『爆笑 陸軍二等兵物語』という、戦争体験者自身が描いた漫画がある。
作者の塚原平二郎氏は1920年生まれなので敗戦時点で25歳、陸軍に徴兵されて中国各地やベトナムを転戦している。漫画自体は創作だが、塚原氏自身の体験や兵隊仲間からの見聞をもとに描かれたリアルな内容だ。[1]
この漫画を見ると、作者自身の上官である「中助」(ろくでもない中隊長のことを兵隊たちはこう呼んでいた)をはじめ、素質不良な軍人たちが中国各地の街や村でやりたい放題の悪事を働いている。
ひどい話ばかりだが、少なくとも作者はこうした事件を批判的観点から描いているので、こうした残虐行為を仲間内の場で自慢話のように語っていた元軍人たちよりははるかにマシと言えるだろう。
女囚さそり 第41雑居房、大陸(中国)行軍中に現地の女性を強姦したことをおもしろおかしく得意気に話すおっさんとそれ聞いて喜び羨ましがる若者達。
— アリン Lexicon Devil?? (@ALLIN47) January 23, 2021
当時はよくある光景だったから撮ったんだろうな、このシーン。 pic.twitter.com/UueYbL9BGv
要するに、本当に悪いことをやった奴が徹底的に裁かれなかったんだ。この国は。上はデタラメな作戦やった将校から、下は民間人殺しまくった兵士、政治犯を拷問死させた特高に至るまで。田舎じゃちょっと前まで、酒が入ると中国で何人犯したの殺したの自慢話する爺さんたくさんいたろ。
— Sonota (@yuandundun) December 28, 2013
ところで、この漫画の中で作者の分身である兵士とその仲間たちが何をやっているかというと、先任の分遣隊が荒らしまくった村で村民たちに優しくしてやって彼らからの信頼を回復したり、悪さをする上官の現場を押さえてやりこめたりと、ささやかながら若者らしい正義感を発揮しているのだ。
その結果、中国人の子どもと仲良くなったりするのだが、しかしこの子どもは強姦されて投身自殺してしまったあの母親の子どもである。やったのは別の部隊とはいえ、そもそも日本軍が中国を侵略しなければあんな悲劇は起こらなかったのだ。
この作者にはこう見えたのだろうが、そんな母親の夫や息子が、本心から日本兵に信頼を寄せたりするものだろうか。
この作者には、悪事を働こうが働くまいが、そもそも自分たちがあそこにいたこと自体が間違いであり罪だったのだ、という意識はまったくないようだ。
少年兵として戦艦武蔵に乗って戦った渡辺清氏は早くも敗戦の翌年時点で次のように書いているが、出征兵士たちの中でこのような加害意識を持てた者は、ほんのわずかだったのだろう。[2]
おれは支那(中国)のことは入団前も戦地から帰還してくる村の兵隊からいろいろ聞かされて、その様子はうすうす知っていたが、こんなにひどいとは思わなかった。せんだっての新聞にもこんどの戦争で支那に与えた被害は、死傷者や家財を失った者をふくめて二千万人にのぼるだろうと出ていたが、二千万といえば日本の総人口の実に四分の一ではないか。
しかも支那との戦争は、こちらから押しこんでいった一方的な侵略だった。この責任は重大である。償っても償いきれるものではない。だが日本はいまだに支那にたいしてなんの謝罪もしていないし、天皇もそのことでひと言だって謝っていないのだ。博労の無反省な自慢話ももとはといえば、政府や天皇のそういう無責任さからきているのかもしれない。無責任な天皇をそれぞれがそれぞれの形で見習っている。「天皇がそうならおれだって」というなかば習性化された帰一現象……おれにはそうとしか思えない。
[1] 塚原平二郎 『爆笑 陸軍二等兵物語4』 光人社 1985年 P.21-27, 134-135, 152-154, 167-169
[2] 渡辺清 『砕かれた神 ― ある復員兵の手記』 岩波現代文庫 2004年 P.269