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高円寺阿波踊りから排除された「あっちの子」たち

先日、新聞を開くと、こんな広告が目に入ってきた。高円寺阿波踊り関連イベントのお知らせである。

阿波踊りといえばもちろん徳島県(阿波国)が本場だが、東京都杉並区の高円寺でも、毎夏盛大に阿波踊り大会が開催されている。1957年から続いている行事だという。

この広告を見て、思い出したことがある。

以下の文章は、今からおよそ50年前、当時小学校三年生だった女の子「せっちゃん」が、この高円寺阿波踊りで体験した出来事だ。[1]

おねだり
(略)
 小学校三年生のとき、高円寺商店街で阿波踊りがあった。町の大きなイベントだ。
 各町内会が連をつくり、色とりどりの着物で踊りを競い合う。
 母が働いていたマージャン屋の前がメインの通りで、そこを踊り子さんが通る。
 出たかったが、着物がないと出られない。出たいなぁ、と口に出して言った。
 当時、子どもの浴衣は千円ほどした。家では、十円二十円のことで父と母がケンカしている。
 欲しいとは思っても、夢のまた夢だった。
 ところが数日後、母はどこでどう工面したのか、九百八十円もする浴衣を買ってくれた。
 小躍りするほど嬉しかった。
 学校から帰るとすぐその浴衣を持って銭湯に行き、入り口の鏡の前で着ては、何度もポーズをとった。
 我ながらかわいいと思った。
 祭の当日、早くから浴衣を着て受付に行くと、町内のえらいおじさんから、「あんたはあっちの子だから」と追い払われた。
 「あっち」とは、「朝鮮人」ということだった。連にも入れてくれなければ、町内会が子どもに配るお菓子袋もくれなかった。
 みんなは私を見た。そして遠巻きになった。
 いづらくなって、裏通りに出た。
 祭りが終わったら帰ろう、と思ってふらふらしていたが、もう一時間くらいたったかなと思っても、五分くらいしか過ぎていなかった。居場所もなくて、とうとう、店に帰った。
 すると母は、マージャン屋の二階の窓から体を乗り出して、娘がどこで踊っているのかと一生懸命探していた。
 母の後ろに立った。
 「あらっ、あんたどうしてここにいるの?」
 とっさに、「あんなのガキの遊びだから帰ってきた」と答えた。
 「朝鮮人だから入れてもらえなかった」とは、どんなことがあっても言うまいと決めていた。近所の人から朝鮮人だといって罵倒され、階段の踊り場で泣いていた母の姿を思い出していた。
 貧乏からは抜け出すこともできるが、「朝鮮人」は体から剥ぎ取ることができない。
 母は、「まったく、この子は!」といって私を殴った。
 母からすれば、あんな苦しい中から工面して浴衣を買ってやったのだ。たまらなかっただろう。
 以来、母にも、おねだりということは一切しなくなった。
 いや、そういう言葉は、私の頭の中には二度と生まれなかった。


今はさすがにこれほど露骨な差別は行われていないだろうが、この当時と比べて、日本社会は果たしてどの程度進歩したと言えるだろうか?

この「せっちゃん」とは、日本名「新山節子」の在日三世、辛淑玉さんのことだ。

その辛淑玉さんはいま、ドイツに「事実上の亡命」を余儀なくされている。

東京新聞(3/14):

「ニュース女子」問題で辛淑玉さん
ヘイト標的 拠点ドイツに

 沖縄県の米軍基地反対運動を扱った東京MXテレビの番組「ニュース女子」で、名誉を毅損されたと認められた団体代表の辛淑玉さん(59)が昨年11月からドイツに生活拠点を移した。本紙の取材に対し、昨年1月に番組が放送されてから民族差別に基づくヘイトクライム(憎悪犯罪)の標的にされかねない不安が高まったとして、「事実上の亡命です」と明かした。(辻渕智之)

 辛さんによると、番組放送後、注文していない物が自宅に届いた。近所で見知らぬ人が親指を下に向け批判するポーズをしたり、罵声を浴びたりもした。これまでも仕事先などへの脅迫や嫌がらせはあったが「私の身近な生活圏に踏込んできた」という。(略)
(略)
 最近は「スリーパーセル」(潜伏工作員)との中傷もある。先月、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)中央本部が銃撃されたことに触れ、「私が狙われてもおかしくなかった。国のリーダーは北朝鮮と敵対しても、『日本の中にいる朝鮮人たちは一緒に生きていく隣人です』と宣言してほしい」と訴える。


辛淑玉さんは、日米両政府から差別・迫害されるマイノリティ(沖縄)に連帯し、その自己解放運動を支援してきた。そんなマイノリティ(在日コリアン)女性の自宅を特定し、嫌がらせを繰り返して、ついには国内で生活できなくなるまで追い詰める。これが「愛国」だの「美しい国」だのを標榜している連中の正体なのだ。

一刻も早く、そんな不良日本人どもからこの国を取り返さなければならない。それは、間違いなく、この国のマジョリティである我々の責務である。

[1] 辛淑玉 『せっちゃんのごちそう』 NHK出版 2006年 P.64-65

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