自衛隊の組織防衛に利用される先島諸島
先島諸島(宮古・八重山)への自衛隊配備が進んでいる。
従来、先島にある軍事基地といえば、「本土復帰」の際に米軍から自衛隊に引き継がれたレーダー基地(航空自衛隊宮古島分屯基地)が宮古島にある程度だった。ところが、今年3月には与那国島に陸上自衛隊の駐屯地が開設され、さらに宮古島、石垣島への配備も計画されている。
「尖閣有事」を想定した防衛省の狙いは、
まず与那国島に沿岸監視部隊を置き、次に奄美群島の奄美大島に地対艦ミサイル部隊、地対空ミサイル部隊を新規編制し、奄美と同じ種類の部隊を宮古島、石垣島の順に配備する
というものだ[1]。
しかし、そもそも尖閣は日本の「固有の領土」などではない。その領有権についても、双方で「棚上げ」とすることで中国との間で合意ができていた。その合意を無視し、いたずらに緊張を高めているのは日本側である。そんな状況で尖閣に最も近接した先島諸島に自衛隊部隊を配備などしたら、事態は悪化していくだけだ。
だいたい、自衛隊が先島諸島への部隊配備にこだわるのは、組織防衛(予算と体制の維持拡大)というエゴのためである[2]。
そもそも「南西諸島の防衛」は冷戦終了で「ソ連の北海道侵攻」のシナリオが成り立たなくなったため、陸上自衛隊が「組織防衛」のために言い出したことだ。当初、海・空自衛隊では「陸上自衛隊の苦し紛れの説」と苦笑する人が少なくなかった。だがそれに便乗すれば海・空自衛隊も予算を取れるから同調する結果になっている。
そんな愚劣な理由で中国と対峙する最前線に放り込まれる先島住民はたまったものではない。
軍隊は住民を守らない
ヤマト政府の意を受けたマスコミが連日のように流し続ける「中国脅威論」に晒されていれば、尖閣に近接する地域の住民が、いざというときは自衛隊に「守ってもらいたい」と思うようになるのも無理ないのかもしれない。宮古、石垣、与那国の市長・町長が自衛隊の誘致などに動けるのは、そうした一定の民意があるからこそだろう。
だが、騙されてはいけない。いざ戦争になったら、軍隊、特に日本の軍隊は住民を守らない。それはかつての沖縄戦の経験からよく分かっているはずである。
沖縄戦の際、米軍は先島諸島をほぼスルーして沖縄本島とその周辺諸島に上陸した。しかしそれは、先島に配備された日本軍を怖れたからではない。本土侵攻の足がかりとして必要な沖縄を早期に確保するため、陸上部隊中心で後方に放置しても脅威にならない先島諸島の日本軍は無視しただけのことだ。
そして沖縄では、軍民混在となった戦場で、地獄の沖縄戦が繰り広げられた。その結果が、一般住民9万4千名、県出身軍人軍属2万8千名、終戦前後の病死・餓死なども含めれば計約15万という膨大な死者数である。県外出身日本兵の戦没者約6万6千名よりはるかに多いこの死者数が、どれほど異常な戦場だったかを物語っている。当時の沖縄県の人口は約60万だったので、実に県民の四人に一人が無念の死をとげたことになる。(ちなみに、この県人口には、戦場にならなかった先島諸島の人口も含まれている。)[3]
自衛隊も住民を守らない
ヤマト政府や自衛隊が想定する「尖閣有事」が万一発生したらどうなるか。自衛隊は旧日本軍とは違って、住民保護のために戦ってくれるだろうか。その答えは、自衛隊自身に語ってもらうのが一番いいだろう。
陸上自衛隊の隊内誌「FUJI」の388(2012年4月)号から392(8月)号にかけて、『「離島の作戦における普通科の戦い方」について』という隊員向けの解説記事が掲載されている[4]。これを読むと、「尖閣有事」に際して自衛隊がどのような事態の発生を予想し、どのように対処しようとしているかがよく分かる。
まず、戦闘の推移全般に関するシナリオ[5]:
(2) 離島の作戦における普通科部隊の地位・役割
離島の作戦において普通科部隊は、離島守備部隊や奪回部隊の主力としての地位があります。SSM部隊等による対艦火力戦闘も離島の作戦では重要ですが、近接戦闘が戦いに最終の決を与えるのは離島の作戦においても同様です。
