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天皇のためと信じて真剣に戦った若者ほど、敗けても責任を取らない天皇に怒っていた。

考えてみれば、これは当たり前のことかもしれない。

16歳で自ら海軍に志願し、少年兵として戦艦武蔵の最期を生き延びた渡辺清氏は、無条件降伏という最悪の事態に至っても自決も退位もしようとせず、それどころか敵の総司令官マッカーサーにすり寄って保身を図る天皇裕仁の姿を見て、のたうち回るほどの怒りに震えていた。

1945年9月2日の日記:[1]

(注:天皇が戦犯として処刑されるのではないかという噂を聞いて)だが、かりにもしこの噂が本当だとしても、天皇陛下が敵の手にかかるようなことはまずないだろう。縄をうたれた天皇陛下なぞ、たとえ天と地がさかさまに入れかわってもあり得ないことだ。だいいち、それまで天皇陛下がおめおめと生きておられるはずがない。もしそういうことになれば、そのまえに潔く自決の道を選ぶだろう。立派に自決することによって、なんぴとも侵し難い帝王の帝王たる尊厳を天下にお示しになるだろう。それをおれは固く信じている。実は、おれは降伏詔書を発布された直後に天皇陛下は自決するのではないかと思った。敗北の責任をとる手段といえば、さしずめそれ以外にない。開戦の責任者である以上、そうするのがむしろ当然だと考えたのである。

10月14日の日記:[2]

 誰もいないこういう時だと思って、おれは戦地からうちに出した手紙や遺書を処分した。(略)おれは手紙はわりとまめに書いたほうだから量も多いが、なかには、母に宛てたものもかなりまじっている。母は漢字が読めないので、それだけは全部片仮名で、

(略)

「……ボクハコンドハセンシスルカモシレマセン。デモセンシスレバ、オソレオオクモテンノウへイカガオンミズカラオマイリシテクダサルヤスクニジンジャニカミサマトシテマツラレルノデス。コウコクノダンシトシテコンナメイヨナコトハアリマセン。ソノトキハオカアサン、ドウカナカナイデヤスクニジンジャニアイニキテクダサイ」

 といったようなことが、馬鹿のひとつおぼえみたいに書いてある。どれひとつとって見ても「天皇陛下の御為」という文句が出ていないものはない。その一辺倒ぶりはわれながらあきれるほどだ。でもこれが、当時のおれの本当の気持ちだったのである。心からそう思っていたのである。

(略)

 ところがどうだ。命からがら復員してみれば、当の御本人は敗戦の責任をとるどころか、チャッカリと敵の司令官を訪問したりしている。仲良く並んで写真におさまったりしている。厚顔無恥……。そして、おれはその天皇に戦場で命を賭けていたのだ。それを思うと吐きすてたいような憤りに息がつまりそうだ。感情がはじけて、いてもたってもいられない気持ちになる。

 おれはいまからでも飛んでいって宮城を焼きはらってやりたい。あの濠の松に天皇をさかさにぶら下げて、おれたちが艦内でやられたように、樫の棍棒で滅茶苦茶に殴ってやりたい。いや、それでも足りない。できることなら、天皇をかつての海戦の場所に引っぱっていって、海底に引きずりおろして、そこに横たわっているはずの戦友の無残な死骸をその眼にみせてやりたい。これがアナタの命令ではじめた戦争の結末です。こうして何十万ものアナタの兵士がアナタのためだと信じて死んでいったのです。そう言って、あのてかてかの七三の長髪をつかんで海底の岩床に頭をごんごんつきあててやりたい。

沖縄の作家・目取真俊氏の父親も、日本が敗けたら天皇は自決すると思っていたという。[3]

 鉄血勤皇隊に参加した私の父親は、日本が負けたら天皇は自決する、と思っていたという。天皇のために命を捧げるよう教育され、実際に多くの仲間が戦死していった。にもかかわらず、自決することなく生き延びた昭和天皇がテレビに出ると、怒りの言葉を何度も口にしていた。

鉄血勤皇隊とは、沖縄戦に際して中等学校や青年学校の生徒たちが動員された学徒隊の一つだ。鉄血勤皇隊やひめゆり隊を含む学徒隊は2000名以上が前線に投入され、およそ半数が戦死している。[4]

天皇は「現人神」「現御神」とされ、その天皇のために命をなげうって戦うのが最高の名誉と信じて地獄の戦場に身を投じてきたのに、いざ敗けてみれば陸海軍すべてを統帥していた大元帥陛下が何ひとつ責任をとることもなく平然としているのだから、怒りに震えるのが当然だろう。

むしろ問題なのは、天皇に対してそうした真っ当な怒りを抱くに至らなかった、その他の(おそらく大多数の)日本人の心理のほうだ。

[1] 渡辺清 『砕かれた神 ― ある復員兵の手記』 岩波現代文庫 2004年 P.2-3
[2] 同 P.57-58
[3] 目取真俊 『「沖縄復帰50周年記念式典」という茶番を前に、今日14日も辺野古新基地建設は強行されている』 海鳴りの島から 2022/5/14
[4] 大城将保 『沖縄戦 ― 民衆の眼でとらえる「戦争」』 高文研 1988年 P.76

 

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