていたから逃亡者がふえるのは当然であり、労働力不足は明白であった。
 そのため44年には、ジャワ島から1万5000人を移入することを決定する。ジャワ島から派遣された労務者の多くは「奴隷船」さながらの状況ではこばれ、待遇がひどかったことにくわえて、戦争末期には無用な転進命令のため(たとえばタワウ・サンダカンからアピヘ)、多くの餓死者までだした(『日本軍政とアジアの民族運動』)。

ちなみに、「大東亜共栄圏」のおかげで東南アジアでそのまま通じるようになった日本語には、「ロームシャ」のほかに「バカヤロウ」「コノヤロウ」「ドロボウ」などがある。大変な教育成果である。

ワラン・ヒヤ―日本軍によるフィリピン住民虐殺の記録

ワラン・ヒヤ―日本軍によるフィリピン住民虐殺の記録

 

石田甚太郎 『ワラン・ヒヤ 日本軍によるフィリピン住民虐殺の記録』 現代書館 P.97:

 アメリカ軍が入ってから日本兵はたくさん捕虜になったけど、アメリカ兵は日本兵をとっても大事に扱っていましたよ。煙草やガムなんかくれて……。だからフィリピン人は憎しみにかられて、『一人でもいいから日本兵を渡してくれ』とアメリカ兵に怒鳴ったものです。みんなが、リンチにしてもあきたらない思いなのに、どうしてアメリカ兵が日本兵の捕虜を大事にするのか、どうしても理解ができなかった。だから戦争中に覚えた日本語で、『コノヤロウ』とか『バカヤロウ』って、悪口を言ったり、石を投げてやりましたよ
 多くのフィリピン人が拷問をされたり殺されたんです。強姦をされた女の人だって、決して珍しくありませんよ。悲しみと怒りにかられていたから、女の私だって、憎らしくて憎らしくてつねってやったり、ビンタを仕返しにやりたいくらいでした。(略)


で、現地のほうを豊かにして日本国内は飢えたと?

確かに大戦末期、日本内地も食糧難に見舞われたが、それでも敗戦までは餓死者は一人も出ていない。一方、植民地や占領地では、たとえばベトナムだけでも200万とも言われる餓死者を出している。それはなぜかを理解しているか?

大系 日本の歴史〈14〉二つの大戦 (小学館ライブラリー)

大系 日本の歴史〈14〉二つの大戦 (小学館ライブラリー)

 

江口圭一 『日本の歴史(14) 二つの大戦』 小学館 P.420:

 日本内地の一人あたりカロリー消費量は1931〜40年を100として、44年86、45年66と低下した。公定価格を数十倍から100倍以上上まわる闇取引が横行した。
 しかし敗戦までに日本内地で、餓死した日本国民は一人もいない。日本人の主食は、外米を確保することで少なからず補われた。その外米の主要な供給地の一つは仏印(ベトナム)であり、先にみたように日本による米の略奪が主因となって、死者100万~200万人という大飢饉が発生した。餓死者100万~200万人対ゼロという両者の隔絶と因果関係を見落としてはなるまい。


山本監督には明らかに勉強が必要だ。これ以上今度のような妄言を繰り返さないで済むよう、まずは上記の三冊を読んで感想文を提出するように。

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