しかしながら南西諸島を例にとっても、空港や港湾を有する主要な島嶼は20~30km四方の広さを有しており、たとえ1コ師団を配置しても決して十分ではありません。さらに、不意急襲的な侵攻を受けた場合は、作戦準備の時間や戦車・火砲等の重戦力の推進も制約を受けた状況下での作戦となるため、実際にはたとえ事前配置が間に合ったとしても離島の地積に比してわずかな普通科部隊をもって、重戦力の支援も不十分な状況下で侵攻する敵に対して離島の確保が必要となります。(略)
さらに無数に点在する島嶼を防衛するために我は事前配置部隊を分散して配置せざるを得ないため、当初配置した事前配置部隊のみでの敵侵攻部隊の撃破は困難であり、逆上陸による増援又は奪回作戦が必要となります。現在の陸上自衛隊の奪回作戦能力を踏まえれば、事前配置部隊が島嶼の要点を確保している間に、空中機動部隊を含む普通科部隊を増援して地歩の拡大を図りつつ、敵の増援を妨害し、彼我の相対戦闘力が逆転した段階で攻勢に転移して奪回するというシナリオが一般的であると考えられます。つまり普通科部隊は事前配置部隊、増援及び奪回においても部隊の基幹となり行動する役割を有しているのです。
水際での敵の撃退はそもそも無理であり、島に配備された部隊が上陸した敵に抵抗して拠点を確保している間に、急遽増援部隊を送って奪回するしかないというわけだ。
当然、住民のいる島内で地上戦が行われることになる。ではその戦闘はどのようなものになるか[6]:
シナリオの一例における我の離島作戦の戦い方は事前配置部隊の援護下に増援部隊を上陸させて敵を撃破することから、事前配置に任ずる普通科部隊の役割は対空警戒、SAM等防護、対着上陸戦闘準備に始まり、阻止に任ずる部隊、増援部隊の上陸支援及び攻勢支援と逐次変化します。最終的に敵の撃破に任ずる部隊は増援部隊であることから、増援部隊の上陸を援護しうる地域の保持が事前配置部隊として最重要であるといえます。
(略)
(3) 水際付近における戦闘
(略)
(4) 前方地域から最終確保地域にわたる間の戦闘
水際付近における戦闘に継続し、事前配置部隊は引き続き前方地域から増援部隊の上陸を援護しうる地形(最終確保地域)にわたる間の地形縦深を活用して防御を行います。
前方地域の戦闘においては、水際付近における戦闘と同様に各正面の警戒部隊は極めて少ない勢力となります。このため、小河川、崖、土手等の天然障害、人工障害を利用して敵の機動及び展開を制限し、敵の先端勢力に火力を指向して敵の前進を遅滞します。また、敵の機甲戦力発揮が容易な地域においては、地形障害に連接した阻止火力のみをもって敵の前進を遅滞することは困難となるため、陣地を迂回して浸透する敵に対して機動打撃を行い、敵の前進を遅滞することも併せて必要となります。
この際、敵の着上陸地域、敵の支配下にある港湾・空港に対して継続的に火力を指向してこれらの使用を妨害することを継続することが敵の衝撃力を弱体化させるために重要となります。
主戦闘地域の戦闘においては、敵の攻撃方向が我の防御の正面に集約していくため敵の攻撃方向を概ね正面に限定できます。そのため防御の重点形成を行いやすく、陣地地域の縦深を利用した濃密な火力の構成を地形障害等と連接させて敵の攻撃を破砕する従来の防御に近い戦い方となります。
結局、敵の上陸地点から、奪回作戦時の拠点となる「最終確保地域」に至るまで、市街地をも含む島内のあらゆる場所で戦闘が繰り広げられることになる。そして、計算通りにいくかどうかはともかく、増援部隊による奪回作戦が始まれば、敵を島外に追い落とすまで、再び島を横断する戦闘が繰り返される。敵がどこを上陸地点に選ぶのか、戦闘がどう推移するかなど、その時になってみなければ分からないのだから、住民にとって安全な逃げ場はどこにもない。
自衛隊の存在が先島に沖縄戦をもたらす
