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神武・ニュートン・染色体

なんだか三題噺みたいなタイトルになってしまったが、ここまでアホ丸出しの発言を見せられると、どうにもまともなタイトルが思いつかなかったのだ。

3月6日、自民党の衆院議員古屋圭司がこんなツイートをした。

神武(狭野命=サヌ)と今の天皇(徳仁)のY染色体が全く同じであり、しかもそれが『ニュートン』誌により科学的に立証されているのだそうだ。そしてそのことが、天皇位の男系男子による継承がいかに重要かを示す根拠になるらしい。

どこから突っ込めばいいか途方にくれるしかないが、仕方がないので一つずついってみよう。

サヌと徳仁のY染色体は同じなのか

これを立証するには、まず両者の細胞からY染色体を採取し、その中に含まれるDNA鎖を抽出して遺伝情報を比較し、それが同一であることを示さなければならない。

徳仁のDNAが採取されたなどという話は聞いたことがないが、こちらはその気になれば可能ではあるだろう。

問題はサヌのほうだ。

サヌのDNAを採取するには神武天皇陵を発掘して遺骨を取り出すしかないわけだが、そんな発掘がいつ行われたというのか。

もっとも、神武天皇陵は部落差別が原因でサヌの埋葬地ではない可能性が高い場所(ミサンザイ)に作られてしまったので、仮に掘っても出てくるのは多分牛か馬の骨くらいだろうが。(旧洞村の古老の話によると、ここはもともと糞田くそだと呼ばれており、牛馬の処理場だったかも知れないという。)

『ニュートン』誌はサヌと徳仁のY染色体の同一性を立証したのか

この点については、アームズ魂さんや中村ゆきこさんが実際に発行元のニュートンプレスに問い合わせをして回答を得ている。

問い合わせ内容:

自民党の古屋圭司衆議院議員がツイッター上で「神武天皇と今上天皇は全く同じY染色体であることが、「ニュートン誌」染色体科学の点でも立証されている」(https://twitter.com/Furuya_keiji/status/1500394514196103168?s=21

と述べており大変驚きました。

確認のためにうかがいますが、これは事実でしょうか。

回答:

弊社刊行物に関するお問い合わせをいただきましてありがとうございました。

神武天皇および今上天皇のY染色体について言及した記事はございません。

以上、ご回答申し上げます。

このように発行元から回答が来ている以上、以下は蛇足でしかないが、電脳塵芥さんの検証によると、2006年12月刊の『別冊ニュートン 性を決めるXとY―性染色体と「男と女のサイエンス」』に、「男系の家系が続けばY染色体は変わらない」という趣旨の記載があり、これが竹内久美子(「睾丸が小さい男はリベラルになりやすい」とか主張しているトンデモ学者)を経由してウヨ界隈に広まったらしい。

『別冊ニュートン』誌の記載内容(P.57):

Y染色体の特徴にくわしい、徳島大学医学部の中掘豊教授は次のように語る。

「何世代、何万年たとうとも、男系の家系がつづくかぎり、突然変異をのぞけば基本的にY染色体の塩基配列は変化しません。こうしたY染色体の特徴は、親子鑑定や、人類の足どりをたどる研究などに利用されています。」

世代を経るごとに交差により変化していくX染色体などとは違ってY染色体は変化せずに父から子に受け継がれるというわけだが、ここから言えるのは単に、「仮に」徳仁から生物学的な父親を順に辿っていってサヌにたどり着くなら両者のY染色体は(途中で突然変異がなければ)同じはず、というだけのことであって、両者のY染色体が実際に同じであることを立証するものではまったくない。

仮にサヌと徳仁のY染色体が同じだったら何だというのか

なので、サヌと徳仁のY染色体が同じかどうかは実際にそれを採取して比べてみない限り分からないし、サヌのY染色体を採取できる可能性がほぼゼロである以上そんな比較はできないわけだが、「仮に」両者のY染色体が同じだったとして、だったらどうだというのか。

それは、徳仁の遠い男系先祖の一人にサヌがいた、ということを示すに過ぎない。

逆に言うと、サヌの男系子孫はみなサヌと同じY染色体を持っているはずなのだから、それが皇位の継承維持に決定的に重要だというなら、徳仁や他の皇族や旧宮家に限らず、サヌと同じY染色体を持つ男なら誰でも天皇になっていいことになる。古事記に名前の出てくる豪族の88%は「皇別」、つまり何代目かの天皇の子孫ということになっているくらいだから、そんな男は山のようにいるだろう。

Y染色体を皇位の根拠にするなら、論理的にはそういう結論にならざるを得ない。男系継承ガーな人たちはそれでいいのだろうか。

ちなみに、世代を経ても変化しない遺伝情報が偉い、という謎理論の立場に立つなら、変化せずに父系でだけ伝わるY染色体と同じように、変化せずに母系でだけ伝わるミトコンドリアDNAもある。そして、そもそも天皇家の「権威」の根源は女神である「皇祖」天照大神にあるのだから、天皇家は男系ではなく女系で続いていたほうが「遺伝的には」よほど正統だったはずだ。

そうなっていないのは、単に古代以来の日本社会が男尊女卑の差別的社会だったからに他ならない。女性差別の結果でしかないものを科学を持ち出して正当化しようとするからこんなおかしな話になるのだ。

最大の問題はこんな政治屋が国会議員として国政に関わっていること

言うまでもなく、ここでの最大の問題は、果たしてサヌと徳仁のY染色体が同じかどうか、などということではなく、こんな馬鹿げたことを公言するような人間がやすやすと選挙で当選し、国政の重要課題に関与していることだ。古屋圭司はこれまでにも国家公安委員長、防災担当大臣、拉致問題担当大臣などの要職を歴任し、恐ろしいことに現在、自民党の憲法改正実現本部長でもある。

こういう、時代錯誤的な自民党の政治屋なんぞに漫然と議席を与えてしまう愚かな有権者が国を滅ぼすのだ。