この連載全体を通して、住民保護に関する記述は、「また、離島の作戦は海を越えて戦力展開する必要があり、海空部隊との連携による輸送や着上陸、対着上陸作戦等の作戦、国民保護、部外支援等の多様な作戦となる特性があります。」という一文(FUJI 388号P.18)しかない。具体的な保護策の説明はゼロである。そもそも、こんな作戦を計画しているのなら、なぜこれを自衛隊配備に関する住民説明会で説明しないのか。
自衛隊がいなければ、万一「尖閣有事」が発生したとしても島が戦場になることはない。自衛隊こそが先島に第二の沖縄戦をもたらすのである。
【2016/7/16追記】
今回の参院選(沖縄選挙区)で現職の沖縄担当大臣島尻安伊子(自民)を大差で破って初当選を果たした伊波洋一氏(元宜野湾市長)が、宮古毎日新聞および宮古新報のインタビューで次のように語っている。
陸自配備計画には、改めて反対の立場を示し「計画では命の水である水源地の近くだったが、場所の問題だけではない」と指摘。「宮古、石垣への自衛 隊配備は、奄美も含めて全体計画となっている。宮古や石垣を守るためではなく、米軍の対中国戦略に自衛隊を巻き込む戦略だ」と述べた。
その上で「それぞれの島々での戦闘を前提に有事部隊が配置されている。住民は自衛隊が来ると思っているかも知れないが、そこでの戦争を前提に準備されている」と警鐘を鳴らした。
「そういったことは認めるべきではない。戦争ではなく、平和的な外交での解決が沖縄にとってはとても大切だと思う」と語った。
中国による領海侵犯が相次いでいる尖閣諸島問題には「武力では解決しない」と言い、互いの立場を尊重し合いながら話し合いでの解決を訴えた。
先島への自衛隊配備は「先島を守るためではなく米軍の対中国戦略に自衛隊を巻き込む仕組み。島々での戦闘を前提に有事部隊を配備するもので、有事の際は部隊が島内に散ってゲリラ戦を展開する想定。それを認めるべきではない。戦争ではなく対中国の平和的外交を行うことが沖縄にとって大切。配備には強く反対する」と訴えた。
中国艦船による尖閣諸島への領海侵犯等については「政治的に解決すべき。日中国交回復時の宣言や平和友好条約の宣言にあるように、武力で解決しないという前提で互いの立場を尊重しながら話し合いを進めていくことが大事だ。対米追従ではなく、日本独自の平和外交を行うことがいま求められている。それが尖閣問題を解決する」と強調した。
さらに「沖縄は琉球王国の450年間、中国と正式な国交を結んで大貿易をしてきた。歴史的には極めて中国とは深い関係にあることを認識し、沖縄が日中の仲を取り持つということを翁長知事に提言したい。(略)こういう歴史的な関係を見据えて具体的に取り組む中で市民や自治体同士の友好を作り上げる。その中で尖閣の問題も含め日中政府が話し合う素地を作っていくことが大事だ。本土の方々は尖閣で緊張があってそれが危機だというように考えているが、友好的な話し合いの場での解決に向けた流れを沖縄から作ることができることを国政の場でしっかり訴えていく。先島住民の安心のためには沖縄が中国と平和的に関係を構築していくことの方が非常に大事なことだ。領海問題等を克服する流れを作ることができると考えている」と述べた。
こういう、正しい認識を持った政治家が一人でも多く必要だ。
【追記終り】
[1] 半田滋 「防衛省と地元首長が手を結び 住民無視の自衛隊配備」 ふぇみん 2016.6.5
[2] 田岡俊次 「1機200億円余のオスプレイが尖閣防衛で役に立たない理由」 ダイヤモンド・オンライン 2015.9.3
[3] 大城将保 『改訂版 沖縄戦』 高文研 1988年 P.80
[4] 「自衛隊は島民を守ってくれるのか? 自衛隊の隊内誌「離島の作戦における普通科の戦い方」から見えるものは。」 琉球弧の軍事基地化に反対するネットワーク
[5] 普通科部部会 『「離島の作戦における普通科の戦い方」について』 FUJI 388(2012年4月)号 P.18-19
[6] 同 390(2012年6月)号 P.6-10